第7話 美女エルフによる魔法講座、開演!
無事に、本当に無事に食事を終えることができたのは良かったものの、直人はこの先何をしていけば良いのか分からなかったのでシルヴィアに普段はどんなことをしてるのか聞いてみることにした。
「ファイスさんは普段、どんな生活を送っているの? 見たところ娯楽は無さそうだし、こんな場所じゃ仕事もないでしょ?」
「プー太郎って言いたいわけ? 言っておくけど、そこまで暇じゃないの。私は魔法や薬草学を研究していてね、かれこれ三百年以上も続けてる。普段はフィールドワークをしたり、帰ってきたら採取した薬草とかで実験をしたりとかもしてるんだけど、正直、それ以上にやれることはないの。でも、今はナオトがいるじゃん? ナオトと一緒なら、もっと新しいことができるかなって思ってる。だから、わ私にも聞かせてよ。ナオトが普段はどんなことをしてたのか」
「そうは言っても、僕は会社勤めだったし休日も家でゴロゴロするかテレビゲームするくらいで、こっちに来たらやることがなくて逆に手持無沙汰だよ」
「てれびげーむ? なるものが、凄い気になるわ! 私、それやってみたい!」
シルヴィアが目をキラキラと輝かせながら迫って来るが、生憎、直人にはこちらの世界でテレビゲームを再現できるとは到底思えず二の句が継げずにいた。DIYなどを駆使すればボードゲームくらいは作れるだろうが、彼女がそれを知ったらきっと落胆するだろう。
それでも、彼女には諦めてもらうために気は進まなかったが事情を説明することにした。
「あのね、テレビゲームっていうのはこっちの……。元居た世界では科学って呼ばれてる技術の最先端の遊びなんだよ。こっちには魔法はあるようだけど、見たところ電気を使ったシステムとかはないでしょ?」
「電気? あの雷とかのあれを動力にできるってこと?」
「まあ、そうだね。他にも色々と必要なものはあるだろうけれど、再現するのは無理なんじゃないかな?」
「……」
シルヴィアは暫く黙りこくっていたが、何やら閃いたらしく「はっ!」と頭にビックリマークを浮かべて彼女の机へと向かう。羊皮紙とペンを取り出し、そこにつらつらと文字を書いていき色々とぶつぶつ呟いた末……。
「できる! できるよ! 電気は魔法で作れるけど、それだと効率が悪いから魔力を使えば再現できる! あとは、てれびげーむのシステム構築さえできれば作れるよ! だから、一緒に手伝って欲しい!」
「いや、そうは言うけど魔法なんて僕には分からないよ。やったことないし」
「なら、私が一から十まで教えてあげる! どうせやることもないんだったら、魔法の勉強をして一緒にゲームを作りましょう!」
子供みたいにはしゃぐシルヴィアの姿を見ていると、直人は会社に入って三年目くらいのときの自分を思い出すのだった。
『おいおい、こんな難しいシステムできるのか? 正直、再現するのには骨が折れると思うし、予算だって……』
『できます! できますよ! きっと、頑張って皆で力を合わせればできますって!』
『……そこまで言うなら、いっちょやってみるか!』
(物事の基本は、情熱を燃やすこと……。できない、できるわけないと高を括っていたら一生経ってもできはしない。なら、無理だと思っても一度はトライしなきゃだよな)
不思議と、こちらの世界に来て不安だらけのはずなのに楽しもうとしている自分がいて口角を上がるのを制御することができなかった。これから起こるだろう彼女との生活に、少しずつではあるが興味が湧いてきているのを感じ取ったのだ。
「そこまで言うなら、やってみようかな」
「やった! ナオト大好き! それじゃあ、早速庭に出よう! 今から特訓よ!」
シルヴィアに半ば強引に手を攫われると、二人で家の外へと飛び出すことになった。つい条件反射的についてきてしまった直人だったが、外に出るなり上空をしきりに確認して先日の一件のような事態が起きないか警戒し始めた。
「何やってるの? もしかして、また攫われると思ってる?」
「そりゃあ、そうでしょう。前みたいに死ぬような思いをするのは御免だ。というか、そもそもどうしてこの家は襲われたりしないんだ?」
「そりゃ、私の魔法で最強の魔物避けの結界を付与してるからね。私の魔力が枯渇しない限り、この家が外敵に壊されたり、襲われるようなことはありません! えっへん!」
相変わらず胸を張る度に、けしからんレベルでたゆんと胸が揺れる。直人は視線を逸らし頬をかいて雑念を誤魔化しつつ、今一番気になっていることを問う。
「なら、こうして外に出たら襲われる危険性があるわけだよな? それなら、どうやって魔法の訓練をするんだ?」
「それはね、これから私が魔法を使って結界を張るんだよ! まあ、実際に使ってるところを見た方が感覚っていうのが分かるでしょ? だから、レッツお手本タイム!」
あどけない少女のような仕草で腕を天高く挙げたシルヴィアだったが、一つ深呼吸をした瞬間に凛とした雰囲気が彼女の周囲を取り囲み始めた。何やら不思議な力の奔流が風鳴りを起こしながら辺りを駆け巡り、シルヴィアの体が……いや、正確には力に導かれて出現し始めた光の粒子が淡い青い光を放つ。
「『其に祝福せし大いなる光の壁よ・大いなる災禍より・我らを守り給え』!」
