第17話 いつかを迎えに行くために
シルヴィアは、自分の両親を両親だとは認識していない。正確には、血の繋がりは確かに存在しているし、親子関係は成立しているのだが、他の家族で見られるような明確な愛情表現だったり、与えられて然るべきものを与えられていなかったりしたせいもあって、一番近そうで一番遠くにいる他人というのが彼女の見解だった。
シルヴィアが住んでいるのは例の秘密基地なのだが、父親であるヤサカはシルヴィアがどこで寝泊まりしていようが興味関心はない。それどころか、何故まだ生きているのかと殺気を放ってくるレベルで嫌悪感を露わにしてくる。
「お前はどうして死なない! 野晒しにして、餌も与えず、なのに何故だ!」
「私だって、生きてるんだよ? なら、生きてるのは当然のことでしょ?」
「当然? そんなこと、あってたまるか! 銀髪の疫病神め! この里に子供殺しの禁忌が無ければ、とっくにこの手で締め殺していたさ! 俺の機嫌がこれ以上悪くなる前に、とっとと失せろ!」
「……はい」
この日も、シルヴィアはめげずにヤサカへと歩み寄ることを試みたが、失敗してしまった。彼女はしょんぼりと顔を曇らせながら、涙で腫らした顔を腕で覆い隠して持ち帰った。
子供殺しの禁忌、それはエルフの里に古くから存在する風習で、如何なる子供であってもアヴィキオンの祝福を授けられて生まれたエルフの子は成人になるまでは殺してはならないというものだ。
子供が禁忌を犯した場合、普通ならば牢獄に閉じ込めて自らの過ちを反省させ、罪を洗い落とすまでは出てこれないことになっている。しかし、シルヴィアの場合は関わること自体がその者に不幸を呼ぶと信じられていたこともあり、彼女が成人になるまでは極力関わらないようにすることを暗黙の了解としていた。
里の子供達が彼女を疫病神と言いながらも、自分たちの輪から追い払うことに留めているのはその為だ。彼女はそもそも、同じエルフの民でありながら同族として振る舞うことそのものを許されてはいなかったのだ。
「私は、エルフであってエルフじゃない。私は、透明人間なんだ。だから、私に親はいないし、友達もいなければ、恋人だって当然いない。私の全ては、あなたたちなの」
彼女はそう言って、自分の収集した本のの一つを手に取りギュッと抱きしめた。まるで本来の母親が愛すべき子供にするように、胸いっぱいに強く力を込めた。
「でも、このままじゃだめ。いつか、きっと……。私は大事な人を見つける。いつかは分からないけれど、その日の為に……。私はもっと、頑張らないと。そのために、まずは里の皆んなに受け入れて貰うの」
シルヴィアが周囲に拒絶されてもなお、皆んなに好かれようと努力する理由はそれだった。いつかきっと、それを叶えるために必要なことだと本から学んだからだ。
「私は、いつか、きっと……。だから、頑張らないといけないの」
ただ一つ致命的だったのは、その知識の間違いを正してくれる大人や友達がいなかったことだろう。里のみんなに好かれることばかりに執着してしまい、逆にもっと広い視野を持つことができなくなっていた。
しかし、そんなシルヴィアにも転機が訪れた。
「あの子供め、今年も不作だったそうだよ」
「私の家の子は、あの子が通るのを見るたびに食欲を失くしてね。まるで精気を吸い取られるみたいに、今じゃ痩せ細ったわ!」
「家なんて、この間は大火事になったさ! 今までこんなことなかったのに!」
「落ち着け、皆の衆。俺に考えがある」
ヤサカの集めた秘密の集会にて、大人たちは里に起こる不幸の数々を並べ立ててはこじつけのようにシルヴィアのせいにしていた。
そんな彼らを宥めたのは、他でもないヤサカだった。彼は優しい笑みを浮かべながら、全員に向けて言い放った。
「もはや、里の風習など守っていたら里が滅びかねない。アヴィキオン様も、きっとお許しになるだろう。あの子供を探し出し、見つけ次第殺せ!」
「ya!」
ヤサカの目に宿った狂気の矛先は、ここにいない自分の憎き娘へと向けられていた。暴走して狂った殺意は周囲へと、まるで伝染病のように容易に伝播し、やがてその手に武器を取らせるに至った。
里の狂気的な殺意がシルヴィアに向かう。すぐに事態を察知した彼女は、里中で武器を手に自分のことを爛々とした肉食獣の如き眼で探す大人や子供達から隠れ潜み、やがて里を抜け出した。
しかし、それすらも察知されていたのか、走った先には必ず大人たちが待ち構えており、軽い身のこなしで森中を駆け回った。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
「みぃーつけた!」
「きゃあ!?」
だが、息を切らしたシルヴィアを一人の大人がまんまと捕まえて、首根っこを軽々と持ち上げてしまった。足をばたつかせての抵抗は虚しく、やがて周囲に大人たちが集まってきた。
「ようやく捕まえたぞ。この疫病神め!」
「ヤサカの許しが出たからな。お前はここで殺す。そして、里には再び平穏と安泰が訪れるんだ」
「こいつに恨みのある奴は? 殺す前に、まずは痛みつけてやろうじゃないか!」
シルヴィアはそこらの地面に乱暴に放られると、体のあちこちで礫のように鈍い痛みが襲いかかってきた。足の裏、拳、踵、つま先、張り手、様々な痛みが憎悪を伴い、痛みとなって体中を焼いた。
(このままじゃ殺される! まだ、死にたくない! でも、どうすれば……)
シルヴィアは今にも泣き出したくなった。泣いて喚いて命乞いをすれば、もしかしたら殺されずに済むかもしれないと一瞬だが思わないこともなかった。
でも、すぐにそれでは駄目なのだと気付かされる。
「お前はもう助からない。どれだけ助けてと喚こうが、必ず殺す! もう逃げ場なんか無いんだよぉ!」
「くぅぅぅ!」
彼らの殺意は、正しく本物だ。このまま抵抗しないでいれば、いずれは殺されてしまう。
彼らが自分を痛めつけて鬱憤を晴らしている間に、何とかしなければ!
