相談

お互いに告白をし、両思いだと確認した。

もし、よくある短篇小説や読み切り漫画なら、それでハッピーエンドだろう。だが、俺達はそうはいかない。

現在、午後五時。図書室を閉めるまではあと一時間もあるのだから。


「あー、暇だな」

「ええ、暇ね」


俺達は相変わらず、暇を持て余していた。

流石に足が痺れてきたので、ユナは自分の椅子に戻ってもらった。


「どうして今日は人が来ないのかしら?」

「そうだなー、クリスマスイブだからじゃないか」

「やっぱりそうよね」


そう。クリスマスイブである。

ユナは、わざわざ今日に告白してきた。だとしたら、図書委員の仕事が終わったらもしかしたら……、とか少し期待してしまうわけで。


「ユナー?」

「なあにー?」


間延びした声をかけてみると、同じく間延びした返事が返ってくる。思い切って、気になったことを聞いてみるとしよう。


「どうして告白しようと思ったんだ?」

「あなたが好きだからよ」

「おお」


ストレートな答えが返ってきた。


「なに? 好きって言わせたかったのかしら? わかっているくせに」

「違うから。ニマニマするな」

「じゃあ、どうして?」

「いつだったか、言ってただろ? 恋愛にはあんまり興味ないって。だからさ、ユナから告白されてびっくりしたんだよ、俺」

「あー。言ったわね、そんな事」


俺たちは初めからこんなに話をするような関係だったわけではない。

今年の4月。図書委員の仕事が始まった時は、全く関わろうとはしなかった。ただ、二人とも暇な時はひたすら小説を読んでいたので、気にはなっていたと思う。隣にいる人がいったいどんな小説を読んでいるのかと妙に気になってしまう、本好き特有のあれだ。


「そうね。やっぱりあれのせいかしら」

「あれ?」


ユナの指さした先には、一枚の張り紙がある。


『恋愛相談受け付けます

 毎週木曜日   長峰広 香月由奈』


そう書かれている。


「あれか。司書の人が面白がって作ったやつな」

「ええ。あれのせいで相談者が増えたのよね」

「でも、事の発端は川崎だよ」


始まりは、俺たちが図書委員になってから一ヶ月程経った木曜日の放課後だった。その日も暇で、俺達は読書に耽っていた。そんなときにやってきたのが川崎だ。

話を聞くと、恋愛相談だと言う。

中学からの親友の頼みを無下にするわけにもいかず、とりあえず話だけでもと相談に乗ることにした。その時に女子の意見もぜひ欲しいと川崎が言い、ユナも交えて三人で話をすることになった。男子二人女子一人の恋バナは意外にも白熱し、気が付くと一時間半も経っていた。

俺もユナも恋愛経験などゼロに等しく、小説から得た想像、というか各々の理想が話の大半だったのだが。


「私達が話すようになったのは彼のおかげね」

「そうだな。まあ、それ以降も変な恋愛相談を持ちかけられることになったのもアイツのせいだけど」

「……そうね」


そう。それ以降、木曜日の放課後になると恋愛で悩みを抱える生徒が、相談に来るようになった。

まず、川崎の後輩の男子。次はその友達。その次はそいつの姉。さらに次はその人の親友とその彼氏。

あとは、どう広まったのかわからない。いつの間にか学校中に知れ渡っていたのだ。終いには先生にも知られ、公認の活動となってしまった。


「話を戻すけど。つまり、相談に来た生徒たちに影響されたってことか?」

「ええ、皆本気で悩んだり、喜んだり悲しんだりしていて、いいなって思った。私があんなふうに本気になれるのは誰だろうって考えたとき、ヒロ君の顔が浮かんだの」

「そうか。それなら川崎にも少しは感謝しなきゃだな」


他人の恋愛相談に乗るのはマジで大変なのだが、まあ大目に見てやろう。特に先月から相談者が多くて……


「あー、そうだ。最近相談者が多いなと思ってたけど、クリスマスってやっぱり恋人と過ごしたいものか?」

「まあ、そうね。男の子も女の子も何となくそわそわしているのよね。恋人を作る体の良い口実、のようなものだとは思うわ」

「でもさ、行事ごとって割と忘れがちじゃないか? 今年は恋愛相談があったからあれこれと考えてたけど、去年はクリスマスとかすっかり忘れてたんだよ。」

「私も似たようなものね」

「あ、親から小遣いは少し多めにもらったな。俺、弟いるんだけど、もうサンタさんとか言う歳じゃなくてさ。弟はスケボーに興味あるらしくてボード買ってもらってた。で、俺は現金手渡されて、もう高校生だし好きに使えって」


