第24話 一方、悪魔の森の外では③

 三度、こちらは人族の巨大な国家『アノマリス』、その王城にある『宮廷魔術師団在中』の看板が掲げられた一室。そこで行われるはずだった会議は今、まさにお通夜状態と言うに相応しいレベルの気まずい沈黙が流れていた。


 というのも、彼らの瞼の裏に映されている光景……。森の奥に何故か存在しているログハウスの一つで○○○○が行われていたからだ。


「……ラーダ、シャナ、ツイ、ソウ。先日話した内容は全て撤回する必要があるかもしれない。魔力の発生源は間違いなくここだ。三ヶ月以上も経過した今でも、大気中の魔力量が他と比べて圧倒的に濃いからな。詰まるところ……」


「よ、要するに……。あの、恐竜型の魔物を退治した青年を呼んだのは、恐らくエルフの野郎で……。そいつは、まさかのお、男と……するために、呼んだってわけでいいってことかよ?」


 頬を若干朱色に染めた団長のフローラですら言い淀んでいたことを、ラーダが代わってほぼ全て説明してくれた。ただ、ラーダ自身もそのような浮いた話は苦手なのか、所々声が上擦ったり、言葉を濁したりしながら表現していた。


 あまりのおバカな会話にシャナもがっかりしたのか、これ見よがしに大きな溜息を吐いて机の下を爪先で蹴り飛ばした。


「わっけわかんないんだけど~~! どう~~~見てもこっちの世界の住人じゃない男が? どっからど~~~~見ても、魔族サイドのはずのエルフとイチャコラしてるって~……。しかも、ずっと監視してるとイチャイチャイチャイチャイチャ魔法の練習したり~、病気を治すために薬草を回収しに行ったり~~? まさか魔法回路が埋め込まれた特殊体質の青年で~~? 終いには、朝から晩を跨いで昼間でドッキングとかあり得ないんですけど~~~~!」


 ガン! ガン! とあまりの予想と違い過ぎる展開を目の当たりにして机の下で八つ当たりを続行する。まさか、三百年分もの魔力を使って人を召喚した目的が目の前の光景のためだなんて、誰が考えるだろうか。


「ソウたちも、少し読みが甘かった」


「ソウに同意。ぶっちゃけ、予想の斜め上の更に斜め上を行った感。面目次第もない」


「いや、君たちが責任を感じることはない。幸い、人族側への被害は今のところゼロだからな。ただ、このままと言うわけには行かないだろう」


 フローラの懸念している事項というのは、彼らがイチャコラしているとか、単に人族サイドに被害を出していないから大丈夫とかそんな単純な話ではない。


 彼女が最も危険視していることというのは、単独で異世界人を召喚できる魔法を用いることができるだけの才覚がある人材がそこにいるのが問題なのだ。


「そのエルフ……。いつからこの森に居るのかは分からないが、問題はそこではない。優れた魔法を扱える優秀な人材が野放しになっていることの方が問題だ。もし、彼らが本気を出せば、国一つだって落とせるだろう」


「そんなこと、ないとは思うけど〜。でも〜……」


「でも」


「絶対ではない」


「確かになっ! だが、どうするつもりだ? あの森は不可侵領域とはいえ侵入が許されてないわけではなく、例の二人はこちらに被害をもたらしたわけでもない! 俺たちには、彼らを咎める権利が与えられていないっ!」


 ラーダの最もらしい意見に、その場の全員が同意の言葉に変わって重く頷いて見せた。悪魔の森は誰の領域でもないせいで法も秩序も存在していない。


 故に、彼らを捕らえて何かすることはできないし、そもそも自分たちが踏み込んだところで生きて帰れる保証もない。


 理想を述べるのなら、このまま営みを続ける彼らをそっとしておくことなのだろうが、そうなると気になってくるのは魔族側の動きになってくる。


「魔王たちは、この事態についてどう捉えていると踏む?」


「多分だけど〜、向こうも今回のことは察知しているだろうから何らかのアクションはあると思うよ〜? 私たちが偵察部隊を飛ばしてることもとっくに気づいているだろうし〜?」


