第26話 理由
二人は寝室へと入り、当然のように朝まで交わり合った。お互いに寝ぼけ眼になりながらも、まだまだ幸せの余韻に浸りたくてダラダラと起きて、お互いの顔を見てはにへらと笑ったり、頬を突いたりしてじゃれ合っていた。
「幸せ……。結婚式もちゃんと挙げられて、ナオトと結ばれて良かった。本当に」
「僕も幸せなのは間違いないけど、さ……。シルヴィ、ちょっと不安がってないかな?」
「え、どうして分かったの?」
「ほら、行為をする時とかって、そういうのが伝わるって言うか……。とにかく! 不安なことがあるなら共有して欲しい。その、ようやく夫婦になったんだし」
「嫁の間違いじゃない?」
「そうかも。って、茶化さない」
「あはは、ごめん、ごめん。……じゃあ、遠慮なく話すね。私の心配事。それは、ね。お互いの寿命のことなんだ」
「……そう、だよな」
直人も薄々は勘づいていたことだ、シルヴィアが寿命のことを気にしているということは。直人自身、彼女と一緒になると決めた時からずっと考えていたことであり、どう切り出して良いか迷っていた部分でもある。
しかし、まだ答えを出せていなかったのと、シルヴィアにも考える時間は必要だろうと考えて触れないようにしていた。
「実は、僕も寿命に関しては考えていたんだ。どう頑張っても百年くらいしか人は生きられないからさ、シルヴィアを置いて先に逝ってしまうことは避けられないって」
「ナオトも、私のために色々と考えてくれてたんだ。ありがとう〜」
「それは良いんだけどね。ぶっちゃけ、僕の方では考えてもどうにもならないかなっていうのが答えだよ。寿命は引き延ばせない、いつか必ず別れはやってくるんだ」
「……そっか。そっちの世界でも、寿命を引き延ばす方法とかはないんだね」
「その口ぶりだと、こっちの世界にもその方法は無さそうだね」
残念そうに話すシルヴィアと比べて、直人の方はどちらかと言うと悲しさよりも諦めの色の方が強く顔に出ていた。ほんの少しだけ、異世界だからこそ寿命を伸ばす方法があるかもと期待していたところはあったが、流石にそこまで都合の良いことはなかったようだ。
「覚悟はしてたよ。寿命を延ばすっていうのは、生物がいずれは老いて死ぬっていう法則に反してることだと思うから。魔法は、あくまでも世界の法則なんだろ?」
「うん、ナオトの言う通りだよ。魔法でも寿命に抗う方法は確立されてない。勿論、単に見つかってないだけの可能性はあるけれど、魔法理論に反する項目が幾つもあるってことはもう分かってるんだ」
「分かってるってことは、作ろうとしたの? 不老不死の魔法を?」
シルヴィアは布団のシーツをギュッと握りしめて、悔しそうに口の端を噛んだ。そして、いつもよりも遠く感じる天井を仰ぎ見ながら、感傷に浸る心の内をシーツと彼の温もりで拭い去るように心中を吐露し始める。
「私ね、この森に住む少し前までは親友が居たんだよね。冒険も一緒にしてたし、同居したこともあった。あっ、一応言っておくと女の子ね」
「ああ、うん。それは、そうだよね」
「何? もしかして嫉妬しちゃった?」
「うーん、嫉妬半分、嬉しさ半分かな」
まだ感情表現が上手くいかなくて曖昧な返答しかできなかったが、自分の気持ちにできる限り正直にはなったつもりだ。
昔のシルヴィアのことを知っていて、尚且つ、本人と同居するほど仲睦まじいのが羨ましいというのが一つ。
もう一つ、シルヴィアが過去の里での出来事を機に他人との交流が上手くいっていたのか気になっていたところはあった。冒険者時代の冒険の話は出てきても、彼女が特別に誰かと特別な時間を過ごしたような話はこれまで一度も出てきてなかったからだ。
「シルヴィアにも、ちゃんと親友が居たんだ。シルヴィアのことを大切にしてくれた人が居たんだって思ったら、何だかほっとしちゃって」
