第13話 プレゼントはわ・た・し……な~んちゃって!

 それからまた数日が経過したある日のこと、今日も訓練に励むべく直人が外に出る準備をしているとシルヴィアがスススと彼の前に現れた。何やら手を後ろに回して何かを隠しているようで、直人は一体どうしたのだろうかと首を傾げる。


「ふふふ~。私が何を持ってるか気になってるでしょ? 知りたい? ねえ、知りたい?」


「ああ、そりゃ気になるけどさ……。そういう時の女子って大体勿体ぶって教えないって言ってきそうだから先に外に出て良いかな?」


「ちょっと待って! そんな意地悪しないって! ここをスルーされたら折角のドヤ顔が台無しになるじゃない!」


「そういうものなのかな……?」


 女心は難しいなあと思いながら、直人は改めて彼女の持っているそれについて尋ねてみることにする。


「で、何を持っているの? 僕にプレゼント……なんてあるわけないか」


「へへっ、正解! はい、直人にプレゼント! じゃじゃ~~ん!」


 シルヴィアが胸の前で広げたのは、白を基調とした生地に青いラインを入れた魔法使い風のローブだった。肩のところには銀色の鎧のようなものが装飾されており、とても爽やかで尚且つ男の子の中二心をくすぐる格好良いデザインとなっている。


「ナオトって、いつも同じ服着てるでしょ? まあ、私が異世界に呼び出しちゃったから仕方ないんだけどさ。魔法で洗浄してるとは言っても、これからもずっと同じ服ばかり着回すわけにもいかないでしょ?」


「シルヴィアの魔法は凄く助かってるよ。いつも新品みたいになるしさ」


「そりゃ、服の劣化とかを魔力で直してるからね。それはそうなんだけど……。ほら、お洒落って奴だよ! 私も、色は違うけれど白とピンク色のやつを作ってみたんだけど……。もしかして、そっちの世界にお洒落の文化とかないの?」


「いや、そんなことはないよ。ただ、僕がお洒落に無頓着というか……。まあ、彼女を作るために勉強して、見よう見真似でコーディネートとかはしてたけど……。やっぱり、服選びのセンスとかが無いのかもって思ってたところなんだよね……」


 直人はファッション雑誌に載っていたアドバイスやポイントを押さえつつも、自分の色が消えてしまわないように服を選んでいたつもりだ。何なら、マネキンの着ている服装を丸ごと購入したこともあるくらいなのだが、服装について言及された経験がほぼ皆無なせいで自身のセンスを疑い始めていたところではあった。


 実際、食事目的や遊び半分程度の付き合いにしか思われていない出会いばかりだったせいもあり、そういった発言を耳にしなかったのだが……。お陰で、こちらに来てからというもの、服装に気を遣わなくて良いという一点に置いてはかなり助かっていた部分ではある。


「そんな風には見えないけどなあ……。何を着ても結構似合いそうだよ? ルックスだって、女子目から見ても中の上くらいだとは思うし」


「顔は中の上なんだ……」


「一般的な話ってこと! ……だって、私の主観で評価したら百点満点になっちゃうじゃん。そもそも、私の好みそうなルックスを条件に入れて召喚してるんだし……」


「そ、そうなんだ……」


 シルヴィアが急に顔を赤くしてもじもじし出したか思えば、急に直人のことを褒めたものなので彼の方まで恥ずかしくなって耳の端が真っ赤になってしまった。人からルックスを褒められた経験もあまり無いため、そういったことを恥じらいながら言われるとこそばゆい気持ちになってしまい、どう言葉を返して良いものか分からなくなる直人だった。


「と、とにかく! まずは着てみてよ! 感想を聞かせて欲しいから、ね?」


「わ、分かった! すぐに着替えるよ!」


 暗黙の了解でシルヴィアには後ろを向いていてもらい、直人は直人で背を向けて自分の着ていた服をすぐに脱ぎ、貰ったローブに着替えてみた。袖を通しやすくて絹もとても柔らかく、思っていたよりも薄い生地だったので結構涼しかったりする。


 手や足を自在に動かして感触を確かめたが、動きやすさも抜群に良く裾が邪魔にならない優れものだ。これを一人で作ったシルヴィアの服飾の才能と来たら、目を見張るものがあった。


「シルヴィア、とても良いよ。素敵な贈り物をありが……とう?」


 直人が振り向こうとしたその時、後ろの方で布がシュルシュルと擦れる音が聞こえてきたので咄嗟に思い留まった。直人のこの行動は、正解だったと言えよう。


 何せ、シルヴィアは何と勝手に着替え始めてしまっていたからだ。シルヴィアの下着姿を想像しただけで、直人の理性が弾け飛ぶか否かの攻防に陥るくらいには刺激が強いのである。


(そう言えば、三日目辺りの時だったか……。まだルールも定まって無かったとはいえ、急に目の前で脱ぎ出した時は焦った……)


 その時の会話が確か、こんな感じだったなと直人の脳内で再生される……。


『ちょ、シルヴィア!? 何で目の前で脱ぎ出すんだ!?』


『え、駄目だった? 別に一緒に住んでるんだから良いでしょ。それに、昨日だってお互いに生まれたままの姿を晒し合った仲じゃない。今更、恥ずかしがっても……。あ、それとも私の体に興奮しちゃったとか? 何なら、一発抜く?』


『抜くとか言うな! というか、恥ずかしさとかないのか! 一応、僕は男なんだけど!』


『別に、無暗に襲ったりしないでしょ? それにさ、この家は仕切りとか無いからどの道、着替えるとなると共用になるし。外に出るのは駄目だし、それなら最初に見ておいた方が良いかなって思ったんだけど』


