第30話 全員消せば、何もなかったことになるよね?

「ど、どうして急に……。私たちの設計に、何か問題があったのかな?」


「というよりも、外で何かあったっていうのが正しいんじゃないかな? ちょっと、様子を見て来ようか」


「ま、待って! 私も一緒に行くから! 置いて行かないで!」


 直人とシルヴィアはゲームが突然シャットダウンしてしまった原因を探るべく玄関の扉へと近づくと、そっと扉を開けて隙間から外の様子を窺った。


 外に張った太陽光を吸収するための結界の更に外側、そこには紫色の肌をした筋肉隆々の男が一人、それから桃髪のウェーブヘアを靡かせた魔法使い風の女性が一人立っていた。


「あれは、魔族かしら? もう一人は人族の娘みたいだけれど……。こんなところまで何しに来たのかしら?」


「カップルでキャンプとか?」


「ここは悪魔の森よ? 幾ら何でもデートするためにこんな所まで来ない……。って、あああ! また結界を攻撃してる!」


「どうやら、あの二人が結界を攻撃したことで魔力の波長が乱れたみたいだね。向こうで言う所の、コードを猫とかに噛み千切られたみたいな感じかな」


「何よそれ! せっかく楽しく遊んでたのに台無しじゃない! 私、ちょっと文句言ってくる!」


「あ、待って! 僕も行くってば!」


 怒ったシルヴィアが地面をわざとらしくドンドン鳴らしながら、謎の二人組へと近づいていく。慌てて直人も後を追って行き、二人して彼らの前へと進み出ることになった。


「ちょっと、あんたたち! 人様の家に何してくれちゃってるの! この結界は繊細なんだから攻撃しないでよ!」


「すみませんが、僕の方からもお願いします。攻撃されてしまうと、開発中のゲームのテストプレイに影響が出ますから」


 怒るシルヴィアを宥めるように直人の方からも二人組に攻撃を停止してもらうよう頼んでみる。すると、二人は何やら内緒話をすると女性の方が「こほん」と咳払いをして応対し始めた。


「これは失礼した。げーむとやらが何かは分からないが、我々がこの結界を攻撃したことで不快な思いをしたのなら謝罪しよう。この通りだ」


「……この、通り」


 フローラは横目で「お前も謝れ、この野郎」とアイコンタクトを取ったので、渋々魔王の方も頭を下げた。割とあっさりと謝られたことで直人たちは面食らってしまい、何だか怒ってしまったこちらの方が悪者みたいな感じになって少しバツの悪い顔をする。


「だが、信じて欲しい。私たちは、あなたたちと穏便に話に来たのだ。結界を攻撃すれば、中から出てきてくれると思って。私はフローラ・メイデン。アノマリス王国の宮廷魔術師団団長をしている。そして、こちらにいる男の方が魔族たちを束ねる魔族の王、魔王アウス・ローブル・フォン・デモンズロードだ」


「お初にお目にかかる」


「……シルヴィア・ファイスよ」


「ナオト・カタギリです」


 ぎこちないながらも自己紹介を済ませ、シルヴィアは仁王立ちして改めて彼らに問う。


「それで? あんたたちが私たちの愛の巣に何の用がある……。待って、あなたメイデンって名乗った?」


「そうだが? それがどうかしたか?」


「もしかして、ルミア・メイデンって知ってる?」


「それは、私の祖母の更に祖母の代になると思うが……。まさか、知り合いだったのか?」


「そうよ! 私、ルミアの親友だったの! ねえ、ナオト。悪いんだけど、この人たちを中に入れてもいい? 彼女の話が本当なら、悪い人たちじゃない気がするの」


「それは構わないけど、本当に大丈夫か? いきなり襲ってきたりしないか?」


「もしそうなら、二人まとめて魔物の餌にすればいいのよ。どう?」


 シルヴィアが平然と「魔物の餌にする」発言をしてフローラとアウスは若干引いていた。それだけ彼女は自分の実力に自信がある表れであり、実際、偵察を飛ばした時から二人の実力はある程度把握しているので強ちできないことでもないと考えると何とも言えない表情になる