「場合によっては、あちら側が先に彼らと接触することも考えられる。そうだろう、ツイ?」


「ソウ兄さん、僕もそう想うよ。もっと言うと、彼らと友好関係を築くことで事態の収拾を図りつつ、こちらに何らかの外交的要求があるかもしれない」


「そうなると面倒だな……。基本、魔族と争う理由はないのだが、次の国家間での交渉の場で不利になるのだけは避けたい。となれば、ここはこちらが先手を打つ他あるまい」


 フローラの言う先手とは即ち、彼らよりも先にも悪魔の森に住まう二人と接触を図ることだった。彼らは非常に優秀な魔法使いなのはずっと監視をしていたので、既に分かっていることだ。


 真昼間からずっとドッキングを続けているのは少々いただけない部分がなくもないが、むしろこちらが勝手に覗いているという罪悪感がないでもない。


 魔王たちが接触するよりも早く接触し、あわよくば人族陣営に引き入れることができれば優秀な人材を一気に二人も確保できて国も安泰になること間違いなしだ。


 だが、一つ問題を解決すると次の問題が浮上してしまう。つまり、悪魔の森に一体誰が向かうかという問題だ。


「……ああ~。俺は、今回はパスしようっかな〜? その、日課になってる筋トレを休むわけにはいかねえし?」


 先手を打ってのはまさかのラーダ、この中では一番の力自慢でありながら下手な言い訳でも真っ先に降りようとする度胸はどこからやって来るのか。しかし、すかさずカウンターをか食らわそうと口を開いたのはシャナだ。


「あんた〜、筋トレなんて言ってるけど〜。それって、どこでもできるよね? 悪魔の森なんて、いつ死ぬかも分からない刺激的な環境に身を置けば良いトレーニングになるんじゃない〜?」


「いや、それはそうかもだが! ここ最近は筋肉量を調節するために過度な運動は控えてるんだ! それを言うなら、ソウとツイはどうだ? この間、生活費が結構苦しいって言ってなかったか!?」


 まさかのソウとたツイに流れ弾が飛んできた。てっきり、さシャナの方に撃ち返すと思っていたので完全に油断していた二人は必死で頭を回転させて言い訳を捻り出す。


「あの時は、偶々趣味にお金を使い過ぎただけで今はちゃんと貯金もあるよ。ねえ、ツイ?」


「うん、実は新しくアルバイトみたいなのを初めてさ。僕たち、ここが休みの時も社会貢献しなきゃいけないから」


「いやいや、遠慮すんなって!」


「そう言うはラーダが行ったら?」


「ソウ兄さんに賛成! それにシャナの言う通り、己を鍛えるには最高の環境なはずだし!」


 確かに、ふシャナやソウ、ツイの言う通り鍛えることに関して言えばこれ以上の環境はないだろう。常に死と隣り合わせ、油断したらあっという間に天国へご招待! 強靭的な精神力と底なしの体力を手に入れられるでしょう!


 ただし、一秒先の命の保証はありません。


「そんなん絶対に無理だ! 少なくとも、俺にはまだ早すぎるし、死にたくない!」


「ようやく本音が出たね〜。男の癖に意気地なし〜」


「命を惜しんで何が悪い! 俺は、誰よりも命を大事にする男だ! 正直、ここの誰にもあの森に行って欲しくない!」


「さっきまでは押し付けようとしてたのに〜?」


「それを言われたら元も子もないが……。なら、誰かあの森に入って無事に帰って来れる自信のある奴はいるのかっ!」


 ラーダの革新的な質問に答えられる人間は、少なくともこの場にはいなかった。誰もが恐れ、そして帰ることすらできない森に……。


 それこそ、地球で言えば「お前、ちょっと死んできてくれる?」とコンビニに行く感覚で言われているようなものだ。もしこれに頷く者がいるとすれば、命知らずか、飛び抜けた蛮勇の持ち主か、あるいはこの中で最も強い者だけだ。


