第38話思い出シリーズ4

あれは、僕が35歳の時の話しだ。

35歳と言えば、病気が一番酷くて、人の道から離脱する寸前だった。

良く考えてから、お寺の住職さんに相談して、仏教の教えを請いに行った。

住職さんは、直ぐに電話番号と住所の交換をして、青年部に入る事になった。

毎週水曜日、御経を読み、仏の教えを聴く。

住職さんと出会ったその日の夜、町にある居酒屋さんで飲みませんか?と、電話があった。

母が運転して、居酒屋に向かった。

帰りはタクシーを使えば良いのだ。町の住職さんと親しい仲になるのは、それなりの質が問われる。


6時に待ち合わせして、居酒屋で飲んだ。

「羽弦君が寺に来たのは、お金が目的ですか?」

と、問われ、

「違います。僕は精神障がい者で、仏の教えで未来を切り拓きたいからです」

と、答えると住職さんは笑顔を見せた。


それから、仲良くなり良く飲む事が多かった。

35歳の誕生日はお寺で僕の両親と4人で、飲んだ。

父親は、まさか、住職さんと飲める誉れに狂喜して、刺し身と焼酎を楽しんだ。

あの時の、父親の笑顔は忘れられない。

ただの、刺し身が貴重な思い出のツマミとなり、父親は刺し身を見るたびに、また、住職さんは呼んでくれるかな?と、楽しみしていた。


それから、6年後。

その年の前に1ヶ月、鹿児島で療養していた。

その時も、刺し身がでたら、もう、6年前の誕生日会を思い出し、喜んで父親は焼酎を飲んでいた。

コロナが流行り始めた4月末、父親は事故で亡くなった。

あの時、緊急非常事態宣言が出されていて、帰郷出来なかった。

どうしても葬式に参加したかったが、鹿児島の連中は、我慢してくれ!と、言った。


住職さんは、葬式の御経を唱えた後、僕との交友関係を話し、父との飲み会の話をされたと聴く。

弟が、

「葬式の時、住職さん、ずっと兄ちゃんの話しをしていたよ」

と、言った。

だから、出棺の際、住職さんは最後まで残り、衣姿から着替えて沢山の花を父の遺体に添えたと聴く。


だから、刺し身を1人で食べていると思い出す事がある。

未だに住職さんとは、LINEを送り合っている。

父との最後の対面となった日は、鹿児島空港で僕にしわくちゃな1万円札を握らし、

「名古屋で、ぼちぼち働けよ!」

と、言った姿が焼き付いている。

思い出は沢山あるけれど、僕は色んなモノを食べてきたが、ごく一般的な料理でも色んな思い出を浮かべながら食べている。

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