第25話 二人だけの結婚式
直人とシルヴィアが結ばれてから、早くも一年の時が過ぎようとしていた。直人はあれから剣術と魔法、どちらの勉強もシルヴィアに教えてもらいながら順調に上達していき、今となっては庭で木刀を用いながら魔法を使って戦うシルヴィアの戦闘スタイルを使って戦闘訓練をしていた。
「ナオト! もっと私に攻撃してきて! 私への愛は、こんなものじゃないでしょ!」
「当然! もっと『シルヴィ』を楽しませるよ!」
直人は自分の体に魔力を込めると、体の内側に刻まれた魔法陣を発動して凍てつく氷柱を空中へ十本召喚する。それらを高速で射出することでシルヴィアの動きを封じようとするが、彼女の風を纏ったような華麗なステップの前に難なく躱されてしまう。
だが、直人は氷柱と一緒に地面を蹴って自分からシルヴィアへと接近し、教わった剣術を使って上段から下段へと斜めに振り下ろす。惜しくも剣は空を切り、シルヴィアの服を掠めるに留まったが、彼女はそれでも嬉しそうに舌を唇に這わせた。
「私の服を掠めるなんて、やるじゃんナオト! でも、今もしかして胸元狙ってた? はだけるのを期待してたとか?」
「そ、そんなことないからな! そういうのは、もっとそういう雰囲気の時にしたいんだ!」
「私の服を破くプレイがしたいの? なら、今度は破きやすい素材で服を作っておくね。きゃ~~、ナオトに襲われちゃう~~!」
「そんなこと言ってると、いつの間にか倒されてるかもしれないぞ!」
シルヴィアが自分の豊満な体を抱きながら直人を誘惑して遊んでくるが、今は真剣に稽古中であることを忘れてはならない。直人は何とかシルヴィアの隙をつけないかと剣を振っては魔法を放ってみるも、シルヴィアの軽い身のこなしは宙を踊る妖精のようで中々攻撃を当てさせてはくれない。
「せっかくだし、剣で打ち合ってみようか!」
「望むところだ!」
ここからは真っ向勝負、剣と剣がぶつかり合う度に木刀から何故か火花が飛び散る。一般人からしたら尋常ではない速さの振りに目が追いつかなくなってきたところで、直人の手元がシルヴィアの剣先によって弾かれた。
空を舞う直人の持っていた木刀が彼の背後へと突き刺さり、首筋に彼女の木刀が添えられたところで勝負はついた。
「ふふん、また私の勝ち! じゃあ、今日の夜は私が攻めね」
「っていうか、毎回プレイ方法をこれで決めるの辞めないか? 今のところ、勝率がこっちは二割くらいしかないんだけど」
「それくらいが丁度良いの。直人は意外と、その、エッチだし? ご褒美を自分で勝ち取る方式の方が上達するでしょ? まあ、体に埋め込まれてる魔法回路の調子も良いみたいだし、そのうち勝率が五分五分まで引き上がると思うけど」
「そうだと良いけどね……」
シルヴィアは直人の首筋から剣を退けると、その場に正座してポンポンと膝を叩いた。それで察した直人は、すぐさま彼女の柔らかな太ももに頭を乗せて寝っ転がった。相変わらず眺めの良い二つの山脈……しかも、最近になって少しばかり大きくなったこともあり迫力も更に増しているのが素晴らしい。
「ふふ、ナオトってば鼻の穴開いてるよ。ちょっと胸好き過ぎじゃない?」
「男で胸が嫌いな人はいないと思うけど? それより、僕の体のメンテナンスをするんだろ? 今日もよろしくお願いします」
「任されました。ナオトの体に走ってる魔法回路と魔法陣に異常が無いか調べるね」
シルヴィアは直人の胸元に左手を添えると、反対の手で頭を撫でながら検査を始めた。これには列記とした理由があり、その原因はさっきから話題に出ている『魔法回路』である。
「最初、ナオトの体に魔法回路があるって知った時は驚いたわよ」
「如何したの、急に」
「何となく、懐かしくなっただけ。異世界から召喚したから、何か特別な力はあるのかなって思ってはいたんだけど……。魔力量が多いのと、魔法に関して飲み込みが早いくらいでそこまで大きなものはないかなって思ってたから。あの日、私を助けるために森の奥へ入ったときに体から冷気を発するようになったのには流石に驚いたよ」
「ええと、魔法回路は確か人間の体の中にある魔法陣みたいなものなんだよな?」
「そう。すっっっっごく稀に起こることなんだけど、人が生まれながらにして体に魔法陣を有していることがあるの。それに魔力を通すだけで、魔法陣に刻まれた魔法を行使できる。この魔法陣を、特に魔法回路と呼ぶの。ただ、ナオトの場合は生まれつきじゃなくて召喚によって無理矢理刻まれたから上手く制御できてなかったの。それが、あの事件をきっかけに魔法回路が叩き起こされて、暫くの間は氷人間みたいになってたもんね」
