第12話 見え方は十人十色
直人が異見え抜いて……。そうしたら、良い声で鳴けると思うからさ」
「そう、だね……。もう少し、頑張ってみようかな……」
「ほら、私がリードしてあげるからさ……」
そう、雲一つない青空の下、結界を張ったその中で二人は……。
「さあ! もう一度! ~~~~~♪!」
「すぅ……。~~~~~~♪!」
「喉を使わない! 腹筋と横隔膜を使って! ~~~~~~♪!」
「~~~~~~~~~♪!」
歌の練習というわけではなく、これもまた魔法を使えるようになるための訓練の一環だった。
直人は以前、シルヴィアのおかげで魔力というものを感じ取れるようになったものの、そもそも魔法言語を知らないという理由で初歩の初歩から勉強を始めることになった。シルヴィアの献身的な教えによって直人は何とか魔法言語の最低限の知識を習得し、今は座学を交えながら実践訓練をしているというわけだ。
とりわけ、今行っているのは魔法を放つときに使用するための発声の練習で、言葉に魔力を乗せて声を出すことを目的としているのだ。
「……ふう、まあここまでやれば十分かなって普通は感じるんだろうけれど……。私としては、もっともっと出来るようになって欲しいかな」
「そういうものなのか……。魔法って、思ってた以上に大変なんだな。呪文さえ唱えれば、誰でも使えるのかとてっきり……」
「そんなわけないじゃん。ナオトの世界で言ってる魔法って、どれだけ楽しようとしてるの?」
「いや、だってそもそもがそういう代物というか……。現代で活躍できない人が、魔法の力を手に入れて無双するとかさ」
「何それ、正に夢物語って感じ? 魔法っていうのは奥が深いんだから、一朝一夕で使いこなせる物じゃないの。とはいえ、一般人よりは呑み込みが早い気がする。何かコツでもあるの?」
「ああ……。仕事で使ってたプログラミングの言語とか、コードの書き方と似てるからかな? 全く違う言葉ではあるけれど、どうしてか親近感があるんだよね」
「ふうん? 世界の構造は全然違うのに、基盤になっている部分は案外一緒なのかもね」
魔法学と科学、全く二つの異なる概念が文明として発展している中、魔法の術式とプログラミングのコードが似通っていたり、数学的な概念が存在していたりする辺り、シルヴィアの言っていることはかなり核心を突いているのかもしれなかった。
「そんな話は置いておいて……。ほら、次は筋力を鍛えていくわよ!」
「やっぱりか……。これ、結構きついんだけど?」
「きつくないと鍛える意味ないじゃん。ナオトは元々体力がそんなに無いみたいだし、魔法を連続で使うには体力が必死だよ? それに、これから剣術もやっていくんだから」
「剣術も……って、それ聞いてないんだけど!?」
「だって言ってないもん」
シルヴィアはさも当然かのような口ぶりで言っていたが、直人からしてみれば魔法の習得もままならないのに剣術まで習得などできるものなのかと思っていた。素人目ではあるが、彼女が振るった剣の一閃は達人のように様になっていて、そのせいで気後れしているのも相まって剣術習得にはかなり後ろ向きな考えを持っていた。
「剣術なんて習得できるわけない、みたいな顔をしてるね」
「実際、習得できるなんて思ってないから。シルヴィアの使っていたアレを見たら、尚更無理なんじゃないかって思っちゃって……。それに、その……」
「どうしたの?」
「何というか、ね……。シルヴィアに笑われたくないって思っちゃって……。こんなことも、できないのかってさ。男なのに弱くて、守られてるばかりで情けないって……。こんな風に言っちゃってること自体、かなり情けないのかもしれないけどさ」
直人は「あはは……」と消え入りそうな声で笑ったが、シルヴィアからすれば何一つ笑える要素など無かった。それどころか、彼女は少し考える素振りを見せると「そっか」と発して続けた。
「う~ん、まあ確かに私レベルは無理かもね。だって、これでも何百年も生きてきたエルフだし。熟練度だってその分高いわけだから、習いたての素人になんて負けないよ」
