第23話 再会の朝
ゴソゴソ、ゴソゴソ。直人の隣で、何故か誰かが身動きを取ろうとする反応があったので何事かとゆっくり目を開く。すると、どうしてか隣には拳一つ分すら間に合わないくらい間隔が詰められた距離で自分のことを見ているシルヴィアの姿があった。
ふふ、と不敵に笑うその右人差し指は直人の左頬に当てられており、どうやらずっと玩具にされていたらしいことを察することができた。
「えっと、おはよう……」
「おはよう、ナオト」
「えっと、どういう状況……。っていうか、シルヴィア起きたの!?」
「うん、起きたよ。というか、そんなに大きな声で叫ばないで。せっかく気持ちの良い朝が台無しになっちゃう」
「いや、それどころじゃ……。とにかく、大丈夫なのか起きて確かめないと……」
「はぁい、捕まえた♡ 駄目だよ、起きちゃ」
起き上がろうとした直人の腰に足を回し、両腕でしっかりと直人の両腕ごとホールドしてゼロ距離まで引き寄せた。意外と力が強いなと心の中でツッコミを入れつつも、思えば気絶したはずの自分が布団で寝ているのは間違いなくシルヴィアの仕業なのだ。
「私、結構力あるでしょ。これでも、ナオトよりは鍛えてきてるんだよ?」
「よく思い知ったよ。つまり、一回起きたんだ?」
「そう。起きる少し前、唇に何かキスされた気がして……。ふっと目が覚めたら、ポーションの液体が口の端に残ってたからもしかしてって。そしたら、何でか分からないけれどベッドの下で力尽きて倒れてるナオトが居たから。大体、全部察したよ。ナオトが、私のために頑張ってくれたんだって。そうしたら、嬉しくて、嬉しくて、居ても立っても居られなくなって!」
「それで、僕を布団の中に引き込んだんだ?」
「ふふん、布団怪獣があなたのことを食べたのです! さあ、観念して私に食べられて?」
いつものように、あくまでも冗談っぽく、しかし本気で言ってくれていることが伝わる甘え方だった。直人はそんなシルヴィアの反応を見てほっと胸の中心足りが温かくなるのを感じ、やがてぽろっと返事を零した。
「うん、いいよ。むしろ、僕の方からお願いします」
「あはは~、やっぱり断られたか~。相変わらずガード堅いな……。あれ? 今何て?」
シルヴィアのそれは予め回答を予測しての先回りだったが、あまりに予想の斜め上の答えが返ってきて思わず聞き返してしまう。ポカンと目を点にするシルヴィアに、直人はもう一度、シルヴィアの瞳を覗き込み、そのマリンブルーに新たな色を刻み込むように言葉を紡いだ。
「僕は、シルヴィアのことが大好きだ。今回の経験を通して、それがよく分かったんだよ。だから、僕の方からお願いします。それと、待たせてごめんなさい」
「そ、そそ、それ、それ、それそ、それ……」
「落ち着いて、ゆっくり深呼吸しようよ。ほら、僕にしてくれたみたいにさ。吸って~、吐いて~……」
「すぅ~~、はぁ~~~……」
直人に言われて深呼吸を繰り返すと、さっきよりも思考はクリアになってきた。しかし、高鳴る胸の鼓動はずっと耳元でドクドクと鳴り続けており、一度かかってしまったエンジンが止まりそうな予感はしなかった。
「わ、私、夢見てるのかな? それとも死んじゃった? 正直、ポーションを切らしてたからこのまま『急性魔力失調症候群』で死んじゃうんじゃって思ってたんだよね」
「『急性魔力失調症候群』?」
「ああ、うん……。直人を異世界から呼んでから、そう言えばずっと魔力を使い過ぎてたなって思ってさ……。それで、なっちゃったんだと思うんだよね」
直人はシルヴィアから病気の詳細について説明してもらうと、みるみるうちに顔が真っ青になっていった。シルヴィアを危険に晒し自責の念に押し潰されそうになり、今一度平謝りをした。
「そういうことだったのか……。なら、余計に悪いことをした。本当にごめん」
「そんな! ナオトは悪く無いの! 私の不注意で、薬を切らしてて……」
「でも、それって僕を危険に晒さないためでしょ? 薬の材料を手に入れるために森に入った時、シルヴィアがどれだけ恐ろしい敵から僕を必死で守ってくれてたか分かったんだ。だから、本当にいつもありがとう」
「そ、それは、その……。こちらこそ、ありがとう……。私も、ナオトが傍に居るって思うと不思議とやる気が出てきてさ……。だから、その……んん!?」
その時、シルヴィアの言葉が不意に直人の口の中に吸われてなくなってしまった。最初は少し戸惑っていたシルヴィアも、彼の体温に身を任せるように唇を押し当て、ねっとりと舌を絡ませていった。そうして、どれだけの時間が溶けたかも分からないくらいくっついていて、ようやく離したときには互いの口から透明な橋がかかっていた。
「シルヴィア。その、夫婦になるなら一つだけお願いがあるんだ」
「な、何? 私にできることなら、聞くけど……」
「今回みたいにさ、困ったことがあったら遠慮なく言って欲しいんだ。心配させたくない、じゃない。お互いの未来が不安にならないように、心配を共有してほしい。僕は、その……。まだ半人前だけど、シルヴィアの隣で頑張れるくらいに魔法も、剣術も頑張るから。だから、どうか……。勝手に、一人でいなくなろうとしないで欲しい」
「……まさか、ナオトの口からそんな風に言ってもらえるなんて。正直、私もその……。私のために、命の危険を冒してくれたのは嬉しいんだけど……。それでナオトが居なくなったら、私は耐えられないと思うんだ」
「うん」
「だから、その……。ずっと傍に居て。私の手から離れないで」
「うん、分かった」
「だから、手始めに……。私が、あなたのものだってことを刻みつけて。私もあなたに、たっぷりと教えてあげる。ナオトが一体、誰の嫁なのか」
「そう、だね。僕も、君が誰の嫁なのかをその身に刻みたい。……こんなこと言うのもアレなんだけど、初めてなので。お手柔らかにお願いします」
「安心して。私も、初めてだから。一緒に、混ざり合いましょう」
それから、二人はお互いの体がどちらの物なのか分からなくなるまで溶け合い、混じり合った。二人以外の何物もいない愛の巣で、二人の嬌声が朝から晩を飛び越えて、その次の朝まで響き続けたのだった。
最後は、お互いの匂いと体液に包まれながら眠りに落ち、次に目が覚めたときには再び朝が訪れていた。
「……凄い、気持ち良かった。私たち、体の相性まで抜群みたい」
「それは、婚活魔法とやらで呼んだからじゃなくて?」
「……実は、そこまでは考えてなくて。設定に、盛り込んでなかったの。だから、その……。あ、ありがとう……。大事な初めて、凄く良かった」
「こちらこそ、これからも末永くよろしくお願いします」
「ん~~~! 好き! 大好き! ねえ、もう一回! もう一回だけしよ!」
「ちょっ! 流石にもう無理だって!」
「だ~~めっ! ほら、さっさと出すもの出して!」
婚活魔法は結果的に成功、二人はめでたく夫婦となり暫くはその甘い余韻に浸ることになりそうだった。
これでめでたしめでたし、と思いきや……。せっかく築いた二人の愛の巣に、外部から新たな危機が迫っていたのだった。
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