第3話 やっぱりお断りします
次に彼が目を覚ましたとき、彼は見知らぬ部屋の中に居た。実際に彼がそのことを認識できたのはもう少し後のことになるのだが、その原因は彼の目に飛び込んできたのが腰まで伸びた銀髪が特徴の綺麗な女性だったからだ。
「これが……。私の運命の人……」
彼女の口から漏れ出た言葉を理解すると、彼の口から思わず間抜けな声が出てしまう。
「……は?」
コスプレか? それにしては随分と凝っている衣装だとか、そもそも彼女は誰なのかとか、色々と考える前に彼女の口から飛び出た言葉で全ての考えが吹き飛んだ。
「私、シルヴィア・ファイス! どうかお願いします! 私の、「嫁」になってください!」
「……は、はああああああぁぁぁぁ!?」
またまた驚きの声を反射的に上げてしまった直人だったが、そんなことにはお構いなく目の前の女性は畳みかけるように話を続けていく。
「はああぁぁ!? じゃない! あなたは、私の運命の人なの! 私が魔法で召喚した、この世で唯一で最高のパートナー! オーケー?」
「オーケー……じゃない! そもそも、あんたはどこの誰なんだ? 魔法っていうのは何だ? そもそもここはどこだ!? それから、嫁ってなんだ!?」
「言ったでしょ? 私はシルヴィア・ファイス。エルフ族ファイス一家の長女、今は絶賛婚活中の身。魔法っていうのは、この世界における……常識? まあ、戦ったり、今回みたいに人を異世界から呼んだり、いろんなことができるの。そして、ここは私の家。嫁って言ったのは、交流したことのある異世界人が自分の最愛の人を嫁って呼ぶからだと聞いたからなんだけど……。どう? ちゃんと質問には答えてあげたわよ」
どうだ、えっへん! とでも言いたげに胸を張るとたゆんとたわわに実った二つの果実が揺れ動いた。小説や漫画でしか見たことないシチュエーションに初心な直人は赤面させて顔を逸らした。
(凄い美人だ……。それに、胸も大きい……。こんな人が運命の人なんて……。いやいや、信じて良いのか? そもそも、魔法で異世界に召喚なんてあり得るのか?)
まだまだ色々と納得できないところはあるが、しかし、ここに来る直前が自宅の鏡の前だったこともあり、一先ずは異世界に召喚されたという事実は納得せざるを得ないようだった。
「……色々訂正する必要もありそうだけど、取り敢えずは君の話を信じるとしようか。えっと……。ファイスさん」
「シルヴィアって呼んでよ。そっちが名前なんだからさ」
「初対面の人を名前呼びはしないよ、ファイスさん」
「つれないなあ。まあ、いいけど。それで? 嫁になってくれるの?」
「どうしてそういう話になるかなあ……。そもそも、嫁っていう表現はオタクたちの間で好きなキャラクターとかを敬愛するための表現だから嫁にはなれないんだけど」
「え、そうなの? とある旅人が「この子は僕の嫁だから!」って、喫茶店でフィギュア? なるものを優しくよしよし撫でていたから、てっきり異世界では女の人だけじゃなくて玩具とも結婚できるのかと思ってた」
「いや、実際に結婚してる人はいるよ? 初〇〇クの等身大フィギュアと入籍してる人とかいたからね。それ自体は別に構わないのだけれど、嫁に対する認識は改めておかないと異世界人の誰しもが玩具と寝食を共にする人ってことになっちゃうから」
「その人はフィギュアとエッ〇するって言ってたけど?」
「言ってたの!? いや、それはそれで良いのかもしないけれど……。少なくとも、僕は愛する女性と結婚したいし!」
直人が完全否定せず「良いかもしれない」で留めたのは、直人がこう言いつつもスマホの中にはASMR系の音声がたっぷり入ったアプリをインストールしていたりするからだ。現実世界に疲弊して癒しを求める者は時に二次元の世界へと迷い込み、己の欲望を散らすことで快楽を得られるのだ……。
(何というか、いけないことをしている背徳感があって癖になるんだよな……。絶対に言わないけれど!)