「『この手に・聖を司る・光あれ』!」
「な、何だ!?」
「眩しい!」
「目が! 目があぁぁぁぁ!」
それは、シルヴィアが覚えた魔法の中でも一番自信のあったもので、彼女はありったけの魔力を込めて眩い閃光を周囲に放った。
大人たちが目を眩ませている間に、シルヴィアは一生懸命にただひたすら走った。せっかく覚えた道も、いつも怠らなかった周囲警戒もせず、ただひたすら生き延びれることを願って一心不乱に森の中を駆け抜けた。
そして、森を抜けた先で辿り着いたとある街の入り口にやってきて、ようやく一つの答えを得た。
「いつか、きっとは、来ないんだ……」
とうとうシルヴィアは力尽きてしまい、そのまま意識を手放したのだった。
「それから、私は街の医療施設に運ばれたの。拾ってくれたのが偶々、良いお医者さんでね。傷の手当てをして、ほとぼりが覚めるまで何ヶ月か匿ってもくれたんだ〜」
「そんな過去があったなんて……。想像以上にハードというか、ヘビーっていうか……。それに、納得もできたかな」
「納得? 何に対して?」
「いや、僕が家族の話をする時は決まって嫌な顔をしてたから。家族に対して良い思い出が無いのかなくらいにしか思ってなかったから」
「顔に出てたんだ……。初めて知ったよ、私。もう気にして無いって思ってたんだけどな」
シルヴィアの言動に関して察せるようになったのはつい最近のことだが、特に家族の話題に関しては分かりやすいほど表情によく現れていた。晴れ模様の空から豪雨が降り注ぐくらいの急転調に、こちらの体温まで下がっていくのを肌で感じ取れるくらいには。
「その後は、食べていくために冒険者になったってこと?」
「そうだね〜。それしか選択肢がなかったってのもあった。まあ? 結果的にナオトに会えたわけだし、結果オーライって奴じゃない?」
「そ、そうなのかな?」
「そうなの! 私が言うんだから間違いない!」
シルヴィアはふんすと鼻息を強く鳴らし、かくも自慢げに答えたのだった。しかし、平気そうに話す彼女の手は布団の中では震えたいて、それを真っ先に感じ取ったナオトはシルヴィアの腰に手を回すと、反対の手で彼女の柔らかな髪にそっと手を添え撫で始めた。
あまりの突然の出来事に、シルヴィアは顔を赤く染め上げて「急にどうしたの!」とつい大声を出してしまう。
「いや、何て言うのかな。表現しにくいんだけど、甘え方を知らない子供のような感じがして。無性に慰めたくなった」
「それって、私が子供っぽいってこと? こんなに胸が大きくてスタイリッシュなのに?」
シルヴィアはマシュマロ肌な頰をぷっくりとわざとらしく膨らませて不機嫌さをアピールする。子供として甘えたことが少なかったところが逆に反動で子供っぽくなってるのかも? などと邪推しつつも、直人は「違うよ」と柔和な笑みを浮かべながらフラットなトーンで否定した。
「シルヴィアのことが……。余計に、愛おしくなったんだよ。親しみ……に近いのかな。今までは、美人で、魔法ができて、料理も……まあできて」
「ちょっと、どうして言い淀んだのか説明してほしいのだけれど?」
「まあ、それは置いておいて……。服も作れるし、男を手玉に取るのは上手いし、何でもできるのかなって思ってて。超人っぽくて、自分とは別の世界の人なんだって思ってた。でも、本当は凄く繊細で、寂しがり屋で、人らしい一面があるんだって思った。それが、嬉しいのかも」
途中、突っ込みたい部分はあったが、それを上回る量の嬉しさが燃料となり、顔にはすぐ熱が宿った。自分のことを、好きな人が多少なり理解してくれたことが心底嬉しくて堪らなかったからだ。
本当なら、ここで襲ってしまいたい。そんな衝動に駆られるが、それで直人に嫌われてしまったら世話ない。
なので、彼女はか細い声で呟いた。
「……向こう、向いて」
「え、いいけど……なんで?」
「いいから!」
直人はそれ以上のことは聞こうとせず、言われるまま寝返りを打って向こう側を向いた。いつもはこっちを向いてと言う彼女にしては珍しいと思っていたら、急に背中側からシルヴィアとの距離がゼロになったことが温かな体温や速なる鼓動から伝わってきた。
「……どうしたの?」
「いいの、今日はこれで。朝までは、私の枕になること。いい?」
「……どうぞ、お手柔らかに」
その後、シルヴィアは直人の体の匂いや感触を堪能しながら眠り、一方で堪能された直人が寝不足になったのは言うまでもない。
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