彼女がいるわけでもないのに、小遣いを多くもらっても特別な使いみちなどありはしない。去年は気になっていたラノベを大量買いして、クリスマス当日は一日中読み耽っていた。

だが、今年は期待してもいいのだろうか? 今日この後とか明日とか。


「なるほどね。恋人とかいないと、高校生になってクリスマスを意識することなんてそんなにないのかも」

「今年は楽しみにしててもいいのかな?」

「そうね。今日いきなりは無理だけど、明日とかどうかしら? 何か食べに行くとか」

「いいな、それ。金曜日だし、どっか寄って帰るかな」

「初デートね」

「そうだな」

「楽しみ」

「ああ」

「……」

「……」


無言の時間が続く。こんな時間があっても悪くないな、と思う。


「そうだわ。クリスマスデートと言えば、」


二、三分経ったあたりで、何かを思い出したのかユナが口を開いた。


「この前相談に来た人、あの後どうなったのかしら? 私は何も聞いていないけど、ヒロ君何か知ってる?」

「この前来た人、か」


何の相談だっただろうか? えーと、確か……


「部活の先輩と幼馴染のクラスメイトと妹の友達の三人と三股してるのがバレて、ヤンデレブラコン妹に命を狙われてるってやつだっけ?」

「ごめんなさい。とても気になるのだけれど違うわ」

「あれ? 違うか。あっ、これは俺が個人的に受けた相談だった。誰にも言うなって言われてたのに、しまったな……」


俺に相談するにもかなり勇気がいったみたいだ。もし妹に知られたりしたらと怯えていた。自業自得だとも思うが。


「それで、どうしたらそんな状況になるの?」

「さあ? でも、次の日妹さんにも会ったんだけど、むっちゃ怖かった。顔は笑ってるんだけど殺意が隠しきれてないんだよ。制服の胸ポケットからカッターと彫刻刀が覗いてたから、あれは本気だな」

「その相談者が誰か聞いてもいいかしら?」

「そうだな。もう話しちゃったし名前も教えてもいいか。三組の木原ってやつなんだけど」

「木原君? 私と同じクラスだわ」


そうか。ユナも三組だったな。あの日以降木原とは会っていないけど、無事だろうか?


「木原、元気そうだったか?」

「いえ、昨日から学校を休んでいるのだけれど……」

「……なに?」


俺のとこに相談に来たのが月曜日。妹さんから声をかけられたのは火曜日。で、その次の日から休んでるということは……


「体調不良とだけ電話があったらしいけど、先生も本人の声は聞いていないって。妹さんから連絡があったらしいわ」

「ははは、まさかな……」

「そ、そうね。考えすぎはよくないわ。最近特に寒かったし、本当に風邪ってことも十分にあり得るものね」

「とりあえず、このことは一旦忘れようか」

「ええ、私も聞かなかったことにするわ」


あれ? でも……、


「昨日、妹さんが満面の笑みでスーパーでちょうど二人分の食材を買っていたな。とても病気の兄を心配しているようには見えなかったが、あれは……」

「ひっ、言わないでちょうだい。今忘れようって言ったばかりじゃない」

「すまん」


お互いに絶対に口にしようとはしなかった。

木原、妹に監禁されているのでは、とは。


「えーと、それで。さっきユナが聞こうとしてたのって?」

「あっ、そうだったわ。先週、付き合ったばかりの彼女を初デートに誘いたいって一年生の男の子が相談に来たでしょう? あれからどうなったのか気になっていたの」

「なんだそのことか。谷口君な。すっごい悩んでたからなー、どうすれば彼女に喜んでもらえるかって」


お互いが特に不満もなく楽しめるのなら、別に特別なことをする必要はないと思うのだが、どうなのだろう? 俺は今みたいに何をするでもなく適当に話をしているだけでも幸せだと思う。ユナの理想のデートとか聞いてみようか?