「……私が行く」


「団長〜、正気〜? 悪いことは言わないから、辞めた方が良いよ〜、絶対」


「そ、そうだ! 煽っておいて申し訳ないが、団長にはまだ死んで欲しくない!」


「団長! はソウからもお願いだよ!」


「ツイからもお願いする! 何とか、思い留まって欲しい!」


 フローラの決断にその場の全員が反対したのは、偏に彼女の人望がもたらした産物だろう。彼女の魔法の才と全員を取りまとめるリーダー的なカリスマの高さは唯一無二であり、ここで彼女を失うことは宮廷魔術師団の崩壊を招きかねない一大事だ。


 そして何より、フローラという友人が自分たちの輪から消えてしまうのはあまりにも寂しかった。できることなら、まだまだ一緒に仕事を続けていきたいというのが全員の本音である。


 しかし、彼らの説得も虚しくフローラは静かに首を横に振った。藍色の瞳がキラリと一番星のように輝き、信頼する仲間たちにに眩い光明をもたらした。


「気持ちは嬉しいが、これは誰かがやらなければならないことだ。全員で向かって全滅などしたら元も子もないしな。この中で一番の実力者である私が赴くのが筋だろう。皆はどうか、私が無事に帰れることを祈っていて欲しい」


「団長〜……。分かったよ、団長を信じることにする〜」


「流石は団長だぜ! 男として、団長の男気には負けたぜ!」


「私は一応、女だからな?」


「団長、どうかご無事で!」


「ツイたちは、団長の帰りをお待ちしています!」


「ありがとう。では、これより悪魔の森攻略のための作戦を立てる。協力してくれるな?」


「勿論だよ〜」


「俺たちにできることなら、何でも言ってくれ!」


「ソウたちも」


「全力で手伝う」


 しかし、この後に起こったちょっとした内乱や魔物の大量発生などを受けて宮廷魔術師団は大忙しとなり、結局、フローラが本格的に動き始めたのは一年も後の話だった。




 打って変わって、こちらは世界の最西端に位置する魔族の領域。どっしりと構えられたドラキュラ城のような見た目の禍々しい黒い城は、紛れもなく魔族の頂点が支配する魔王城だ。


 その謁見の間にて、黒光りした一対の角を頭に生やした紫色の肌の、とんでもない量の筋肉を従えた赤目の男が玉座に足を組んで座っていた。彼こそが、今代の魔王であり人族陣営に対して和平条約を申し出た張本人、アウス・ローブル・フォン・デモンズロードだ。


 そして、その側近の一人とも言える、こちらも黒い羊の角を一対頭に生やしたメイド姿の魔族はアリシア・エンフィールド。彼女はアウスの前で綺麗なお辞儀を見せると、手元に持った報告書をつらつらと読み上げていく。


「アウス様。例の悪魔の森に構えられた一軒家について『影』から新たな報告が入っております」


「うむ、ぜひ聞こう。結果はどうだった?」


 影、というのは魔王直属の隠密情報収集部隊で非常に優秀なスキルを持った者が多数所属している。彼らもまた、王国側と同じく小動物にも悪魔の森の内部を探索させ、例の魔力の原因を探っていたのである。


「どうやら、青年の方は銀髪のエルフが異世界より召喚したそうで、その……。その者を番にするためだと」


 信頼を置く従者からのあまりに突飛な報告に、思わず石膏像のように表情を固めるアウス。あまりの現実味の無さに「ごほん!」とわざとらしく咳払いをして無かったことにしようとする。


