第29話 ゲームを遊んでいるときのお約束☆

 フローラとアウスが悪魔の森を進んでいる頃、直人とシルヴィアの二人はいよいよゲーム開発の最終段階へと足を踏み入れていた。机の上に投影されているのは紛れもないシューティングゲームのゲーム画面であり、その下に敷かれた魔法陣の青白い光と一緒に懐かしのピコピコ音を伴ったBGMが流れていた。


「ようやくここまで来たわね! 正直、げーむの画面を写すだけじゃなくて音とか、あと着色するってなったときはどうすれば良いのって思ってたけど!」


「ゲームと言えば、やっぱりBGMとか背景色は大事だよ。その場の雰囲気っていうのかな? 臨場感を味わうのには必要な要素だと思うし、無音だとやっぱり寂しいだろう? ラスボスとか出てきたときに、「ようやくここまでたどり着いた!」みたいな達成感とかはね」


「そういうものなのね~。でも、私はげーむの経験が今のところはないから……。だ、か、ら! これからプレイするわよ! せっかく作ったけれど、まだまだ問題点とかあるかもしれないし、途中で止まったりしたら困るでしょ? こういうの、でばっぐって言うんだっけ」


「そうそう。まあ、テストプレイの方が正しいかもしれないけど。プログラムの方には問題が無いことは何度も確認してるからね。後は、これらを全部つなぎ合わせた時にちゃんと動作するか確かめないといけない作業が残ってるから。プレイするなら、今がちょうど良いタイミングだね」


「よし! じゃあ、早くやりましょう! こんとろーらーは……。これで良いのよね?」


「問題無いよ」


 シルヴィアが持ってきたのは、これもまた羊皮紙に奇怪な魔法陣が描かれたものだった。ここに家に貯蓄された動力源となる魔力を流すと、羊皮紙の上の空中にコントロールパッドがホログラムで投影された。


 イメージで言えば、スマホでRPGをプレイするときのようなボタン配置になっており、左側にプレイヤーがコントロールする機体を縦横無尽に動かせるパッド、右側にはお馴染みの〇、×、△、□の描かれた四つのコマンド入力ボタンが用意されている。


 何度も仕様書は確認しているので二人とも操作方法自体は頭に入っているし、デバッグ作業中に何度か触っているので感覚自体は慣れた物だろう。ただ、全てのステージを通しでプレイする作業はこれが初めてなので、正直に言ってクリアできる自信は開発者であっても無いに等しかった。


「う~~ん、ちょっと緊張する。確か、最初の方は割と簡単な感じに作ったと思うけれど、最後の方とかは弾幕を避けられる隙間があるかどうか……。くらいな感じだと思うんだよね」


「ゲームだし、難しいくらいがちょうど良いんじゃないかな。簡単にクリアし過ぎて単調になったりとか、飽きちゃっても困るでしょ。それに、難易度によって当たり判定とか弾幕の数を調整してるから問題はないと思うよ」


「まあ、それもそうよね! それで、ナオト? 当然だけれど! 一番高い難易度、やるわよね?」


「え、いきなりナイトメアやるの?」


 このゲーム、まだ名称は決めていないので未だに「ああああ(仮)」になっているわけだが、その難易度は基本三種類に分けられている。最も弾幕の数が少なく当たり判定が優しいイージー、弾幕の数を増やし当たり判定を少し厳しくしたノーマル、そして表示されている難易度の中では最も高いモードのハードだ。ハードに関しては初心者がプレイしたらまずクリアできない難易度になっているため、最初はイージーかノーマル辺りで修行することをお勧めする。


 ただ、このゲームには隠しコマンドというものが存在しており、ゲームのタイトル画面で〇、△、×、×、□、〇、□、×、△と入力するとハードの更に上の難易度であるナイトメアを解禁することができる。


 正直に言って、ナイトメアは鬼畜も鬼畜、絶対にプレイヤーにはクリアさせるつもりがない難易度になっている。どうしてこんなものを作ったのかと言えば勿論、隠しコマンドと現れる新難易度には男のロマンが詰まっているからだ。


