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  • 死という経典への応援コメント

     生死感を扱うということで、非常に難しい内容でした。なので「感想」らしく、1つ思ったことを書くことにしますね。

     それは、死がある種の不治の病であるのかなということです。

     普通に、健全に、無知に生きていれば、自殺について……死について考えることはありません。教育現場でも、多くの場合、死ではなく生について考えます。それこそ作中で語られていたように、将来の夢が代表的な例でしょう。

     しかし、一度、死が何らかの“手段”に思えたとき。もうその人は一生、死に囚われるのだと思います。

     作中の言葉を借りるなら、死は「無」です。全てをゼロにすることができます。これまで生についてしか学ばなかった人たちにとって、死はとても鮮烈で魅力的に見えちゃいますからね。

     なにかにつけて死がちらつく。そんな状態をこそ、不幸なんて呼ぶのだとすれば、死を考えずに済む状態をこそ幸福と呼ぶのかもしれません。

     そして、悲しいことに、やはり一度でも死が手段に思えたなら、今後一生、その人の考え方には死がちらつきます。不治の病──“死”にかかってしまった(≒不幸になった)時点で、生きることが死なない理由を探すことに変わる。あるいはそのことをこそ不幸と呼ぶのかな、なんて。

     色々と考えさせられる、奥の深い内容でした〜

    作者からの返信

    misakaさんコメント感謝です。

    難しい、答えが一つではない題材で感想も難しかったと思います。
    一度死ということを考えてしまったら、いつしかそれが手段の一つになる……しかし現代社会では、いくら昔より死に対する価値観が違うとはいえ、その恐怖や悲しさは今だ健在で、私たちは必ず死と向き合わなければいけない時が来る。

    どうやって死と折り合いを付けるのか、知性ある我々だからこそ悩める問題ですね。

    ……この作品を書くにつれ、私は生きることは必ずしも正しいとは限らない、死は恐ろしいものではないし超克すべきものでは無いということを伝えたかった。
    無知なままでいても現実を見続けない限りは、いつか悟ってしまう。ある程度の覚悟を持って生きていかなければなりませんね。

    本当にコメントありがとうございました!