第8話 不意打ちの不意打ち

(しかも、これで剣も扱えるんだから凄いよなあ)


 昨日、彼女が空を飛んで駆けつけてくれた時に見せていた表情を思い返してみる。土壇場であまりよく見れてはいなかったが、銀色の剣を振るう姿は歴戦の戦士のように勇ましく、ギリシア神話に登場する戦乙女を連想させる、とても格好良いものだった。


「ねえ、ぼおっとしてどうしたの?」


「あ、いや……」


 シルヴィアが直人の顔を覗き込むようにしてみると、ドアップに移った彼女の顔の色々な部分に直人の黒目が引き寄せられそうになる。くりりとした大きな目に長いまつ毛、ぷるりと潤いのある桜色の唇、柔らかそうな肌……。特に、さっきキスをしたせいもあってか油断をすると目が口元に行きそうになるので危ない。


 湧き上がりそうになるやましい気持ちは抑えつつも、誤魔化そうとした言葉はやはり伝えるべきだろうと思い直して彼女の目を真っすぐに見た。


「シルヴィアが凄いって思ったんだよ。強い、頭も良いし、凄く格好良いと思う」


「それって、女らしくないってこと?」


「それは違うよ。格好良い女性だっていると思うし、シルヴィアはその……。顔も容姿も、僕が知る中ではとびきりの美女だと思う」


「え~、やだ~! 何で急にそんな褒めるのよ!」


「あいだだだ!」


 褒められて上機嫌になったシルヴィアがバシバシと直人の背中を叩くものだから、ヒリヒリとした痛みが背中に残る形となった。しかし、決してそれ自体が悪いものだとは思わなかったものだから、直人も特に抵抗する素振りは見せなかったようだ。


「ありがとう、ナオト。私のことをそんな風に思ってくれて。私、ナオトのそういう素直なところっていうのかな? 結構好きかも。不意打ちで褒めてくれるところとかさ」


「不意打ちで褒めた覚えはないけど……。そんなことで良いのかな? 僕は戦う力なんてないし、魔法の知識もゼロだし、何なら魔物? って奴の餌になるのがオチだと思うんだけど」


「知識とか腕力みたいなのは、後付けでも努力すれば何とかなるんだよ。でも、人間的な強さっていうのは、生まれた環境とか育った場所によっても変わって来るし、大人になると変えられないことの方が多い。それを、私は一番良く知ってる。だからね、力だけが強くて粗暴な人よりも、ナオトみたいな人が来てくれて良かったって思ってるよ」


「……っ! あ、ありがとう……」


(何だ今の……! 滅茶苦茶、ドキッとした……)


 まさか、自分の人間的な部分を褒められるとは思っておらず、直人の心拍数はうなぎ登りに高くなっていった。鼓動の高鳴りを抑えようと呼吸を整えるも、熱くなった顔を冷ますことは叶わなかった。


「うわあ、顔赤い! もしかして、私の台詞にときめいちゃった?」


「そういうこと言わないでいい! 必死で考えないようにしてたのに!」


「いいじゃん、別に。それだけ、ナオトの心が私に近づいてくれた証拠なんだから」


「……だからと言って、まだ結婚とかしないからな」


「いいよ。そういうのは、これから魔法を覚えていく過程でじっくりねっとり仕込んでいくからね~」


「じっくり仕込むのは魔法の知識だけにしておいてくれ」


「ちぇ~、つれないなあ~。……まあ、冗談はここまでにして、早速始めようか」


 シルヴィアは直人へと一歩距離を詰めると、徐に彼の体を羽交い絞めにした。ギュッと抱き着かれたことで胸板に柔らかい二つの身が押し当てられ、直人の下腹部がつい反応してしまう。


「ふふ、大きいでしょ? 私のこれ、故郷では一番クラスの大きさなんだよ?」


「そんな情報は良いよ! というか、どうして急に抱き着いたの!?」


「これからナオトの魔力を活性化させるためだよ。魔法陣で呼び出した時に、ナオトの体は世界に順応するために幾らか魔力を取り込んだはずなの。そもそも、この世界では魔力がない生き物は生物と定義されないからね。世界の法則に従って、ナオトも生物なら魔力があるはず」