「そうそう。それで、凍ってベッドから動けなくなったりとか、繋がったまま危うく事故りかけたこともあったっけ……」
「だから、こうして私が定期的にメンテナンスをして調節をしているってわけよね。はい、終わったわよ」
「ありがとう、シルヴィ」
しかし、メンテナンスを終えても暫くは直人の頭を撫でるのを辞めないのはお約束みたいになっていた。実は、直人がメンテナンスを受けている間も撫でているのには特に意味がなく、彼女が単に直人のことが愛おしくて仕方がないからやってしまう手癖らしい。
「シルヴィ、僕の頭撫でるの好きだよね」
「ナオトは嫌だった?」
「全然。だって、シルヴィが僕のことを愛してくれるような気持ちが伝わって来るから」
「私も、直人が私のナデナデを受け入れてくれてると、私の愛が受け入れられてる感じがして凄く大好き。ねえ、もうちょっとしてて良い?」
シルヴィアの可愛らしい猫撫で声から形成されたお願いを直人が断れるはずもなく、「うん、いいよ」と柔和な笑みを浮かべながら返した。
それからシルヴィアはたっぷりと直人成分を補給し、家の中へと二人で戻った。
今からシルヴィアが昼食の支度を始めようとしていたとき、直人はある大事な要件をシルヴィアが覚えているか確認を取る。
「ねえ、シルヴィ。覚えてるかな? 今日は、二人にとって……。凄く、大事な日になるよね」
「ええ、勿論覚えてるわよ。そのための準備も、一年かけてやって来たのだから。大丈夫、私も初めてだし上手くいかないこともあるとは思うけれど……。それも含めて、全部を思い出に変えちゃえば良いんだからね」
「それもそうだね。じゃあ、僕は先に準備の方を進めようかな」
「お願いね、私のダーリン。私も、今日は気合を入れて準備をするから!」
シルヴィアと直人が進めている大事な日の準備とは、夫婦になった人たちが通る大事なイベントの一つ……。
それ即ち、結婚式のことである。今日、二人が永遠を誓い合ってから十二ヶ月目の満月が訪れる夜、エルフは結婚相手と婚姻の儀を執り行うのが習わしで、今回はシルヴィアが先導のもとずっと準備を進めてきたのだ。
この日を楽しみにしていなかったわけもなく、二人は指折り数えて満月の到来をカウントし続けようやく訪れた記念すべき日なのだ。
二人の準備は昼食を境に慌ただしく進み、気づいた頃にはもう満月が高く上り始めていた。
夫である直人は先に着替えを済ませて家の外でシルヴィアの準備が終わるのを、今か今かと待ち構えていた。彼の今日の恰好は日本で言うところのタキシードに近い衣装で、特に黒のジャケット、月の光を表現した藍色のネクタイ、そして白シャツのコントラストが彼の格好良さを際立たせていた。
日頃から行ってきた肉体改造の成果もあってか胸板もかなりパツパツで非常に男らしく、こちらの世界にやってきた当初とは見違えるくらい逞しい姿に変貌していた。
あまり着慣れていない恰好というのもあるが、それ以上に、この大事な日をちゃんと彼女と一緒に思い出にすることができるのか……。ざわつく胸の内を宥めるので精一杯で、次にシルヴィアと対面したときどんな言葉をかけようかとか、どうエスコートすれば良いとか、そんなことを考える余裕も実はなかった。
なので、毎夜のように見れる星空でも見上げて気分を落ち着かせようとしたら、その日の空は一際大きな満月が不自然なほど不躾に一番高い所に居座っていて……。かえって、その有様がシルヴィアの姿をより強く脳裏に呼び起こさせた。
「無数の星がこの世界の人たちなんだとしたら、きっと……。この森に一人で、何百年も住み続けている彼女は誰の手にも届かず、誰にも気にされない、あの月と同じなのかもしれない。あれだけ近くにありそうな星でさえも、朝になれば過ぎ去る月を目に留めるようなことはしないんだろうな……」
一年前、シルヴィアの過去を聞いた。彼女は種族の掟だとかで銀髪という凶兆持って生を受けたが故に、この世界から爪弾きにされてしまった。
本人の口ぶりからして、外部に友達は少なくはあっても居たのかもしれない。しかし、その友達ともこの森に来てからは会っていないようだ。
いや、彼女にとっては会う必要がなくなった存在だったのかもしれない。エルフは寿命が長く、長い歳月を生きていれば幾度の別れも経験しなければならないのだろう。