「すまない、俺も歳を取ったものだな耳が遠いようだ。報告を聞こう、親愛なる従者アリシアよ」


「ですから、番いになるためです。セ〇〇スパートナーです、愛の巣を作るためです」


「分かっているわ! 誰がそこまで説明せいと言った!」


「詳細の説明が必要でしたら、彼らの生活習慣についても調査済みですのでご報告申し上げます。まず、朝起きてから朝の営み……」


「辞めだ、辞めだ! そんな生々しい事情など聞きたくない!」


「そ、そうですか。失礼いたしました」


 アリシアの天然による暴走はいつものことだが、時々わざとやっているのではないかと疑ってしまう時がある。今に始まったことではないので今更咎めはしないが、大きな溜息を吐くことくらいは許されたも良いだろう。


「それにしても……。そんな下らない理由で異世界から? あれだけの規模の魔法を使って異世界人を召喚したと言うのか?」


「ええ。先日より彼らの存在は報告に上げさせていただきましたが、動機についてはこれが最新の情報となります」


「世界の新たな敵が現れたのではないかと疑ったこちらの方が馬鹿馬鹿しく思える事態だ。まさか、婚活するために異世界から男を呼ぶなど誰が予想できるか」


「ええ。私もまさかとは思いましたが、今回の一件に関しては世界の終末とは無関係でした」


「それは良かったと安堵すべきことなのだろうな。だが、いくら不干渉な領域と言っても今回の一件は見過ごすことはできん。曰く、悪魔の森で普通に生活できているという事実が一つ、もう一つは異世界召喚を使える魔法使いがいるということだ」


「仰る通りにございます」


 やはり魔王であるアウスもまた、人族側のフローラたちと概ね同じ結論に至っていた。優秀な魔法使いがいるというのは、それだけで国力を示すための大きな要因となり得るので何としてもこちら側に引き込みたいというものだ。


 そして、更に魔王が注目した悪魔の森での生活については、もしも彼の地を自身の領土として収めることができれば生活圏や資源の確保に繋がると考えたためだ。得られる資源が多いに越したことはないし、仮にも今回は誰の領土でもない土地なので手に入れば万々歳くらいの気持ちで領土を確保しに行ける。


 まさにノーリスク、ハイリターンな戦況を放っておくはずもなかった。しかし、こんな好機を目の前にして魔王は悔しそうに眉を顰めて頭を抱えた。


「何としても確保したいところではあるが、今は国内も割とごたついているからな。特に、エルフ共にはかなり手を焼かされている」


「確かに。現在、エルフたちはもっと領土の支配権を広げて欲しいと要求しています。普通に無視すればよろしいのでしょうが、嫌がらせとでも言うべきか、様々な街や集落に現れては攻撃と撤退を繰り返しています」


「十分に領土は与えていると言うのに、何が不満なのだ……」


「昔からエルフは傲慢で不遜なところがありますので。これはもはや、種族単位で粛清する必要があるかと愚考致します」


「……それを抑えてからとなると、早くても一年後になりそうだな」


「アウス様はただでさえ、日中の公務に縛りつけにされております。一年というのは早くてという計算で、実際はもっと遅くなる可能性も……」


「いいや、一年だな。一年で何とかする。これで人族の方に先を越される可能性は十二分にあり得るが、そもそもこれを損失と捉える方が難しい。取らぬ獣の皮算用というわけだ」


「ですか……。では、私も魔王様が早く動けますよう尽力させていただきます。というわけで、まずはノルマで824枚の書類の処理をお願い致します」


「……」


 アウスは一気に光を失った遠い目をしてかと思うと、黙々と懐にしまってあったペンを手に取り振い始める。公務に使うペンを剣のように振るう姿はあるで、歴戦の戦士の如く風格で……。


(魔王だって、もっと自由が欲しいいいいいい!)


 心の中では、とても我儘な子供のように駄々を捏ねて折角の風格が台無しだった。

 それから魔王は宣言通り一年後に悪魔の森の探索をしつつ、黙々と作業を続けるのだった。


 それから一年と少し後のこと、いよいよアウスとフローラが彼らと接触するべく動き出した。

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