「何それ〜。でも、私が人間不信にならずに済んだのは彼女のおかげかも。名前は、ルミア・メイデンっていう魔法使いの女の子だったんだけどね。私がエルフだって知っても仲良くしてくれる、ちょっと変わった子だったかも」
「それって、自分が変わってるって自虐とか入ってないですか?」
「入ってるよ! というか、私が周囲と違うっていうのは昔から知ってるし」
「ごめん、そういうつもりで言ったわけじゃなくて……」
「分かってるって。里での出来事は確かに悲しいことだったとは思うけど、流石にもう気にしてないって」
シルヴィアは表面上、確かに気にしてない様子ではあったが、その笑みの影にはどこか拭いきれない寂しさも含まれているように直人は感じた。ただ、本人が気にしていないと言っている以上、暗い話を掘り返す必要性は無いと判断して黙っていることにした。
「まあ、それでね……。その子、結構長生きはしたと思うんだけどさ。流石に、寿命には勝てなくて八十九歳だったかな? それくらいで旅立ったよ。人との別れを経験して、その時は結構辛くてさ。どうすれば良いか分からなくなって、でも、もう帰れるような居場所もなくて。結局、森の中に引き篭もることを選んじゃった。別れもなく、辛くもならない。最初は、そう思ってたはずなんだけどなあ」
「結局、寂しさには勝てなかった?」
「うん……。矛盾、してるよね。別れる度に辛い思いはしたく無いから森の中に来たのに、また誰かと一緒に過ごしたいだなんて。自分で捨てたつもりになってた物、捨てきれてなかったよ」
その時、シルヴィアの体は伝わる温もりがほんの少しだけ増えた。実際、直人の太くなった腕が彼女の体に回されて胸の辺りの安心感が上積みされたのだから。
「僕だって、それは同じだよ。一人で頑張らないとって一生懸命に強がってた時期もあったけれど、一人に慣れることができなくて、誰かに側で寄り添っていて欲しくて、婚活なんてしてたんだから。人はどれだけ独りよがりになっても、一人にだけはなれないんだよ」
「……そうかも。だって、直人に独りは寂しいって言われた時、そうだなって納得しちゃったから」
「それ、いつの話?」
「出会った頃の話」
「よく覚えてるね」
「ダーリンの大事な言葉だから、覚えてるに決まってるよ」
シルヴィアは直人にもう一度向き合うと、彼のふわりとした両頬を白い両手で優しく包み込んで額をピタリとくっつけた。嬉しくなって自然とキスを交わし、「ねえ」と鈴の音のような清涼感のある声音で直人に話しかける。
「私ね、ナオトと一緒にいっぱい思い出を作りたい。この命が尽きるその瞬間まで、キラキラと燃えていられるくらい沢山の思い出を、ナオトと一緒に」
「僕も、シルヴィと作りたい。君が寂しくならないよう、いつまでも色褪せない素敵な思い出の数々を」
「……あと、その」
白い綺麗な頰を朱色の化粧で彩ったシルヴィアは、もじもじとさせながら掛け布団の裾で口元を隠しながら照れ恥ずかしく言った。
「できれば、子供も欲しいな。エルフの出生率は、同族と比べて異種族だと極端に低いから難しいかもしれないけど」
「そこは、ほら……。まあ、結構求めてはくれてるし、僕もしたいからさ。シルヴィが将来、一人になっても寂しく無いようにはしようと思ってるよ?」
「それじゃあ、いっぱい、いーっぱい産まないとね! 手始めに、三人くらい?」
「僕の体力が持つかどうかが心配なんだけどな……」
「そこは大丈夫! 私、回復魔法も得意だから! 昨日は十二回戦くらいまで行けたから、今日は十五回戦くらいまでチャレンジしよ!」
「ちょ、まだ心の準備が……! ああぁぁぁぁぁぁぁ!? ……あっ」
熱々ラブラブ夫婦二人の戦いは、まだまだ続きそうな様子だ。
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