「思えば、彼女がここに来たのは三百年も前のことだ。人間の寿命で言うところの百歳……。ということは、彼女がこの森に引きこもるようになった本当の理由は……」
ふぅと、耳元で夜風が優しく囁いたような気がして、玄関の方へと振り返る。
そこには、エルフの一族が花嫁に着せる花嫁衣裳を着たシルヴィアが立っていた。花嫁衣裳と言っても、ウェディングドレスの生地を薄くして下着が透けて見えるようにし、スカートになっていた裾を短くして動きやすく改造したもので、着せるよりも脱がせることに特化したようなものだった。
「どう、かな? 私、この衣装は里で開かれた結婚式を遠目で覗き見たときのものを見様見真似で作ったから、全部が全部、完璧に再現できたわけじゃないと思うの。もし似合ってなかったらって思うと、ちょっとドキドキと、冷や冷やしちゃって」
「似合うよ! 凄く、似合う! その、まるで風の精霊みたいだ。ほんの少しの風だけでもドレスの端が舞ってさ。こんなにも綺麗な人が僕の花嫁なんだって思うと、凄く幸せだ」
「ありがとう! やっぱり、ナオトはナオトだね。私にすっごく下手惚れで甘々なんだから」
「そうさせたのはどっちだったか? 少なくとも、最初は拒絶に近い雰囲気で接していたはずなんだけれど」
「そう言えば、そうだったわね。私が砂糖漬けにするような毎日を送らせちゃったから。だから、ちゃんと責任取るね!」
シルヴィアはいつの間にか直人の目の前まで移動すると、彼の右手を優しく取ってその場に跪いた。彼女の立ち振る舞いは時に風の精霊のようだが、こうして見ればお姫様を守る騎士のように見えなくもないから不思議なものだ。
頭から垂れ下がったベールの奥で長いまつ毛を着飾った瞼を持ち上げ、緊張でキュッと結んでいた唇をぎこちなく開いた。
「私、シルヴィア・ファイスは生涯をかけて、貴殿、ナオト・カタギリを幸せにすることを満月の導きの下で誓います」
「ええっと……、エルフ様式は一応頭に入ってるんだけど。やっぱり、これって本来はこの僕が担う役目なんじゃないのかな?」
「あはは、他種族からすればそう思うかも。でも、エルフの価値観からすると男性は女性に幸せにしてもらう存在だから。男尊女卑? みたいなところはたぶん、エルフじゃない一般的な種族ならどこでも共通する部分だとは思うんだけれど」
「でも、僕の住んでた世界は男女平等を重んじていて、多様性を主張する社会なところがあるからどっちが~っていうのは最近だと無い気がするんだ。それでも、どっちかと言えば男性が女性を幸せにするってイメージはあるかもね」
「なら、どうする? やっぱり、今からでも役目を変える?」
「いや、その必要はないよ。だって、僕も跪くから」
直人は自分の背丈をシルヴィアのそれと合わせ、立膝を突いた。自分の手を取る彼女の手の甲に左手をそっと添え、ベールの奥にあるマリンブルーの瞳を覗き込むように真っすぐ見つめた。
「僕、片桐直人……いや、ナオト・カタギリは生涯をかけて、貴殿、シルヴィア・ファイスの傍を片時も離れず、幸せを二人で分かち合うこと誓います」
「元々の台本と、全然違うね」
「駄目だったか?」
「ううん、こっちの方が良い。私は単に、台本を読み上げたに過ぎないの。だから、私も……! えい!」
「うわっ!」
シルヴィアは直人にがばっと抱き着くと、天高く彼の体を掲げてグルグルと回り、もう一度自分の元へと抱き寄せた。自分のベールを脱ぎ、目の前にある直人の顔を見つめながら吐息を吹きかけるように誓いの言葉を改めて述べた。
「私は、あなたと幸せになりたい。私だけでも、ナオトだけでもない、二人で一緒に未来を歩んでいきたいの」
「ああ。僕も、全く同じ気持ちだ」
「良かった。なら、まずは最初の幸せを一緒に分かち合いたいのだけれど……むっ!?」
直人はシルヴィアが言い終わる前に、彼女の桜色の唇を奪った。暫く口づけをして、次に呼吸をする時にはシルヴィアは甘い幸せに浸された顔で蕩け切っていた。
「同じこと、考えてくれてたんだ。じゃあ、今度は私から。ん……」
その後、二人はたっぷりと月夜の祝福を受けながら誓いを交わし、白い月光の導きに従ってこれからの幸せを掴むための第一歩を踏み出したのだった。
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