第31話 仁義なき戦い
「じゃあ、始めましょうか。ここ最近、げーむの開発で魔法の訓練ができてなかったから楽しみだわ」
「僕も、ここらで勘を取り戻しておきたいね。これから冒険するなら魔法は必須だろうし」
「覚悟しなさい! 変態覗き魔ども!」
「凍てつけ!」
シルヴィアがアウスに向かって、直人がフローラに向かって駆け出した。アウスは口元に薄っすらと弧を描くと、向かってきたシルヴィアに対して拳を構えた。
「あら、魔王のくせに魔法じゃなくて物理で対抗する気!?」
「これが俺の戦闘スタイルだ! とくと見るが良い!」
「『大いなる風の守護者よ』!」
「『其の体に大いなる重力の加護を』!」
連続でかまいたちを生成し続ける風を身にまとったシルヴィアの拳と、その空間が歪むほどに圧縮された重力を身にまとった拳がぶつかり合った。二つの攻撃の威力は五分五分、そこから連続で繰り出された拳のラッシュは二人の体が温まるごとにギアを上げていった。
乱打、乱打、乱打! 空気がパンと弾けた隙間に拳が滑り込み、そこへ相手の拳がぶつけられると大きく爆ぜて二人の体に大きな衝撃がのしかかる。だが、それらを諸共せず脳筋プレイが繰り広げられていく。
「はっ! エルフの民が中々やるではないか!」
「伊達にこの森で修行してないわよ、見くびらないで!」
「違いない! もっと俺を愉しませろ!」
さながらド〇ゴン〇ールにも似た衝撃波のぶつかり合いで周囲の地面が削られる中、ふわりと紫色の体が宙に浮きそのまま結界の方へと弾き飛ばされた。
「くっ!? こやつ、拳を繰り出すと同時に魔力を操作し風圧で吹き飛ばしたか!」
「あんた、魔王なんでしょ! だとしたら、こんな白けた戦いをするわけないじゃない! 早く本気を出しなさい!」
「死を望んでいるならそう言えば良い! 『祖は円環の理・重力の恩恵よ・かの者に平伏の裁きを』! 『グラビティボール』!」
「『其に祝福せし大いなる光の壁よ・大いなる災禍より・我らを守り給え』! 『ホーリーシールド』!」
アウスは自分の目の前に等身大サイズの巨大な黒い鉄球を召喚する。かの鉄球は周囲の空気を急速に吸い込みながらシルヴィアの下へと投下され、それに対抗して魔法を吸収する結界を周囲に展開する。
鉄球は自信がもたらす音すらも吸い込みながら結界へと迫り、触れていない傍からゴリゴリと結界の表面を削り取っていく。のしかかる重圧は相当なもので、魔力を供給し続けるシルヴィアの額に汗が滲み出てくる。
「このままじゃ、潰れる……!」
「ははははは! エルフと言えど魔王の力には勝てんか! ならば、このまま消し飛べえ!」
「くっ、うううう!」
「シルヴィ!」
刹那、シルヴィアの視界を白い冷気が覆い尽くした。第三者によってもたらされた絶対零度の世界は重力子すらも凍てつかせ停止、霧散させた。
パリン! ガラスで作られた芸術品がハンマーで粉々に砕かれたような音が響き、キラキラとした氷の結晶が視界を綺麗に着飾って見せた。これにはアウスにとっても予想外の出来事だったようで、舌打ちをしながらシルヴィアと一度大きく距離を取った。
「もう大丈夫だ、シルヴィ」
「……っ! うん!」
キラキラと周囲の景色が乱反射する鏡の世界で、彼女は唯一実像を有した温かな手を取った。
「全く、どうしてこんなことに……!」
「それは自分の胸の内に聞いてみると良いんじゃないかな? 『其の篝火よ・赤き栄光を纏いて・汝に炎の制裁を下す』!」
「くっ! 『赤き炎の槍よ・其の導きに従い・かの者らを差し穿て』!」
「『ファイアボール』!」
「『フレイムランス』!」
二つの赤が、二人の間で大きな火花を伴って弾けた。肌の表面を軽く焦がしかねない熱量が爆風に乗せられて二人に襲い掛かる中、直人はそれらを諸共せずにフローラへと接近する。
視界を塞がれていたフローラは一歩出遅れてしまい、それが致命的な差を生み出すに至る。
「『赤き炎の槍よ・其の導きに従い・かの者らを差し穿て』!」
「『大いなる風の守護者よ』!」
フローラは咄嗟に自分の周囲に乱気流を展開し攻撃から身を守る態勢へと移った。しかし、込められた魔力量が先ほどの比ではなく、至近距離で起きた爆風によって頬を焼かれながら吹き飛ばされてしまった。
「っ! ここで、負けるわけには……!」
すぐさま態勢を立て直して魔法を放つ準備を整えるが、爆発によって引き起こされた黒煙が晴れた向こう側には直人の姿は既になかった。相手の姿を捉えるべく視線を彷徨わせていると、上空から気配がしたので上を向いたときには……。
身に余るほどの巨大な氷の粒が、鉄槌となって降ってきた。