これ以上話を進めるといつしかボロが出そうで怖かったので、「ごほん」と咳払いをして話題を切り替えた。
「ファイスさんはどうして僕と嫁……というより、夫婦になりたいのかな?」
「運命の人だから?」
「それは理由じゃないでしょ……。聞き方を変えると、どうして結婚したいのかってことだよ。異世界から人間を呼んでまですることなのか?」
直人自身、マッチングアプリや婚活をしてまで結婚しようとしていた手前ブーメランな自覚はあったが、それでも彼女に聞いてみたくなった。彼女がそこまで結婚に執着する理由とは何なのか、そこに自分の結婚願望に対する解を見出したかったのかもしれない。
「う~~ん……。まあ、女の幸せってやつを追いかけたかったんじゃない?」
「じゃないって……。じゃあ、結婚しなくても良いってこと?」
「それは違うけどさ……。ほら、私ってエルフだから余裕で千年くらい生きられるし? そんな長い時間を仙人みたいに一人で生活してたら寂しいかなって。それに、結婚が本当に良い物かってやってみないと分からないし? なら、試してみたいって思ってさ」
「アプリのお試し期間みたいなノリで僕を召喚したの?」
「あぷりってのが何かは知らないけど、お試しっていうのはそうかも? でも、できればお試しで終わって欲しくないんだよね。これでも、三百年くらい溜め込んだ魔力を一気に使って召喚したからさ。あなたには、私の夫になってもらいたいって思ってるよ。えっと……」
「直人。片桐直人だ。僕のことは……」
「じゃあ、ナオトって呼ぶから」
「人の話を聞きなよ……」
「聞いてるじゃない。それで、結婚するの? しないの?」
「……」
目の前の彼女、シルヴィアは非常にマイペースな女の子らしい。しかし、全く話が通じていないわけでもないので、もう少し話をしたいと言えば受け入れてくれそうな感じはした。
直人は少し考えて、とある結論に到達することになった。
「やっぱりお断りします」
「そうよね、そうなったら早速結婚式……って、しないの!?」
シルヴィアは「どうして!?」とでも言いたげに顔を青褪めていたが、これには直人なりに誠意があって回答した結果なのだ。
「僕、まだファイスさんのことよく知らないし。それに、勝手に呼び出されて即結婚みたいなのもよく分からないし……。僕としては、まずはお友達から始めたいなと」
「私、これでも一応はかなりの美人だと思うよ! 胸も大きいし、人間から求婚されることもあったし、街で襲われるくらいには! 自信あるんだけど!」
「容姿は結構好みなのは認める。でも、日本人の価値観からして、出会っていきなり結婚を迫られても逆に詐欺を疑うよ。僕を嵌めるつもりなんじゃないかってね」
「そんなに慎重になることある!?」
「ついさっき、別の女性に振られたばっかりだしね。今はあまり結婚とか考えたくないんだ」
「私という女がありながら……。さては、これが浮気!?」
「まだ付き合ってすらないよね、僕たち?」
一通り漫才のようなやり取りを終えると、直人は立ち上がって正面にある唯一の扉まで向かう。その途中で部屋の中をじっくり見渡したが、ここはログハウスらしく暖炉やソファ、ベッド、机といった家具は見受けられるが割と物が少なく広さの割に物寂しさが伺えた。
(生活感はあるけど、テレビもなければ娯楽品もない……。見たところキッチンもあまり使われてないようだし、こんなところに本当に一人で暮らしているのか?)
彼は扉の前までやってくると躊躇なく手をかけたが、後ろから「待って!」と焦ったような声音で引き止められた。
「その先は深い森だよ! 凶暴な魔物もいるし、外に出たら危ないよ!」
「森? そんなところに女性が一人で暮らしてるなんて、増々信じられない。見たところ、ここは山奥にでもあれば普通の家だし、異世界って証拠は特に無さそうだし。自分の目で確かめてみるよ」
直人の視点からして、明らかに嘘くさくビッチっぽい彼女の言うことは信用で
きるわけもなく……。必死で呼び止める忠告を無視し、玄関の扉を開けて外に出た。
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