「まあ、それなら良いと思うよ。僕も、外の人とは一度喋ってみたかったし」


 そして、彼女の発言を諸共せず平然と受け答えをするこの夫は、一体どんなメンタルの持ち主なのか……。どうやら、嫁の思考回路は自ずと夫の思考回路に転写される仕組みらしい。


「それじゃあ、結界を解くから中に入って」


「あまり広くないところではありますが、ゆっくりしていってくださいね」


 シルヴィアは笑顔で結界を解き、直人は物腰柔らかな笑みを浮かべて二人を招いてくれた。フローラとアウスは互いに顔を見合わせ「これで良かったのか?」と意思疎通を図り、彼らの快い招待に応じることにした。


「どうぞ、そこの食卓に座っちゃって」


「今、ジュースを淹れますから。特性の蜂蜜ジュースですから、きっと美味しいですよ」


 直人が淹れてくれた蜂蜜ジュースが招待客である二人の目の前に差し出された。コップに入った黄金のきらめきはこの世の飲み物とは思えない輝きを放っており、ほんの気持ちばかりではあるが口にするのも少々躊躇われた。


「……せっかく用意してもらったのだ。飲むぞ」


「あ、ああ。では、その……。遠慮なく」


 二人はゴクリと唾を鳴らしてから、一気にそのジュースを喉奥へと流し込んだ。


 すると、二人の目はかっと見開かれ、腹に溜まるジュースと交換するように腹の底から大声で叫びそうになってしまった。


((う、うまあああああああい!))


「な、何だこの味は……。甘味は控えめなはずなのに徐々に引き込まれていく感覚……。トロリとしたのど越しも癖になり、これを食べ物と合わせたら更に美味しくなるだろうことが期待される!」


「確かに、アウスの言う通りだ。こんな美味しい蜂蜜ジュースは飲んだことがない。後引く甘さというのか、しつこくない味わいが趣深く……。いつも、このような物を飲んでおられるのか?」


「まあ、これが主食みたいなところはあるからね」


「水も出せなくはないんだけど、やっぱり栄養面を考えるとね~。最近はもっと別の果実からもジュースが作れないか考えてるけれど、今のところ一番美味しいのは? って聞かれたら間違いなくこれ一択になるわ」


「「……」」


 絶句、二人の間からは言葉というものが失われてしまったかのようにフリーズして動かなくなる。


(毎日のように男女の営みをしているだけかと思いきや、こんな美味しい思いまでしているのか……。何という贅沢な! 宮廷魔術師団の給料では、まず飲めない高級料理じゃないか!)


(案外、普通の生活を送っているのだな。アリシアがセ○○○パートナーとか言っていたが、この二人は本当にそういう爛れた生活を送っているのか? よく分からんな)


 初対面のはずの人に対して、何とも失礼な物言いであった。二人の間では既に第一印象が決まっていることなど露も知らず、二人は清楚系な夫婦を演じてイチャつくことを必死に我慢していた。


「それで、その……。二人はどのような要件でいらしたのかしら? 私たち、実はとても忙しい身の上だからできれば早めに済ませて欲しいのだけれど」


「ええと、それはですね……。ごほん、単刀直入に申し上げます。お二人を、宮廷魔術師団の一員としてアノマリス王国にお迎えしたいと思い参上致しました」


「俺も、同じくだな。二人を我ら魔族の国へと迎え入れたい。四天王は無理でも、それなりの地位を約束しよう」


「え、二人して引き抜きってこと?」


「僕たち、そこまで強いわけでもないはずなんだけどな。そもそも、どうやって僕たちのことを見つけたの?」


「それは、だな……。実は、我々と魔族、二つの種族でそれぞれ悪魔の森に関する生態調査をすることになってだな。その過程で偶然にも、悪魔の森で生活するお二人を見つけたのだ」


(おい、俺はお前たちと協力するなどとは一言も言ってないぞ)


(良いから、話を合わせろ。さっき助けてもらった礼だ、これで怪しまれずに済む)


 フローラはアウスにアイコンタクトで伝えると、仕方ないと肩を竦めて協力することにする。フローラの起点のおかげもあり、二人は特に怪しむこともなく「なるほど」と納得してしまった。