「私達もデートの経験なんてなかったから、とりあえずクリスマスデートを提案してみたでしょ。お昼を食べて、映画観て、ウィンドウショッピングして、イルミネーション見て、とか無難な内容だったけれどよかったのかしら?」

「デートの内容自体はあれでよかったんじゃないか? 手繋いだりキスしたりとかは本人次第だろうし」

「そうね」

「まあ、彼のデート計画は次の日には不安とともに粉砕されたらしいがな」

「え? どういうことかしら?」

「あー、まず彼女に俺たちのとこに相談に来たのがバレたみたいでな。自分との付き合いに何か問題があるのかって詰め寄られたらしく」

「ええ? 大丈夫なの、それ?」

「で、初デートのこととか、距離の詰め方とか色々悩んでるんだって全部正直に話したら、手を握られてそのまま彼女の家に連れ込まれて、ベッドに押し倒されキスまでされたらしい。そのあとのことは流石に聞けなかったが、まあ、うん」

「す、すごいわ。その彼女さんってよく図書室に来てるでしょ?」

「そうだな。俺は図書委員の仕事以外ではあまり来ないけど、木曜日だけでもよく見かけるよな」

「私、少しだけお話したことがあって、寡黙で大人しい子だと思ってたわ。まさかそんな積極的な一面があったなんて。びっくりよ」


俺も驚きはしたが、告白したのは彼女の方からと言っていたし、納得である。きっと彼氏の方からなかなか手を出してくれないから、痺れを切らしたのだろう。


「それにしても、恋人と言ってもいろんな形があるんだな」

「どうしたの? いきなり」

「いや、ふと思ってな。ほら、恋愛相談って言っても色々あっただろ? 好きな女子に告白したいって男子からの相談もやっぱり多いけど、好きな男子から告白してほしいって女子からの相談もあったし。恋人との距離の詰め方に悩んでいる人もいて、彼氏からリードしてほしいとかリードしたいって相談もあったかと思えば、今回みたいに彼女から積極的に迫ったって話もある」

「理想の恋人関係、みたいな話も聞くけれど、結局は人それぞれよね」

「川崎達も上手くいってるみたいだぞ。彼女の安部さんのほうがもうすっかり胃袋を掴まれてるみたいでさ。川崎、家事全般得意だから」


流石は中学の頃、校内で家庭的な人トップスリーに選ばれただけはある。


「あの二人、最初は意外だっけど結構相性いいのよね」

「川崎は家事が得意で体力もあるけど運動はからっきしで」

「安部さんは運動は得意だけど家事は全然駄目って言ってたわ」

「安部さんも一度相談に来たよな。女子力で彼氏に負けてる気がするんだけどこのままでいいのかなーって」


あの人は、どうあがいても川崎に勝てそうにはなかったので、それ以外で力になれるようにと説得した。


「結局、開き直ってそっち方面のことは川崎君に甘えることにしたみたいね。代わりに球技大会前とかは一緒に練習してたそうよ。バレボールだったかしら」

「川崎は安部さんに料理教えたり、部屋の掃除手伝ったりしてるらしい。安部さんの両親、川崎のことすっかり気に入ったらしくて親公認なんだとか」

「順調そうでよかったわ。あの二人なら卒業後も上手くやっていけそうよね」

「同棲とか始めそうだよな。てか、最近は川崎の惚気話がちょっとウザいけどな」

「あ……、私も安部さんからもよく話を聞かされてるわ」

「この前の体育で安部さんがバスケしてるの眺めながら、家デートと初体験の話しされた時は、ちょっと外に埋めてこようかと思った」

「ヒロ君、抑えて抑えて」


あのときの川崎の浮かれっぷりときたら、思わず頭を抱えたくなる程だ。授業中にする話では無いだろう。


「明日も何か予定があるって言っていたわね」

「確か安部さんの家でご飯を一緒に食べるって言ってたな」

「ヒロ君も私の家、来る? 両親もいるわ」

「勘弁してくれ」


付き合って二日で彼女の両親に挨拶とか、怖すぎる。

俺はまだユナの小説の好みくらいしか知らないんだぞ。それで何を話せと?


「ふふ、冗談よ」

「それはなにより」

「普通にデートを楽しみましょう。私達のペースでね」

「ああ」


もういい時間だな。案外あっという間だ。


「そろそろ図書室、閉めるか」

「そうね。帰りましょう」


俺達は荷物を持って立ち上がる。

電気を消し、扉を閉めて鍵を掛ける。


「よし、帰るか」

「ええ」

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