第18話 一方、悪魔の森の外では②

 ここは再び、人族サイドの王国『アノマリス』。王城の一角に構えられた部屋の外には『宮廷魔術師団在中』の看板が構えられていた。ここはその名の通り、王国でも精鋭中の精鋭と言われる魔法使いたちが集められた集団たる宮廷魔術師団の基地になっている部屋だ。


 中に踏み入れば、そこには黒塗りの高級な長机と会議椅子が構えられており……。それを取り囲むように座っていた五人の魔法使いたちは、どうしてか目を瞑って瞑想をしていた。


「ラーダ、そっちには何が見える?」


 最初に話しかけたのは、宮廷魔術師団の団長を務めるフローラだった。その閉じられた瞼の裏では今も眼球が動いているらしく、忙しなく皮膚が隆起しているのが近くで見ると分かった。


 話しかけられたラーダと呼ばれた赤髪の青年は、「う~~ん」と考え込んだ後に口を開いた。


「どこまで行っても、森じゃないっすかね。そもそも、悪魔の森なんて危険な森林地帯くらいなイメージしかなくて、何かを見つける方が難しいっす」


「そうかもしれないけれど、もっとよく探してみて。シャナ? そっちは何か見つけた?」


「団長さ~~ん。すみませんが~、今はまだ~……。こっちも~、何となくですけど、ザ・森って感じです~~」


 おっとりとした口調で返したのは、ミッドナイトブルーの髪に星々を散りばめたようなアクセサリーを付けたギャルっぽいお姉さんのシャナだ。目を閉じているにも関わらずリップを塗り直したり、まつ毛の形を整えたりして遊んでいるが列記とした実力者である。


「まあ、そうか……。二人とも、捜査は続行してくれ。ソウとツイはどうだ?」


「団長、ソウたちを」


「ツイたちをセットで呼ぶのは」


「「辞めてくださいよ」」


 ソウ、ツイと呼ばれた二人はまだ齢にして十四ほどの双子の兄弟だ。こちらの国では割と珍しい黒髪黒目の男児であり、出身も地球で言うところの日本出身っぽい感じの雰囲気だ。


「すまん、二人が一緒でいない時がほとんどないからな。二人に聞いた方が良いかと思ったんだよ」


「ソウは別に」


「ツイも別に良いですけど」


「こっちも異常らしい異常はないでーす」


「というか、この森広すぎー」


「もうかれこれ三日も烏を飛ばしてるのに手掛かりすらないなんて、絶対におかしいでしょ」


「本当に、どうしてなんだ……。前に向かって飛んでいるはずなのに、いつの間にか全く別の場所に居たと思ったら戻ってきている……」


 フローラは顔を顰めながら、自分たちが陥っている状況の根本的な原因を探るべく視界の外側でひたすら烏を飛ばし続けていた。


 現在、彼女たちは悪魔の森から検知された謎の魔力を追って、当初の作戦通り、烏を用いて視界を共有し森の中を飛んでいる。烏の視界はそこまで良いわけではなく、日中は良くても夜は飛べず、また体力の限界もあるので休み休み続けてはいるが、それでも探索が一向に進展しないことに疑問を感じていた。


「団長、俺たちが迷ってる原因なんですが……。もしかすると、俺たちが烏を使ってることが原因なんじゃないかって思うんすけど、どうっすかね?」


「やはり、その結論に至るか……。薄々感じていたが、この森は魔力抵抗が低い者はそもそも、森の中で正常に生活することは難しいのかもしれん」


 ラーダの出した結論に、渋々といった様子で納得するフローラだったがシャナは「いやいや、そう結論付けるのは早いんじゃない?」と反論する。


「確か、魔力抵抗ってその生物が保有している魔力量に比例して決まるよね~? 魔力抵抗が高いと、魔法に対する抵抗力が上がる~……。今回の場合だと、私たちが使っているのが烏だから悪魔の森が元から持っている魔力に抵抗できなくて迷わされてるってことだよね~~?」


「そうなんだが……。それが、どうしたと言うんだ?」


「考えてもみて~。私たちが操ってる烏の魔力抵抗が、低いなんてことあり得るの~? 確かに、烏の元から持ってる魔力量なんてたかが知れてるとはいえ、今は私たちとパスが繋がってるんだよ~? 烏を操ってる私たちの魔力抵抗が、森の基準からして低すぎるってこと~?」


「悪魔の森は何百年も前から存在している森で、私たちの想像もつかないような事態は起こりうるものだ。国の英傑が雁首揃えて、というと自信過剰に聞こえるかもしれないが、我々は精鋭中の精鋭であることに間違いはない。間違いはないが、絶対的な強者とは成り得ない可能性は常に持っておくべきだ。シャナ」


「納得は~、できないけどね~~」


 シャナは敵を警戒する蛇のような不機嫌さでフローラに噛みつくが、フローラが懸念することは最もだと理解もしているためそれ以上は反論しなかった。


 そもそも、人族史において自分たちの実力が悪魔の森の脅威に対して対抗できなかったからこそ、こうして今日まで調査もされずに放っておかれたのだ。ぽっと出の自分たちが、仮にも国の最強を謳ったところでそんな人間たちは過去に五万と居たことはとっくに分かっている。