「そうなんだろうね……。まあ、そうだと思った」
「なら、こう考えてみたら? まずは一振り、自分にはできないことを確かめるために振ってみるっていうのはどう?」
「……? できないことを、確かめるために振る?」
直人は思わず首を傾げながら疑問符を浮かべてしまう。普通、こういうのはできるかどうか分からないからできることを確かめるために振るのではないかと思ったからだ。
「そう。私が剣術を勧めたのはこの森で生き残るための手数を少しでも増やした方が良いかなって思ったからだよ。でも、人には得手不得手があるし向いてないことを続けても仕方ない。だから、筋がないことを確かめて「ああ、やっぱり自分にはできないんだ」って諦める方が良いと思うんだよね。やったことがなくてできないのは、誰しも同じなんだからさ。魔法だってそうだったでしょ? やったことが無かったけれど、今のナオトにはできる可能性があるって分かってる。できないことは、決して恥なんかじゃない。皆が皆、同じなんかじゃないんだよ」
「……」
できないことは恥なんかじゃない。直人にとって、この言葉は胸の中に残って消えない温もりのような感覚だった。
できないことを知ることは、一種の恐怖に近い感情を抱かせる。直近の出来事だと、彼にとってはそれが婚活だったわけだが、パートナーができずにこのまま一人で人生を歩んでいくことになるのかと考えると寂しさや恐れ、将来への不安が頭を過った。
同時に、自分が結婚できないのは男としての魅力がないからではないかと考えることもあった。周りは当たり前のように彼女を作り、結婚して、誰かにとっての当たり前な幸せを教授しているのに自分は違う……。そう考えると、情けなくなる時もないではなかった。
しかし、シルヴィアは直人の手を優しく握ると自分の思いを込めるように続けた。
「その人の魅力は、きっと別のところにある。それは誰かには見えるけれど、誰かには見えないもので……。偶々、自分の周りの人が自分の魅力に気付けてないだけ。少なくとも私は、ナオトが剣術を使えなくても、魔法が使えなくても、幻滅したりなんてしない。笑ったりもしない。というか、私ってそんな酷いことするような女だって思われてたの?」
「いや、だってさ……。聞いている限り何でもできるし、今のところ負んぶに抱っこな生活だし……。いつも笑ってばかりいるから、そういう不満みたいなのとかを抱えたりしてないのかなって思ったりさ」
「ああ……。まあ、出会ったばかりだしそう思われても仕方ないのかもしれないけどさ。私の魅力の一つ、教えてあげる。それはね、私は才能や能力で人を差別したりしないってこと。誓うよ。私は、ナオトが何もできなくてもナオトのことを笑ったりなんてしない。貶したりもしない。だから、まずはやってみようよ。怖いかもしれないけれど、足を地面から離すだけでも良い。後は、私が引っ張ってあげるから」
「……分かった。やってみるよ」
シルヴィアがとても嬉しそうに微笑むが、その太陽のような眩しい笑顔を直人は直視できなかった。目があちらこちらへ泳いで迷子になってしまい、どこに視線を向けたら良いのか分からなくなっていた。
(ヤバい、どうしよう……。どんどん、彼女に惹かれていってる。こうして触れてるだけでも、ドキドキが止まらない……)
もっと触れていたい、そんなことを考えていたのにシルヴィアはさっと彼から手を離していつもの教官モードへと戻ってしまった。
「よし! じゃあ、そうと決まればまずは体力づくり! はい、結界の内周を百周から行ってみよう!」
「……やっぱりスパルタなのは変わらないんだな」
少し残念に思いながらも、トレーニングに対しては少しだけ前向きになるようになった。シルヴィアに惹かれれば惹かれるほどに、不思議と彼女に良いところを見せたいと思うようになり、やる気もすくすくと成長していったのだった。
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