シルヴィアが神社の巫女のような立ち振る舞いで祝詞のようなものを唱えると、次の瞬間、家の周囲を半球体の光の壁が包み込むように展開されていく。神々しい光を纏いながら魔法を使用したシルヴィアは正しく神の使いのような出で立ちで、辺りを漂う青い光と銀髪が共鳴するかのように発光すると思わず絵として残したくなる美しさだった。
「……ふう、一仕事終えた! どう? これが魔法を使うってこと。魔法は基本三節詠唱で、己の内に溜められた魔力を言霊に乗せて世界の理を変革する。これが魔法なの」
「世界の理を変革? そもそも魔力って何?」
「ああ~、そっか。異世界から来たからこっちの常識は分からないんだもんね。ごめん、ちょっと先走り過ぎたかも。……じゃあ、まずは魔法について教えていくね」
シルヴィアは傍の地面に丸い円を描き、「さて、問題です」と直人にクイズを出してきた。
「ここに一つの円があります。ここに自分の身長と同じ高さくらいの深さがある穴を掘り、そこに水を貯めておきたいです。あなたはどうしますか?」
「何それ?」
「こういう問題なの。極端な例えだから利便性とか、そもそもどうしてそんなことを~、とか考えない。単純に与えられた課題をクリアするにはどうすれば良いかだけを考えて」
「そういうことなら……。まあ、普通に考えたら地道に穴を掘り続けて、自分の身長に到達したら一度穴を出て、そこから更に水を汲んできて溜まるまで放水し続けるとか? 実際は、地面に水を吸われるかもしれないからもっと時間がかかるかもだけど」
「普通は、確かにそうだよね。ところがどっこい、魔法を使えばそんな面倒な手続きを省略できるってわけよ。例えば、地面に穴を掘るんだったら……。『其の問いかけに応じよ・母なる大地よ・砂上は空白へと置き換わる』」
シルヴィアが再び祝詞のようなものを唱えると、あっという間に地面に深い穴がぽっかりと空けられてしまった。まるで、そこには元々地面などなかったかのように綺麗にくり抜かれてしまっている。
「これは簡単に説明するとね、地面を魔力に分解したの。魔力っていうのは、魔法を使うためのエネルギーのこと。魔力は物質同士で可逆変換できるから、詠唱さえできれば理論上はありとあらゆる事象に干渉できる」
「詠唱っていうのは、さっきの其の問いかけに~って奴のことか?」
「そう。これは魔力と音色を共鳴させることによって生まれる魔法言語を使ってるの。大体は定型文を使うんだけど、魔力と音色の波長さえ合ってれば、ぶっちゃけ何を使っても同じ魔法が発動するんだよね」
「それ、凄く難しそうじゃないか?」
「大丈夫、音階とか魔力量の調整は私が手取り足取り教えてあげるから。干渉する事象が複雑であればあるほど詠唱に必要な節数は長くなるし、魔力量も多くなる。例えば、水を作り出そうとするとね……。『其の求めに応じよ・母なる海の化身よ・美しき大河の奔流よ・星を渡りて・我が手元へと帰りつかん』」
シルヴィアの鈴の音を転がしたかのような美しい言葉が響き渡ると、何もなかった虚空から大量の水が生み出され、あっという間に穴の中を綺麗な清水で満たしていった。無から有を生み出すように見えるそれは魔力という媒質を用い、魔法を通じて変換し水を生成したのだ。
「凄い……。こんなあっさりと水が作れるなんて」
「凄いでしょ? でも、あっさりじゃないんだよ。使った魔力の量も、実はさっき穴を掘ったときより多いんだ。物質を魔力に分解するのは簡単だけど、魔力から物質を作り出すのは難しいの」
「それはどうしてなんだ?」
「魔力物質変換則の一つ、「エネルギーの非可逆的変換」によるものだよ。この世に存在するありとあらゆる物質やエネルギーは魔力の上位互換だから必要なエネルギーに差が出るの。例えるなら、人が荷物を持ち上げるより、持っている荷物を手放す方が力を必要としないのと同じ。今回の場合だと、水を魔力に分解するときはあまり魔力を使わないんだけど、魔力を水に変えるときはより多くの魔力が必要になるってこと」
「なるほどね、そういう法則も存在するってことか」
「その通り! 理解が早くて助かる~!」
(それにしても、本当に教えるのが上手いな~……。魔法の仕組みとか、理論とか、複雑だけど面白くてどんどん学びたいって思える)
直人はこの時、実はシルヴィアは外の世界だと偉大な魔法使いとか、高名な研究者なのではないかと勘繰っていた。自分のことを異世界から召喚したり、魔法の理論に詳しかったり、少なくとも創作物の中での基準で考えるなら超一流を超えてもはや伝説的なのでは? と思えるくらいには凄いことを平然とやってのけていた。
勿論、これは直人本人の解釈であって、もしかしたら外の世界だと個人で普通に異世界召喚ができたりするのかもしれないし、あるいは皆が魔法の理論を当たり前に知っているだけなのかもしれない。だが、この時の直人の知識の基準はシルヴィアであり、そこに疑問を挟む余地など直人にはなかったのだった。
そして本人もまた、自分の魔法が如何に素晴らしいかを自慢するようなことはなく、むしろそれ自体を楽しんでいる風だった。自分の身を実験台にすらして、こんな危険極まりない森まで来ているところを見るに、彼女の好奇心旺盛さは人並外れていると言えよう。
だが、魔法を自在に操り用いるだけがシルヴィアの一面だけでないことを直人は既に知っている。魔法という素材は、彼女というキャンバスを彩るためのピースの一つに過ぎないのだ。
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