第9話 追い剝ぎエルフの交換条件
それから、二人は食事を済ませ(料理のラインナップは言わずもがな)、直人の時間間隔だとお風呂の時間になった。しかし、この家には見たところお風呂のようなスペースはないし、外にも体を洗えるような場所はなかった。
「ファイスさん、お風呂ってどこかにあるかな? できれば入りたいんだけど?」
「お風呂に、入る? ああ……。もしかして、貴族のお偉いさんとかが自宅に持ってるあれのことかな? 私は基本、魔法で水浴びを軽くしてからさっさと乾かしちゃうから、そういう習慣はないんだよね」
「そうなんだ。少し残念だな……」
食事や寝床に関してはもう許容済みだが、日本人としてはせめてお風呂の時間くらいじっくりと体を休めたいという気持ちはあった。直人が目に見えて落ち込んでいる様子だったので、シルヴィアは「う~~ん……」と唸りながら少し考えて、とある提案をした。
「でも、庭になら頑張れば作れると思う。私も入ってみたいしさ、この際だから作ろうか」
すると、天から降りてきた啓示を聞いたときのようにピクリと直人が反応した。
「作ってくれるのか? 露天風呂を?」
「露天風呂って言うんだ! 響きが良くて良い感じ! じゃあ、その露天風呂っていうのを作ってあげる」
「本当に? 良いの?」
「勿論! 私も入りたいんだから、喜んで協力してあげる」
直人は嬉しそうに微笑んでいたが、シルヴィアは「ただし!」と指をビシッと立てて条件を付けた。
「私にお願いするんだから、私の細やかなお願いも聞いてよ。そうじゃないと不公平でしょ?」
「それは、そうかも……。僕にできることなら、しようかな」
「結婚は……。まあ、駄目だろうから……。そのファイスさんっての、辞めようか。私、シルヴィアって呼ばれたい。あ、結婚したらシルヴィって呼んでね」
「それ、二つお願いしてない?」
「呼び方のお願いだから一つです~。どうするの? 名前呼びにしてくれたら、今すぐにでも作ってあげるんだけどな~?」
シルヴィアがあざと可愛らしく手をもじもじとさせてお願いしてくる。お願いの内容はどう考えても二つだが、この際だから目を瞑っておくことにする。
それを除けば、最初からこれを狙っていたのではないかと思うほど鮮やかな手管だったが、呼び名を変えるだけで露天風呂が手に入るなら安いものだと思った直人だった。
「分かったよ、シルヴィア……さん」
「あ、最後でヘタレた。はい、やり直し。さん付けはなしで、呼び捨てで。さあ、どうぞ」
「……シルヴィア」
「はい、もう一回」
「シルヴィア」
「最後にもう一度」
「シルヴィア……。って、何回やらせるつもりだ?」
「名前は何回でも呼ばれたいものだよ。でも、まあ合格かな。以降、名前呼び以外は禁止なのでよろしくね」
「分かった。必ず守る」
「よろしい! それじゃあ、約束通り露天風呂とやらを作ってしんぜよう! それじゃあ一回、外に出るよ」
シルヴィアの誘いで再び外に出ると、もう日も完全に暮れており灯り一つない森の中は闇一色の不気味な世界だった。ホラー映画の舞台にもなりそうなくらいおどろおどろしい雰囲気を醸し出していて、直人は体に寒気すら覚えていた。
「ナオト、どうしたの? もしかして、怖い?」
「いちいちこっちの心情を察しないでくれ……。怖いものは怖いんだよ。暗いし、何にも見えないしさ」
「大丈夫、これから結界を張るから。ちょっとだけ詠唱に改良を加えて、辺りを照らせるようにするね。『其に祝福せし大いなる光の壁よ・陽光の導きを以て・神聖なる大火を顕現し・大いなる災禍より・我らを守り給え』!」
シルヴィアの美しい音色が周囲に響くと、半球体の結界と昼間に居る時のような明るい光が結界内にもたらされた。相変わらずの美しい詠唱に見惚れていた直人は、自身を取り囲む温かなオレンジ色の光に抱かれて初めて意識を取り戻した。
「何度見ても見事だよね。気になったんだけど、結界って本当に攻撃されても大丈夫な代物なのか?」