「つまり、私たちが戦ってるところを見たんだ?」


「その通りです。それで、是非とも我が国にお迎えしたいと思いまして」


「我らの国は、どちらも人手不足でな。優秀な人材は多いに越したことはない」


「でも、それは具体的にどのようなことをするんですか? 僕とシルヴィは二人で一人、まず離れることなどあり得ませんが……。その前提で話を進めても?」


 直人は相変わらず優しい口調を続けているが、その背後には怖い般若のお面を被った何某の姿が召喚されているような気がした。曰く、「俺たちを引き裂こうとする子はいねが~?」と刀を構えてとんでもない殺気を放っている。


 迂闊にも回答を間違えたらやられる! フローラはゴクリと息を飲み、必死に頭を回転させて二の句を継いでいく。


「も、勿論。誓って、お二人の夫婦仲を引き裂くような真似はしない。約束しよう。あくまでも、これはお願いであって要請ではない。そもそも、私たちに強要する権利などない。お二人がどのように生活したいかは、お二人が決めることだと心得ている」


「俺も、そこの……ふ、フローラ殿と同じ意見だ。あくまでも決めるのは、ナオト殿、シルヴィア殿の二人であって魔王であるこの俺ですらも強制はできない」


「だが、よく考えて欲しい。森の中でなら慎ましく穏やかに暮らせはするが、資源は限られているし、魔物だって多く生息している。結界のお陰で魔物に襲われている様子はなかったが、下手をすれば命を落とすかもしれない。その点、人族と魔族、どちらの国家に行っても安定した収入と高水準の生活が約束される。どうだろうか?」


 二人にもたらされた生活についてだが、フローラの意見は最もまともなことだった。これから子供を作って生活するならば安全な環境で健やかに育てる方が良いだろうし、わざわざ危険な森の中にいつまでも居座る理由も実はない。


 シルヴィアも今までは独りでいるつもりで引きこもってはいたが、既に隣には最愛の「嫁」、もとい夫の直人がいるわけで……。この森から出る良い機会と受け取ることもできる。


「ナオトは、どうしたい?」


「僕は、う~ん……。確かに、良い生活ができるのは素晴らしいことだろうけれど、それがシルヴィの望んでないことならしたくはないな。君の顔を見ると、既に答えが出ているように感じるのは気のせいだろうか?」


「……そう、よね。ナオトなら、そう言うと思ってた。なら、私が選ぶのは一択だけ。私たちは、この森に拠点を置きながら旅をするわ。だから、一つの国に身を置きたくはないの」


「良かった、僕と同じ意見で。旅をするっていうのは初耳だけど、冒険者だったシルヴィからすれば自然なことだとは思うし。何より、せっかくの異世界だから色々なところを見て回りたいし」


「というのが、私たちの答えよ。満足した?」


 二人の意見を聞いて、フローラとアウスは互いに顔を見合わせる。そして、示し合わせたように同時に頷くと「それで構わない」と返答した。


「あっさり引き下がるんですね」


「言っただろう、強制はしないと。だが、我らが魔族は強者を求めている。いつでも訪ねてくれれば、大いに歓迎しよう」


「我々も、その点に関しては同じだ。気が変わったら、いつでも私たちを頼って欲しい」


 どうにか円満に話が終わりそうな雰囲気だったが、「因みになんですけど……」の一言が空気を一気に氷点下へと叩き落した。言葉を発した張本人の直人はさっきよりも鋭い眼光で刀を構える般若を従え、隣のシルヴィアも大きく咢を構えた巨竜を召喚していた。


