第4話 美女なエルフは見た目だけじゃない!
玄関を開けて飛び込んでくる日差しの光を遮りながら進み出ると、目の前に広がっていたのは自分の身長の五倍、六倍はありそうな針葉樹の群れだった。まるで漫画の世界にでも迷い込んだみたいな木々は家を取り囲むように円形状になって連なっており、それらはどこまでも奥へ、奥へと延々に続いているように見えた。
「森の中っていうのは本当みたいだけど、これくらいの景色なら地球のどっかにはありそうだよな……」
しかし、そうして外に出たのが間違いだったと気づかされる。不意に、自分の周囲の景色が急に暗くなったと思った次の瞬間、直人は地上より遥か離れた上空から地面を見下ろしていた。
吹き付ける上昇気流に顔面を打たれながら、急速に冷えていく体を心配する余裕もなく。
「……え? ええええええええ!?」
直人は喉が千切れるくらいの大きな叫び声を上げていた。
自分の状況を確認しようと上を向くと、何と体調三メートルもある巨大な鷲のような姿の生き物が直人を足の爪で引っ掻けていたのだ。どうやら先ほど周囲が暗くなったのは鳥が獲物である直人を見つけて接近していた合図だったらしく、無力な直人はあっという間に空へと攫われてしまったのだった。
「こんなのねえよ! 人間が鳥に攫われるなんて、ねえええよおおおおお!」
「もう、言わんこっちゃない!」
目の前に現れたのは、何と銀髪をはためかせたシルヴィアだった。何らかの力……、恐らく魔法を使って直人を助けに来てくれたらしい。
彼女は手にした銀色の剣を構えると、狙いすまして横薙ぎに振った。巨大な鷲の両足は綺麗に切断され、真っ赤な血が滝のように降り注ぐ中、彼の姿はそこにはなかった。
一方、彼女が剣を振った瞬間に身の危険を感じて頭を小さく丸め込んだ直人はすぐにジェットコースターを勝る強風と空中浮遊に襲われる。
「いやあああああああああ!? 地面にぶつかるううう!」
慌てて手足をばたつかせるも落下速度は早まるばかり、もう駄目かと思われたその時、自分のお腹にグッと衝撃が走ると徐々に落下速度は落ちていった。
「はい、キャッチ!」
「……あ、ありがとう。た、助かった……」
「どういたしまして。これで分かったでしょ? この森は凄く物騒なんだから、気軽に外へ出たら駄目なの。ともかく、家の中に戻ろうよ」
彼女の助けもあって何とか家に戻ることが出来た直人だったが、鳥の足先が鋭利な刃物だったのか背中の服はボロボロになってしまっていた。幸い、皮膚にまでは到達していなかったものの、あのまま地面の染みになっていたかもしれないと想像すると肝っ玉が震えてしまう。
しかし、不思議と血が付着したような痕跡はなく彼女も綺麗なままだった。あんなに血が降り注いでいたのにと思いはしたが、魔法がある世界なら何でもアリだろうと納得することにしたのだった。
「どうだった? 一瞬の空の旅は? 中々にスリリングだったでしょ?」
「スリルがあり過ぎて危うく命まで落とすところだったよ……」
「忠告を無視するからだよ。この森はね、外の人間からは『悪魔の森』なんて呼ばれてるくらい怖い森なんだよ? さっきみたいな魔物はうようよ居るし、一級の冒険者でも生きて帰れないって言われてるくらいなんだから」
「そんな森によく住んでるね」
「居場所がここくらいしかなかったからね。仕方ないよ」
彼女の口調はずっと明るいままだったが、その台詞を吐いたときの彼女はどこか寂しそうな雰囲気を醸し出していたように感じた直人だった。そう考えると、さっきまで話していた彼女の話も嘘などではなく本当のことだったんじゃないかと思った。
「……君は、寂しいから結婚するって言ってたよね」
「そんなことも言った気がするけど……。それがどうしたの? もしかして、絆されてくれた? 結婚する気になってくれた?」
「そこまでは……。ただ、助けてくれたってこともあるし……。お試しなら、まあ良いかな。まだ夫婦になるかどうかは決められないけどさ。どの道、僕はここから出られないみたいだし」
「それって生活するために仕方なくってこと? 何だか酷くない?」
「お試しなら」を意味深に協調すると彼女は不機嫌そうにして頬を膨らませていたが、直人もこの一線だけは譲るつもりはなかった。勝手に召喚されてしまったのは事実だし、いきなり結婚と言われてもやはり躊躇ってしまう部分はあるのだから。
「そうは言うけどさ。逆に、この世界から帰る方法はあるの?」
「ないけど? ……まあ、魔法陣の設計は終わってるから異世界を渡るための魔法陣だけは作れるだろうけれどね。燃料になる魔力が圧倒的に足りないから、諦めてもらった方が良いかも」
「帰る方法があるだけマシと思うべきなのかな……。でも、帰すつもりは最初から無かったんだろ? 僕には僕で、向こうの生活があるのに」
「それは……。一応、条件では向こうの世界に未練がない人を選んだつもりだったんだけど」
「……結果的には、そうかもしれないけどね。でも、それでも何の別れもなく故郷から拉致されたんだ。猶予くらいは、あってくれても良いんじゃないの?」
「結婚しなかったらどうするつもりなの? 言っておくけど、結婚するつもりのない人と一緒には生活したくないよ?」
「……身勝手だとは思うけれど、一部、分からないでもない。だから、その時は近くの町まで送ってほしい。後は自分で生活していくよ。どうするかは、さっぱり分からないけれどさ」
ここまで来てしまった以上、こっちの世界で生活しなければならない事実は変えられない。彼女に召喚した責任はあるとは思いつつも、直人は一生世話しろとまで言うつもりはなかった。
そう、彼は想像を遥かに超えたお人好しなのだ。結婚できない状況で必死になって自分を呼び出した気持ちが嘘だとは思えないし、だからこそ同じく結婚願望を持っている彼女の意思も尊重したいと思ったのだ。
「嘘でも結婚するって言えば、衣食住がタダで手に入るんだよ? しかもこんな美女もセットで!なのに、それでもダメ?」
「駄目なものは駄目。僕は……、一生を添い遂げたいと思う人と一緒に居たいんだ」
「ふぅん? あっそ。まあ、召喚しちゃったっていうのはあるし、それで良いよ。そもそも、最初から上手くいくなんて思ってないし。ともかく、今日からよろしく。ナオト」
「こちらこそ、よろしくお願いします。ファイスさん」
素っ気ない素振りをしていたシルヴィアだったが、この時の直人は思ってもいなかった。彼女が今の時点で、絶対にこの人を物にすると心に決めていたことに。
(私がこんなに迫っても自分の意思を貫こうとするなんて、格好いいじゃん。こんな人、今まで出会ったことない。やっば、絶対に振り向かせてやろうっと)
シルヴィアの好感度は、直人の与り知らないところで上がっていたのだ。
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