 作っている間は、それはそれは楽しく「もっとやったれ!」なノリで難易度無視の鬼畜設定を盛り込んだわけなのだが……。作った後で、「これ、自分たちでもクリアするの無理じゃね?」ということに気付いたという背景がある。


「だって~、ナオトが男のロマンだって言うからさ~。私も、かなり気合を込めて難しくした自信あるし! それに、一番高い難易度がクリアできれば後は簡単でしょ。私たちがちゃんとプレイしてないのって、ハッキリ言ってナイトメアだけだし」


「それはそうだけど……。う~ん、やっぱり一番下の難易度から順繰りにやった方が良いんじゃないかな?」


「ええ~~! じゃあ、一回だけ! 一回だけやってみて、駄目なら下からやろう!」


「ま、まあ、そういうことなら……。じゃあ、一回だけな」


「わーい、やったあ! ナオト大好き!」


 もはや当たり前になった抱き着き行為には直人も慣れてきており、しっかりと抱き締めて頭をよしよしと撫でるまでがワンセットだ。顔の辺りに押し付けられた銀色の髪から漂う女の子特有の甘い香りが癖になり、ついつい自分から顔を押し付け始めると先が長いので以下略。


 お互いにイチャイチャ成分を十全に補給できたところで、早速ゲームプレイに移行する。このゲームは二人まで同時プレイが可能なので1Pが直人、2Pがシルヴィアとなり1P主導で操作を開始する。


「えっと、まずはコマンドを打って……。よし、ナイトメア出たぞ」


「よっしゃあ! 自分たちで作ったゲームとはいえ腕が鳴るわねえ!」


「僕も久々にワクワクしてきたよ。負けないからね」


「それはこっちの台詞!」


 今回、テーマの設定が宇宙空間になっており、宇宙船を使ってエイリアン型のモンスターや戦艦を倒していく感じだ。最初、ゲームをスタートする際にプレイヤーは宇宙船の形を選ぶことができ、スピードや攻撃力が選ぶものによって異なる。


「じゃあ、僕はオーソドックスなバランスタイプで。そっちは?」


「私は攻撃特化! スピードは落ちるけど、そこは私の凄いテクニックの見せ所よ!」


「大丈夫かな……。じゃあ、これで次に進むぞ」


 直人が次の画面に進むと、今度はステージの選択画面が現れる。一度クリアしたことのあるステージなら、そこから始めることができる仕様だが最初なのでステージ1からのスタートとなる。


「さて、これを押したらゲームが始まるわけだけど……。準備は良い?」


「大丈夫! 私の方が敵を沢山倒して、沢山スコアを稼ぐから見ててよね!」


「これでも、僕も結構この手のゲームはやり込んでるから自信あるんだよね。ゲームだけは、負けるわけにはいかないな!」


「じゃあ、げーむすたーと!」


 シルヴィアの掛け声に合わせて、ピコリンという音と共にシューティングゲームがスタートした。今回のシューティングゲームの勝敗は、敵を倒すことで得られるスコアによって決まる。


 ゲームのスコアは基本的に倒しにくい敵であればあるほど獲得できるスコアは上昇し、弾幕に当たらずに連続で敵を討伐できれば獲得スコアが連鎖的に上昇するシステムだ。


「さあ、私の実力を見なさい!」


「ほら、そっちから敵が来るぞ。三秒後、あと二歩分右にズレてないと」


「分かってるって!」


 今回のモードはナイトメアなので、ステージ1から出てくる敵の数と弾幕が異常な数値を示している。前方には既に十体を超える昆虫型の敵が円形状に弾幕を連射しており、一歩でも避ける箇所を間違えば攻撃に当たってしまう。


 まさに、極小の針孔に糸を通すような神経の使う作業を長時間続けなければならないわけだが、そこは開発者特権とでも言うべきなのか、予め出現する敵の位置や弾幕の張り方を頭に叩き込んでいるため二人には全く当たっていない。