 自分たちの実力が、過去のそういった者たちを超えられていないのなら、調査は難航してしかりだと受け止め根気よくやっていくしかない。


「ツイ、どうする? 一回引き返して、魔力抵抗を底上げしてからまた来る?」


「その方が堅実。ソウに賛成」


「やはり、そう思うか……。幸い、魔力で印はつけているから帰りはそこまで迷わないと思いたいが……。あるいは、この烏は森の中で放棄して新しい烏を調達してもいい」


「そうっすね。それが一番じゃないっすか?」


「私も賛成~。そろそろ化粧もちゃんとしたいし~~」


「おい、また任務中に化粧なんてしてたのか。君はそういうところが上層部からやんや言われる原因だと分かって……」


『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!?』


「「「「「っ!?」」」」」


 いきなり降り轟いた雷のような女性の悲鳴に、その場にいた全員が思わず椅子から飛び上がり目を開けてしまった。視界が二重になって映り気持ち悪くなる前に態勢を立て直せたが、あまりの衝撃的な出来事にシャナに至ってはピヨピヨ状態に陥っている。


「な、なんだっってんだっ! 今のドでかい悲鳴は!?」


「し、知るかそんなもの! まさか、この森に迷い込んだ遭難者でもいるのか……?」


「団長、それはあり得ない」


「ツイたちが保証する。一般人が入って、まず無事でいるはずもない」


「……それもそうか」


 度肝を抜かれた一幕で思考があらぬ方向へと舵を取りそうになったのを、ソウとツイが冷静な判断で留めてくれた。フローラは一度深呼吸を行い、今起こった現象に関して冷静に分析を進めていく。


「今のは悲鳴……。声を変えていなければ、ほぼ間違いなく女性のものだろう。この森に一般人がいない、ということは……。つまり、一般人ではないという結論に至るな」


「一般じゃ、ないっすか? だとすれば、そいつは結構前から森に住み着いてるってことじゃないっすかね?」


「どうしてそう思う?」


「う~~ん、上手く言えないっすけど……。あの巨大な魔力を起こしたのはその悲鳴を上げたやつで、そいつは今でも普通に生活してるってことっすよね? そもそも、一般人じゃない奴が複数人いるとは考えにくいっす。それでいて、個人でそれだけの魔力を保有できるかと問われれば、まず不可能っすよ。それこそ、貯金でもする要領で長年生きてないと」


「ソウの解釈を述べる。つまり、ラーダはこう言いたいのか?」


「その人物は、人族ではない長命種である可能性が高い」


 ラーダの導き出した推測へ付け足すように、ソウとツイが対象人物の特徴を割り出した。フローラは暫く考え込んではいたが、やがて「確かに、その可能性が高いな」と同じ結論へと至ったようだ。


「そもそも、三百年分の魔力を保有した状態で人は生存できないだろう。もしもあるとすれば、ドラゴンのような特殊な種族になるだろうが……。そんな奴が森の中に住み着いて、何百年もこの国が無事である方がおかしいだろう。だが、長命種となると大半は魔族陣営に属する種族ということになる。となると、魔族が何かを企んでいるという結論に至りそうだが?」


「私~、それたぶん合ってるんじゃないかって思うよ~~」


 ようやくピヨピヨ状態から復活できたらしいシャナが、明らかな怒気を言葉の端に滲ませながら答えた。シャナが握っていたリップは今、彼女の握力でポッキリと折られてしまい、机の上で散らばった化粧道具の中に叩きつけるように置いた。


 彼女の怒りの発端はせっかくの化粧を邪魔されたことが原因なのだが、この場にいる全員が察しているため敢えて突っ込むようなことはしない。


「……八つ当たりではなく、明確な根拠を話せ。魔族はもまた、我らにとっては守るべき民だ。濡れ衣など着せた日には、戦争になりかねないからな」


「分かってるよ~~、団長~~。至って、真面目。そもそも、個人だけでそれだけの魔力を保有して何をしようって話。まさか、単にいたずら目的とか、異世界人召喚しようとか思わないでしょ。それだけの魔力があったら、とっくに世界征服でも始めてるって~」


 ※この時のシャナは知る由もないわけだが、もっとくだらない目的のために三百年分の魔力を使ってます。


「そう、だよな……。もし、仮に……。仮に、個人で異世界人を召喚したところで何を始めるつもりなのか……。友達作り? 恋人? まさか、結婚すためとか?」


「団長~、笑わせないでよ~。わざわざ結婚するために異世界から人を呼ぶなんて、どんだけ寂しがり屋だって話じゃん~。そもそも、そんな都合良く相性の良い人を呼び出す魔法なんて確立してないし~。それこそ、私たちなら寿命を三回分使うくらい研究しないと無理じゃん」