「こ、これは! 『其の篝火による制裁よ』!」
咄嗟に思い浮かんだファイアボールの短縮詠唱によって身を守ろうとするが、ありったけの魔力を使って放たれた赤い球は虚しくも堅牢な氷柱に弾かれてしまう。
「もう、だめ……!」
目の端に涙を浮かべて視界を閉ざしたとき、自分の元に降りかかるはずの終焉は訪れなかった。何やら肌寒さを感じて薄っすらと目を開けると、自分が氷のシールドに守られていることに気が付いた。
「こ、これは……。ど、どうして……」
「最初から、君たちを殺すつもりがないからだよ。でも、これで少しは痛い目を見てくれたと信じているよ。僕はシルヴィの下に向かうから、そこで少し反省していて」
「あ……。はい」
実は、フローラが同じ人族において魔法の勝負で負けるのはこれが初めてのことだった。自分を負かした殿方が、まさか自分の身を案じて守ってくれるなんて誰が思うだろうか。
「あ、私……。負けたんだ……。ふふ、ふふふ……」
そのことがとても嬉しくて、悲しくて、何故だか涙が止まらなかった。
既に頬を伝う涙が凍ってしまうのが逆に愛おしくて仕方なくなっていて、暫くは彼の言う通り、氷の壁の中で大人しく引き籠ることにしたのだった。
そして、再び魔王とシルヴィア、そして直人の対決へと戻って来る。シルヴィアの手を取った直人は、目の前に立つ強大な魔力を秘めた男と向かい合い、そして身構えた。
人の身でありながら自分を恐れず、むしろ向かって来ようとする姿勢に魔王は打ち震え、口角を上げながらパチパチと拍手を贈った。
「素晴らしい、実に素晴らしい! よもや、俺の重力を氷漬けにしてしまうとはな。しかも詠唱なし、絶対零度の使い手か。なるほど、悪魔の森を生き残るには最適な力というわけか」
「言っておくが、これは悪魔の森を生きるための力じゃない」
「何?」
「これは、僕がシルヴィを守るために与えられた力だ。無力な僕が、唯一全力で使える切り札で、彼女を脅かす脅威から身を守れる盾だ。そこを履き違えないでもらいたい」
「はっはははは! なるほどな! 愛する者を守るための力というわけか! 傑作だ、まるでおとぎ話の勇者の如し! だが、魔王におとぎ話の妄想は通用しないぞ! それを今から見せてやる!」
魔王は重力に逆らい宙へと浮かび上がると、自分の両手を天高く掲げた。すると、そこには先ほどまでの比ではないほど巨大な重力球が出現した。
「詠唱なし……。まさか……!」
「そうだ! ナオト、貴様と同じ魔力回路持ちだよ。俺の魔法が重力という現象を引き起こすのに対して、魔力回路では周囲に浮かぶ重力子を自在に操れる。今、この場に存在する重力の全てが俺の手の中にある……! さあ、味わうがよい! 『グラビティエンド』!」
「「『其に祝福せし大いなる光の壁よ・大いなる災禍より・我らを守り給え』!」」
もたらされる破滅の黒、絶望の塊が愛する二人を引き裂こうと天から落ちてきた。
周囲の木々すらも飲み込もうとする勢いの重力球が差し迫り、直人たちの体も徐々に引っ張られてしまっている。
「このままだと飲み込まれる……!」
「結界も長くはもたないわ! ナオト、このままだと本当に死んじゃうかも……!」
「いや、僕はまだ諦めないよ。君が教えてくれたんだ、諦めない強さを!」
「ナオト……。うん、私も最後まで諦めない!」
「ふはははは! 悪足掻きか? だが、もう遅い! 貴様らの愛とやらは、この俺の重力で全てのみ込んでやる!」
直人とシルヴィアはお互いの恋人繋ぎで互いの手を握り合うと、向かってくる絶望から目を背けず対峙した。二人の魔力が溶けあい、混ざり合い、やがて新たな力を生み出していく!
「私は、ナオトとこれからも異世界で生きる!」
「僕はシルヴィと、これからもずっと共に歩んでいく!」
「「『我らの大いなる導きの炎氷よ・赤と青の栄光を纏いて・汝らに愛と希望の制裁を下す』!」」
「「食らえ! 『ファイア・ブリザード』!」」
結界の内側から青と赤の光の螺旋が一つの大きな槍となり、遍く絶望へ向かって放たれた。希望と絶望、二つの力はせめぎ合い対立し、やがて大いなる戦いへの決着をもたらす。
希望の光に照らされながら最後まで立っていたのは……。
その絶望の根源となった魔王アウスであり、直人とシルヴィアは魔力切れとなって地面に倒れ伏していた。
そう、この戦いで最後に勝利を果たしたのは現代の魔王アウス・ローブル・フォン・デモンズロードだったのだ。
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