 見る見るうちにスコアの値は三十万を突破し、今のところは二人とも五分五分の値を示している。だが、もう少しでボスが現れるというところで直人が操作ミスをしてしまい被弾、スコア上昇の連鎖が途絶えてしまった。


「よっし! まずは一歩リードね!」


「まさか、僕を囮にして弾幕を回避するとはやるね」


「こんなもの、まだまだ序の口なんだから!」


「ライフは、あと四……。ここからはミスできないな」


 基本のライフは五、ステージクリアやスコアボーナスによるライフ回復は用意されているが、ナイトメアの場合は回復できる量が極端に少ない。一応、ライフを全て失ってもスコアを全損することによるコンティニュー機能が一度限り使うことはできるが、それを行った場合の勝率は非常に低くなるだろう。


 なので、これ以上の失態は直人には許されなかった。今まで以上に神経を研ぎ澄まし、黒目をよく見開いてゲーム画面に意識を没頭させる。


「あ、第一のボスが現れたよ! 自分で作っておいてなんだけど、結構気持ち悪い見た目だよね」


「見た目のインパクトを重視し過ぎたかな? でも、これくらいグロテスクな方が倒しがいもあるだろうって思ってるんだけど」


 出現した敵は蜘蛛のような複眼を持ったカブトムシとクワガタとアブと蜂を掛け合わせたような見た目の昆虫だ。黒い甲殻と無駄にリアルな羽の動きや細かい毛などが見た目のグロテスクさをアップさせており、見る人によっては身の毛がよだつかもしれない。


「確かにそうかもだけど! 一応、私たちが生み出した子って思うと複雑な気持ちなんだよね~」


「もしかして、倒したくないのか? それなら、そのまま勝ちを譲ってくれてもいいぞ?」


「そんなことしないよ! うりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃ!」


 シルヴィアも本気モードのようで、ひたすらボスに対して自身から発せられる攻撃をぶつけていく。しかし、ここに来て直人の反撃がシルヴィアに入ることになる。


「ちょ、ちょっと! ナオト、それ私が取ろうとしたアイテム!」


「残念、これは僕がありがたく使わせてもらうよ」


 シルヴィアは予め頭に入っていた計算予測に基づいて行動していたので、その軌道上に直人が現れたことで少しばかり手元が狂う。直人が取得したのは使うことで弾幕ごと範囲内の敵に大ダメージを与えるボムで、次のボスの攻撃を躱すのには必須のアイテムだった。


「じゃあ、シルヴィには尊い犠牲になってもらうね」


「ああーー! さっきの仕返しだあああ!」


 シルヴィアは弾幕の強襲を食らい、一気にライフを二つも減らす事態となってしまった。一方、直人の方はシルヴィアを上手く盾にしつつ、ここぞというタイミングでボムを使用しボスに大ダメージを与えることに成功した。


 結果、ボスは倒され「ステージクリア!」の文字が出現する。現在、スコアは直人が五十八万でシルヴィアが五十六万だから、直人の方が一歩リードできている。


「ナオトめ、やってくれたなー! 次は絶対に負けないから!」


「はいはい。でも、シルヴィも中々やるね。始めてやるとは思えないくらいだ」


「それはどうも。私、これでも記憶力は人一倍良いからね!」


「その分、応用力は欠けるみたいだけどな」


「悔しい! 悔し過ぎるよ! ほら、次よ、次! 早く次のステージに進んで!」


「分かってるって。じゃあ、次のステージに……」


 ドン! 突然、外から巨大な爆発音が炸裂したかと思うと、目の前のゲーム画面がぶれてしまい……。ブチッとテレビのコンセントが抜かれたみたいに画面が消失してしまった。


 流れる沈黙、そして世の子供たちが一度は経験するだろうゲーム画面前でのフリーズを経験した二人はお互いに顔を見合わせると腹に思いっきり力を込めた。


「「ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!?」」


 室内に二人の、この世の絶望を目の当たりにしたときに近い絶叫が響き渡る

 セーブデータを作っていなかったため、ここまで遊んだデータが全て吹き飛んだ瞬間だった。

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