 ※もう一度言いますが、シルヴィアは婚活するために三百年分の魔力を使っており、その研究期間も言わずもがな同じだけの年月がかかっております。


「すまない、荒唐無稽過ぎたな。そんなことのために、世界征服を考えられるレベルの魔力を捨てるなど考えられん。ということは、自ずと現れる回答は……」


「ツイ」


「うん、ソウ兄さん」


「やはり」


「魔族の仕業」


「ってことだよな~~! クッソ! 何で今までずっと気づかなかったって話だって!」


「秘密裏に行われてたからでしょ~? ラーダ、これは私たちの失態だけれど、三百年近くも緻密に練られた計画ならどうしようもないって~。重要なのは、これからどうするかってことじゃないの~?」


「シャナの言う通りだ。これからどうするか……。魔族が動いたとなれば、この案件に関しては魔王に直接事の真相を追求する必要性が出てくる。だが、現状ではまだ確信に至れていないこともあるからな、このまま証拠もなく問い詰めればそれこそ外交問題になりかねない」


 フローラたちは示し合わせたかのように視界共有の魔法を解くと、本格的な会議へと乗り出した。いつもは形だけで終わる会議も魔族からの侵攻があったと分かった以上、真面目に対応しないわけにはいかなくなった。


「まず手始めに、悪魔の森を再調査する必要があるな。今度は、もっと魔力抵抗を高めてから動物を解き放つ」


「世界の終末が近いかもしれない状況の中、そんな悠長で良いのかって話だ。団長さんよ」


「魔族の可能性は確かに高いが、目的が不明瞭だ。例えば、魔族が三百年かけて積んだ魔力を何かに使ったとして……。一体、何をしでかすつもりだ? 世界の人間諸共心中でもするつもりだとでも言うつもりか?」


「けど~、現状ではそういった動きは確認できていないね~。回りくどいことをしてるのか、他に目的があるかは知らないけれど~。そこまで遠回りする必要があるとも思えないし〜。本当に世界を終わらせるつもりなら、とっくに私たちは天国にいるよ〜」


「だが、それは人族側の解釈だって話だ! 俺たちは寿命が短い、だが奴らは俺たちからしたら永遠に等しい寿命を持ってるだろ!」


「極端ではあるけど、ラーダの話は最も。ねえ、ツイ?」


「うん、ソウ兄さん。シャナの考えには同意できる部分もある。けど、ラーダの話の方が説得力はある。自分たちの尺度で魔族の考えを推し量るのは些か危険だ。団長はどう思う?」


「正直、私も回りくどく立ち回る理由については不明だ、としか言えない。だが、何らかの目的があり、今はまだ攻めるときではないのかもしれない。ならば、こちらにも相応の準備期間があって然りだろう」


「万が一、攻めてきたどうするつもり~? 三百年分の魔力を使って召喚された人間が強くないわけがない。どんな理由であれ、特別な力を一つは有してるはずだよ~。そんなのを相手に、私たちは戦えるの~?」


「ソウの結論。やはり、勇者召喚か」


「ツイたちも、それは考えた。だが、団長は既にその意見を棄却している」


「その通りだ。勇者召喚を行ったところで、有効打にはならないことを理解している。だからこそ、我々ができるのは調査のみ……。まずはそれがどんなものかを確認して、戦略を組み立てていく方が堅実だろうと私は思った」


 今は仮定の話になっているが、万が一にも三百年分の魔力を使って召喚されたのなら力も相応。つまり、こちらも少なくとも三百年分以上の魔力を使った召喚儀式を行わない限りは意味がない。


 だが、例えこの宮廷魔術師団全員の力をもってしても、その化け物に対処することができるかどうかは五分五分……。いや、もしかしたら勝算の方が低いのかもしれない。


 そんな状況下で無策に戦いを挑んでも、負ける未来はほぼ確定している。ならば、少しでも相手の情報を集めて戦略を構築する方が勝算は上がるだろうとフローラは判断した。


「私は、賛成~。今度はしっかり準備してから、森に入ろう~」


「俺も異論はねえ! このまま先を越されっぱなしになるわけにはいかねえからな!」


「ソウたちも」


「賛成の方向で」


「よし、意見はまとまったな。ならば、早速行動を開始しよう。なるべく魔力抵抗の高い動物を選定し、私たちの魔力で力を底上げする。調査が終わり次第、再び対策会議を開き今後の対応を決定する。以上で会議は終わりだ! 解散!」


 フローラの鶴の一声により、団員たちは早速自分のやるべきことをするために部屋を後にしていった。残されたフローラは暫し熟考した後、ゆっくりと席を立った。


 開け放たれた瞳は爛々と燃え盛る炎の如く怒りにも似た覇気を宿しており、握られた拳は周囲の空気を震わせ、地に足が着く度に魔力で若干地鳴りが生み出されていた。


「世界の終末は、必ず止めて見せる! 我ら、宮廷魔術師団の威信に賭けて、守るべき民たちを守り抜いて見せる!」


 宮廷魔術師団団長としての誇りと確かな決意ををその体に宿らせ、フローラもまた自分の成すべきことのために行動を開始するのだった。

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