第17話 追憶

家に帰ると、もう一度シャワーを浴びた。

温かなお湯を浴びながら、僕は考えていた。


(これから優と、どうすればいいんだろう……?)


優からすれば、あんなことはあんな程度と思うかもしれない。

でも、された側からすれば、すごく考えてしまうことだった。


優は、ずっと周りに支えられ守られてきた僕とは違う。

物心ついた頃から、誰より自分自身より僕を大事にしてくれて、結果、僕と一緒じゃない時はひとりだった。

中1の時なんか、かげで「ゲイ」とか「変態」とか言われた時期もある。

僕のせいだと思う。それから暫くして、優は中退ですぐに働きはじめてからというもの、両親と少しずつギクシャクし始めて、今では隣の部屋に住んでいるのが当たり前のように振る舞っているけど、本当は実家に帰りたいのかもしれない……。

僕はそれが、とても申し訳ない。

両親がいない僕には、それは勿体なく感じるし、僕がいなくなればその関係も修復できるのではと思ったこともある。

でも……。


持てるだけの荷物を持ってマンションを出る決意をした2年前の夏……。

いつもなら朝しか来ないのに、その日は夜、今まさに玄関に向かってスーツケースを運ぼうとしていた僕の家のチャイムが鳴った。

「実ー! 開けてくださーい」

それは危機感のある声ではなかった。

「……な、何……?」

玄関のドアは開けず、その手前で返事をする。

「どうかしたんですか? なんで開けてくれな……」

「あ……。お風呂上りで、タオルしか腰に巻いてなくて……」

「……」

「なんか用があるなら、また後で来てくれない……?」


なんとも言えない沈黙があった。

でも……。

「わかりました。じゃあ、15分後に」


僕は優が部屋に戻る音から5分くらい後、運べるだけの荷物を持って、外に呼んであったタクシーに乗り込んだ。


タクシーの中で、僕宛ての優からの不在着信が増えていく。

そして優に黙って去りきれなかった僕は、不在着信がやんでだいぶ経ってから、タクシーの中で電話をかけた。

「……もしもし」

「実! 何してるんです!?」

あの時、優は泣いていたんじゃないだろうか?

「もう、僕になにもしないで」

「え……っ? え、え? ちょ、ち、ちょ……。実!?」

その後、無慈悲にも、僕はその通話を切った。


そしたら、すごく胸が苦しくて、頭の中で言えなかった「ごめん」が反響して、一粒だけ涙がこぼれて、でもそんな涙の資格なんかないって思って、手の甲でぬぐって……。

引っ越し先のマンションにすぐに行こうと思ったけど、出たのが夜だったので、ネカフェに入って、目を閉じた。


ネカフェの自分がいる個室のドアが開いても、ドアに背を向けて、胎児のように丸くなって眠っていたから、その音に目を覚ましても、すぐに目を閉じて、すぐに深く意識を閉ざそうとした。

すると、気配が近づいて、目を閉じたままの僕を抱きすくめた。


「実のために生きてきた。だから」

「……」

僕にすがりついて震えて、上擦る声で泣かれたから、僕には消えることなんて出来なかった。

「ひとりにしないでください……」


それで元いたマンションに戻ったかと言うと違う。

「……ごめん」

ただ一言、ごめんって返した僕を置いて、優は一度、帰っていったんだ。


気まずい気持ちのまま、2か月が過ぎて、引っ越し先のマンションの隣に、優が引っ越してきた。

「もう、いなくならないでくださいね」

「……僕は!」

「……置き去りにされたあの家には、もう戻りたくないので、ボクが嫌いじゃないのなら、もうやめてください」

そんなこと言われたら、戻れとは言えなかった。

「ごめ……」

「謝るのもなしです! ボクはただ、実が傍にいてくれるだけでいい……っ」


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