「今まで魔法も使ったことないのに、そんな都合良く魔力が手に入るものなのか?」


「ナオト。都合良くじゃなくて、これは世界で定められたことなの。人は何故呼吸するのか、なんて生きるために決まってる。それと同じで、魔力を持つことはこの世界で決まってることなの。この世界では魔力を持っているのは当然のことで、誰も何も疑問に思わない。分かった?」


「わ、分かった」


「じゃあ、始めるね。気持ちを楽にして、大きく深呼吸だよ。はい、吸って~。吐いて~」


 シルヴィアの優しい声音に合わせて深呼吸を繰り返す。腹の底から空気を巡らせていくと、次第に体の中心から空気の流れに沿った回路のようなものが形成されていく。

 やがて、その回路は熱を帯びていき段々と全身を巡るようになっていくと不思議な力が漲って来るのを感じるようになるのだった。


「何だろう……。今なら何でもできる気がする……」


「凄いでしょ? 魔力を自覚したとき、人は一時的に脳内物質が活性化して一時的に全能感を得られるの。これが強ければ強いほど魔力量が多いし、魔法に対する素質が高い場合が多い。きっと、ナオトは異世界から呼ばれてるからそれだけ特別な存在なはずだし、才能はあるはずだよ? それをどう活かせるかはナオト次第だけどね」


 そしてシルヴィアが離れると胸の辺りが寂しくはなったものの、直人の体を駆け巡る熱い奔流は収まりそうになかった。これがシルヴィアの言う魔力であり、直人が魔法を扱うための第一関門をクリアした状態になったわけである。


「さあ、次は魔法を使うための言語を学ばないとね。音声言語は一致しているけれど、そこに魔力の波長を混ぜなきゃならないし、魔法言語を理解していると詠唱の構築するのもやりやすくなるはずだから。まずは、さっき見せた土を分解する魔法からやってみよう!」


「よろしくお願いします!」


 こうして、シルヴィアによる魔法言語の授業が行われることになったのだが、これが思った以上に難航を極めることになる。


 まず以て、直人はこの世界に召喚されてきた身の上なのでこっちの世界の言葉を全くと言っていいほど知らない。


 魔法言語の構造上、こちらの世界の言葉が基軸になっていることもあり、こちらの世界にとっては知っていて当然レベルの文法やあちらで言うひらがな、カタカナレベルから履修することになったのだ。


 気づいた頃には空が真っ赤に染まっており、教えていた側のシルヴィアまで疲労感を露わにしていた。


「ぜえ、ぜえ……。普通に会話できてたから気づかなかったけど、まさかこっちの世界の言葉を全く知らないなんて……。そっちの世界の文法とも異なるし、そもそも文字の体系から違うからそこから教えることになるとは思わなかったよ……」


「いや、それに関しては本当にごめん……。僕も普通に話せていたってことに疑問を持っておくべきだった」


「ううん、配慮が足りなかったのはこっちのせい。召喚するときに会話だけじゃなくて、こちらの世界の常識をある程度組み込んでおくべきだったのかも……。まあ、召喚自体が初めてだったから失敗したら頭がパーになるリスクがあったしやらなかったけど」


「頭が何だって?」


「何でもない!」


「いや、笑顔じゃ誤魔化せないよ!?」


 シルヴィアがにへらと笑うと、直人も釣られて笑ってしまい、次第に森の向こうまで賑やかな笑い声が響くようになった。ひときしり笑い終わると、二人して背伸びをしてから今後のことについて話し合いに移った。


「取り敢えず、まずは文字から覚えないとね。魔法の練習はそれから。一日一歩、着実に上達していこうよ」


「了解。今日はありがとう」


「お礼なら魔法を習得したときに言って頂戴。これからも長いんだから、ちゃんと諦めずについて来ないと駄目だよ?」


「分かってる。二人でゲーム作るんだし、そのためにも頑張らないとな」


「うん!」

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