『そういうことは軽率にしてはいけません! せめて、僕が見ていない時にして! 後ろを向くとか、目瞑るとかするから!』


『もう、恥ずかしがり屋さんなんだから~。エルフの文化圏だと、特に同族同士とか、一緒に住んでる家族同士なら裸でも気にしないんだけど』


『まだ家族じゃないし、一緒に住んでるって言っても夫婦とかじゃないし!』


『まだって言った! ねえ、今まだって言ったよね! 私、もしかしてもうチャンス到来とかそんな感じだったりする!?』


『良いから服を着てくれええええええ!』


 ……以上、回想終わり。


 それ以降、着替える時は互いに背を向けるというルールを敷き、彼女も渋々とはいえ同意はしてくれたのだった。


 しかし、彼女はどうやらこの期に及んで直人を誘惑することを諦めてはいないらしく、着替えるという名目で彼の欲求をそれとなく刺激している様子だ。勿論、そこには揶揄う目的も含まれているのだろうが、下心が大半を埋め尽くしていることはこれまでの生活からも何となく分かっているため、直人としては何としても誘惑に打ち勝つ必要があった。


(だって、ここで流されたら以降はずっと流されるだろ! とにかく、煩悩退散!)


 己の意識を強く保ち、心で念仏でも唱えれば緩和される……わけもなく。そっと伸びてきたシルヴィアの美しくも細長い腕が首の両側から回されると、彼女の温かな吐息が耳元に掛かった。


「ねえ、私の下着姿に興味はない? ここまで誘惑しても食いつかない男がいること自体に私は驚いてるんだけど……。据え膳食わぬは……って、そっちの世界の、何処かの国の言葉で聞いたことはない?」


「似たような言葉があるのは認める。でも、僕は君のことを食べたりはしないよ」


「意気地なしー! これだけ女の子が誘っても靡かないなんて……。まあ、誠実さって意味ならピカイチなんだけどね」


「僕が君のことをところ構わず襲うようなやつだったら嫌だろ?」


「それは確かに嫌だけどさぁ……。複雑なんだよ、乙女心って言うのはさ。じゃあ……ぱく!」


「ひょえええ!?」


 直人の耳の端が突如、湿っぽい温かな空間へと誘われたせいで素っ頓狂な声を上げてしまう。幸い、湿っぽい感触は既に消えてしまったが、妙な生温かさが耳に残ってしまい少しムズムズする感じが拭いきれなかった。


「何するの!?」


「へへ、単なる意趣返し! 女の子の誘いを頑なに断り続けるからだよ!」


「それ僕が悪いの!?」


「悪くはない! でも、ここまで恥ずかしさを押し殺して誘惑しても堕ちないことに悔しさを感じなくもないの!」


「大体……っ!」


 流石に度が過ぎているとシルヴィアに抗議しようと振り向いたところ、直人は肝心なことを忘れていた。シルヴィアはまだ着替えている途中であり、それはあられもない下着姿であることを失念していたのだ。


 彼女の白い肌によくマッチした銀色ベースのフリル付きな、しかし何処か大人の色香を感じさせるセクシーな下着……。特に、下着ですらも押し留められていない豊乳に男として勝手に視線が吸い寄せられてしまい、目が釘付けになってしまった。


「ふふ〜。やっぱり、ナオトって胸、大好きだよね? まあ、男なら仕方ないとはいえガン見は良くないんじゃない?」


「そ、それは……。悪かった」


 直人は慌てて視線を逸らすが、シルヴィアは隠すどころか直人の方へと歩み寄ってきた。


「誰も見ちゃダメとは言ってないでしょ? 私の態度を見てたら痴女にしか見えないだろうけれど、見せる相手は選んでるよ。だから、ほら。見たいなら、見てもいいんだよ? それとも、見るだけじゃ物足りない……、とかだったら……」


 シルヴィアはそっと直人の手を掴むと、そのまま自分の胸元へと引き寄せていく。この後、何が起こるかは否が応でも想像できた為、直人は最後の理性を振り絞ってシルヴィアの腕を反対の手で優しく掴んで押し留めた。


「何度でも言う。僕は、今はそういうことはしない。君のことを傷つける覚悟が、できていないんだ。前にも言ったけど、結婚前の男女でそういうことはしない。これは、絶対だ」


「……あ〜あ、もう少しだったのに。でも、私は諦めないよ。直人が襲ってくれるまで、何度でもアタックし続ける。どこまで耐えられるのか、見ものだね」


 残念そうにしながらも、嫌々な人間を襲ったりしないという言葉はしっかりと守っているようで無理に攻め込んでは来ない。あくまでも、直人が自らシルヴィアを汚すことを望んでいる様子だ。


(……もうとっくに、理性は崩壊寸前なんだよ)


 シルヴィアが知っているのか直人は知らないが、お風呂の前後で内緒で下処理をしている。……おかずは、言わずもがなだ。


 最低だとは思いつつも、そうでもしないと理性を保てそうになかったからだ。


 その葛藤にいつもギリギリ打ち勝っている苦労も知らないような顔をしながら、平気で挑発をしてくるものだから困ったものである。


「ともかく、訓練に行こう。今日は実戦なんだろ? 先に外に出ているからね」


 直人は勝敗の結果を変えたくないがために、そそくさと家の外へと出て行ってしまった。今はもう見えなくなった背中に向かって、シルヴィアはぽつりと言葉を口の端から溢すように呟いた。


「……私に隠れて抜くなら、いっそ目の前ですればいいのに。まあ、そういう真摯なところは好感持てるよね。紳士なだけに」


 とっくに、シルヴィアには筒抜けであったことを直人は、かなり後になって知ることになるのだった。

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