「夫婦仲がどうと仰っていましたけど……。僕たちがいつ、夫婦だと気づいたんですか?」


「結界のときの話をしている時もそうだったのだけれど、まるで今まで見てきたみたいな口ぶりだったからどうしてかなって。そこのところ、説明してもらえるかな? かな?」


 しまった、とフローラは先ほどの会話のことを思い出して心中に焦りを募らせる。二人をスカウトしたい気持ちが先走って、まだ知らないはずの情報を先出ししてしまったのだ。


「そ、その……。何となく、言葉の綾とでも言えばいいのか……。夫婦っぽいなと思ったんだ」


「私たち、あえて苗字とか変えてないからパッと自己紹介されただけだと分からないはずなのよね。一緒に住んでる冒険仲間みたいな発想にはならなかったのかしら?」


「それは、その……」


 フローラが必死になって次の言い訳を考える最中、追い打ちをかけるように直人の口から強烈な一撃が放たれた。


「それに、異世界と言う言葉に対してあまりに反応が薄すぎた。普通、異世界と聞けば僕が異世界から来たのかと疑るところだろうに。つまり、お二人は最初から知ってたんでしょう?」


「それはつまり、私たちの生活をずっとどこかで盗み見てたのよね?」


「そ、それは……」


 フローラがとうとう、魔王アウスの知恵を借りようと助けを求める眼を向ける。しかし、アウスが「もう無理だ」と首を横に振ったことで頼みの綱はぷつりと音を立てて奈落の底へと落ちていく。


「さて、最後に言い残したことはある?」


「えっと、その……。大変申し訳ござ……」


「この変態どもおおおおおおおお! 『我が従えし白鷗の突風よ』!」


 フローラの謝罪が二人の耳に届くことはなく、シルヴィアの放った暴風にも違わぬ突風によって招待客の二人は家の壁を突き破って追い出されてしまった。直人とシルヴィアは揃って家の外へと出てくると、吹き飛ばされて身構える二人に怒りの矛先を向けた。


「ナオト! あの二人はヤバいよ! 私たちが修行してた時も、お風呂に入ってた時も、も、もしかしたら、え、えっ〇のときも! 全部見てたってことだよ! 一体何人に私たちの生活を覗き見られたの! 公開処刑よ! 公開処刑!」


「まあまあ、落ち着いて。前にも話した通り、こっちの世界でも割と色んな人が人々の見えない営みを覗き見てることはあるからさ。慣れているとまでは言わないけれど、起こり得る自体だったと少し反省はしてるんだよ。ちょっと、無警戒過ぎた」


「な、ナオト殿……」


 直人は怒りテンパるシルヴィアを穏やかなトーンで宥め、よしよしと頭を撫でた。涙目になりながらも、夫のよしよしがかなり効いたのか段々と顔がへにゃりと溶けていく。


 てっきり、直人がシルヴィアのことを諫めてくれたのかと安心しきっていたが、その当人からシルヴィアを超える重圧的な殺気が放たれた。


「目撃者を全員消せば、全部解決だ。誰も何も見ていない、任侠映画とかならよくあることだと思うよ」


「いや、私的にはよくあることではないと思うのだが!」


「……まさか、俺たちの行動が裏目に出るとはな。しかも、魔王を消すと来たか」


「あ、アウス、ここは一旦引いて……」


「面白い! こんなにもワクワクする闘気は久しぶりに浴びたぞ! もっとだ! もっと来るが良い!」


「え、ええ……」


 フローラは口には出さなかったが、内心では「あ、駄目だこの人」と絶賛思っている最中だった。ここには戦闘狂が三人も在中しており、その中に自分が紛れ込んでいると思うと途端に場違いな気がしてならなかった。


 だが、二人の殺気は本物であり、このまま逃がしてくれる雰囲気でもなかった。なので、フローラも渋々といった感じではあったが戦闘態勢に入ることにした。


「何だ、ようやく戦う気になったか」


「……仕方なくだ、仕方なく。交渉を名乗り出た私の方が犯した失態ではあるし、その尻拭いはさせてもらう」


「俺も、もう少し注視するべきだったな。いやはや、この歳になっても反省することは山ほどある」


「暴虐だのなんだの、傲岸不遜の魔王様でも反省はするのだな」


「積み重ねたからこそ、今の俺がある。これを活かせるかどうかは、目の前の怪物どもを倒せるかに掛かっているがな」


 目の前にそびえ立つ般若と竜は殺意を漲らせて二人を見下ろしており、それを従える直人とシルヴィアは既にウォームアップを済ませていた。


 開戦待ったなし、既に戦闘開始のゴングが鳴り終えたところだった。

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