第22話 気絶

一度行くとは言ったけど、その時はすぐ行くつもりはなかった。

僕が目をそらしたから、優は淋しそうに出掛けてしまった。

いつもはシャワーを浴びるし、服も着替えるのに、相当動揺していたのだろう。

だんだん優への申し訳なさに耐えられなくなった僕は、スーツを持って、玄関を思い切り開けた。

「!」

……つもりだった。

ゴッと物凄い音がした。

「え……」

そこには思い切り開けたドアにぶつかり、よろける優の姿があった。

「……実、加減……を」

額より少し上のあたりをおさえて、優がへなへなとしゃがみこむ。

「頭うった!?」

「……はい」

「ごめん。中入って……。仕事は」

「今日は「姫」がくるので休めないんです……」

一瞬、なんのことかわからない。

「姫……?」

「……はい。常連さんのことを、うちでは「姫」と」

「男の場合は?」

「同じです……」

少し休めば大丈夫かな? なんて、安易に考えてる場合ではなかった。

「え、ちょ……」

優の顔がどんどん青ざめてゆき、僕にすがるような形で倒れたからだ。

「!?」

「……ぱ、い」

「何?」

「心配……しないで、ください」

その言葉を残して、優の意識はなくなった。


僕はどうしたらいいかわからなくて、しばらく動けなかった。

「……実くん? 実くん!」

「……」

肩を揺さぶられて、ハッとする。

目の前にボサボサ頭に眼鏡をかけた、ジャージ姿の青年。

青年は若くしてマンションの管理人をしている響さんだった。

僕は泣きそうなくらい安堵した。

「大丈夫かい……?」

「響さん……」

マンションの前に、救急車がとまっていて、優が担架で運ばれていくところのようだ。

でも、すぐに大丈夫とは言えなかった。

運ばれていく姿が、過去に遡る。

亡くなった両親が運ばれていく時、呆然とする僕の横で、優が大泣きしている。

(泣かないで)

なにも見たくない、と僕は両手で顔を覆った。

しゃがんで、僕の顔を覗き込んでいた響さんは、僕を抱き上げて、優の乗った救急車の方へと向かった。

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