「結界の仕組みは、簡単に言うと魔力の壁だよ。私の結界には元々、大気中の魔力を自動で吸収する仕組みがあるの。加えて、魔法攻撃なら一定の威力までなら魔力に分解して吸収できる」
「それじゃあ無敵ってこと?」
「そうでもないよ。物理攻撃をされるとダメージが入るし、その都度魔力で補強するけど限界はある。許容量を超える攻撃には、どのみち耐えられないから」
「そういうことか。なら、早く僕も強くならないとね。シルヴィアに負けないくらい」
「ふふん、それってつまり私の魔法が凄いってこと? 私って、魔法を使ってる時が一番輝いていたりするのかな?」
「……凄く綺麗なのは認めるよ。いつまでも見ていられるくらいだ」
「嬉しいけれど、魔法を使うのは結構疲れるからね。いつでもは見せられないけど、これから一緒にいる時間は長いだろうし見る機会に関しては保証するよ」
「それは……。凄い役得だね」
「でしょ? でもね、まだまだこれは下ごしらえなんだよね。メインディッシュは、まだまだこれから出てくるんだよ」
「そうだよな。露天風呂を作るんだもんな」
「う~ん、惜しいんだけどね~……。まあいいや、その時になれば分かるだろうし」
シルヴィアの物言いが不思議で首を傾げた直人だったが、特に思い当たる節もなかったので適当に流しておく。
次に、シルヴィアは家の横に魔法で地面を大きく円形にくり抜き、そして更にその中に熱湯を召喚してあっという間に露天風呂が完成した。
「さて、昼間にやった魔法がこんな形で応用できるなんてね~。これだから魔法は面白い」
「凄い、こんな使い方ができるのか……」
ホカホカと白い湯気が沸き立つ、ほぼ透明色なお風呂は何と川の水より綺麗な清水を使用した贅沢な一品だ。魔法で作り出したので純度百パーセント、本物の露天風呂のような効能は期待できないかもしれないが、間違いなく世界一清潔なお風呂となったに違いない。
「ナオトもすぐに出来るようになるって。そんなことより、冷めちゃう前に入ろうよ」
「そう、だな。じゃあ、作ってくれたわけだしシルヴィアが先に入りなよ。僕は、後から入るからさ」
「ん? 何言ってるの? こんな山奥で二人分けて入る理由なんてないでしょ。一緒に入るんだよ?」
「一緒にって……。ええ!?」
これまでのシルヴィアの言動は割と突飛なところがあった気がするが、ここに来て一番とんでもないものを繰り出してきて流石に参ってしまう。いきなり右ストレートを食らったかのような衝撃は今も直人の脳裏に残っているが、怯んでいる場合でもなく即座に言い返す。
「流石に一緒には……。だ、だって裸なんだよ!?」
「そんな思春期の子供じゃないんだからさ~、別に良いじゃん? 他の人が相手だったら私も嫌だったかもだけど、ナオトなら変に襲ったりしなさそうだし? むしろ、私が襲いそうだし?」
「今とんでもなく聞き捨てならないことを聞いた気がする!」
「あはは! 冗談だって! でも、一緒に入ろうっていうのは本当。むしろ、一緒に入らなかったら露天風呂のお湯抜いちゃうからね?」
「なっ!? なんて惨いことを!」
「それが嫌だったら、一緒に入ること。いい?」
彼女は笑ってはいたものの、恐らくやろうとしていることは本当だろうと直人は察せた。この奇想天外娘はやると言ったらやる、そういう並々ならぬ行動力の持ち主なのだ。
直人は暫く考えたが、どうやら主導権は相手の方にあるらしく抗う術はないという結論に至ったので、仕方なく一緒に入る決断をするのだった。
「……分かったよ、一緒に入るよ」
「素直でよろしい! それじゃあ、早速脱ぐね!」
「え、いや! 心の準備とかは……」
「どうせ見るんだから同じでしょ! ほら、ナオトも観念して……脱ぎなさ~~い!」
「ぎゃあああああああ~~~~!」
シルヴィアに半ば襲われる形で服をはぎ取られると、生まれたままの姿にされてしまった。当然、シルヴィア自身の既に真っ裸になっており、シルヴィアの魔法によって全身をくまなく綺麗に洗浄され湯船に浸かることになった。
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