図書委員ふたりの暇な放課後
雨利アマリ
告白
「ねえ、ヒロ君」
「ん?」
「私、あなたのこと好きよ」
「……」
突然の告白。
12月24日。放課後の図書室。
俺たち二人の図書委員は図書室のカウンターに並んで座り、暇を持て余していた。
俺とは頭ひとつと半分程の身長差があるため、ぐっと顔を上げじっと俺の目を見ながら告白してきたユナは、普段と変わらぬ無表情であった。
「……」
「……」
「どうして何も言ってくれないの? 無視は悲しいわ」
「ああ、悪い。いきなりだから少し驚いていた」
「そう」
嘘である。思わず呼吸を忘れる程度には驚愕していた。
だが、ここで顔に出すわけにはいかない。平然とした顔で告白してきたユナに負けたみたいで悔しいからだ。
「じゃあ、聞いてもいいか?」
「ええ、もちろん」
「俺の好きなところを3つ、言ってみてくれ」
ユナにも恥ずかしい思いをしてもらうか。
あわよくば彼女の照れた顔とか見られたら嬉しい。
「あら、そんなことでいいのね」
期待していた反応と違う。
まあ、ユナが感情を表情に出すこと自体あまりないのでいいけど。
「何を聞かれると思ったんだ?」
「趣味とか好物とか休日の過ごし方とか性癖とか、かしら。やっぱり相性って大事だと思うの」
「合コンみたいだな……って、最後なんだって?」
「え? 性癖と言ったのだけれど」
「お前は俺がそんな事を聞くと思うのか?」
「ちょっと恥ずかしいけれど、あなたに聞かれたら答えるわ」
顔をほんのり赤くしてもじもじしている。初めて見る表情だ。可愛い。
でも、こんな問答で見たくはなかった……。
「っと、いけない。あなたの好きなところ、だったわね」
すっと元通りの無表情に戻り会話を続けるユナ。
ちょっと残念。
「強いて挙げるなら、声と膝と性格、かしら」
「……」
3つ目の性格はいいとして、性癖なんて聞いたあとだと1つ目の声ってのも気になるな。膝なんてもはや意味がわからない。
「あー、ユナさんや。説明をお願いしてもいいか?」
「そうね。性格だけじゃわからないわよね。」
「いや、そこではなく……」
俺の言葉を聞きもせず、ユナは続ける。
「ヒロ君は優しい人よ。私が困っていた時に助けてくれた。人の相談にもよく乗っているし、何とかしようと一生懸命になるところは素敵だと思うの。勉強も運動も特別優れているわけてはないけれど、頑張っている姿はかっこいいわ。できる事ならずっと隣で見ていたいと思う。人の長所を素直に認めて短所を否定しない考え方は私にはできない、あなたの魅力よ。あと……」
「もういい、もういいから。一旦ストップ!」
優しく微笑みながら、感情を込めてゆっくりと、丁寧に言葉を紡ぐユナ。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。
こんな真正面から褒められまくったのは初めてだ。しかも、まだまだ続きそうじゃないか。とてもじゃないが聞いていられない。すでに顔が熱くなっている。限界だ。
「どうしたの? 顔が真っ赤よ。」
「当たり前だ。照れているからな」
「へぇ、正直さんね」
「ニマニマするな」
「ふふっ」
なんとも楽しそうな顔をする。
今日はユナのレアな表情をよく見られる日だ。
「とりあえず、俺のことよく見ててくれてありがとう。」
「どういたしまして」
「だが、俺が聞きたいのは声と膝の方だ」
「あ、そっちね」
「そりゃそうだ」
「説明、いる?」
「できれば」
「……」
「……」
なぜ渋るのだろうか? やはり性癖か? さっき言っていた恥ずかしい性癖に関係しているのか?
普段のユナからは考えられないほどヤバい趣味があるとか。しかし、俺の声と膝にどう関係するのだろうか?俺の声が好みで聞いていると興奮するとか。膝?別に体を鍛えているわけではないし、むしろ運動は苦手だ。そもそも足を見せたことなどない。
うーん……?
「はぁ。わかった、話すわ。なんだか失礼な事考えられてそうだもの」
ユナが小さな声でそう言った。
「2ヶ月前、10月だったかしら? カウンターの椅子が1つしかない日があったでしょ。あなたが膝の上に乗せてくれるって言うから、ありがたく乗せてもらったわ」
「あー、あったなぁ。そんなこと。断られるんじゃないかと思ってたから、俺は少しびっくりしたけどな」
無表情ではあったが耳を少し赤くして、遠慮がちに俺の膝の上に乗ってくるユナが可愛らしくて、顔がニヤけていないか、鼓動が速くなっているのに気づかれていないかと、ドキドキしていた。
「あの時の、あなたの体温が温かくて、背中越しに伝わってくる鼓動が心地よくて。座り心地はとか、汗臭くないかとか、ずっとこのままのつもりかとか、落ち着かない様子であれこれと聞いてくるあなたが可愛くて」
体が熱くなってたことも、ドキドキしてたことも、ずっとそわそわしてたことも全部バレてた!?
「好きだなぁって、すごく自然にそう思ったの」
「……そうか」
「……ええ」
……どうしよう? どうすればいいんだ、これ!?
恥ずかしい! でも嬉しい!
何か言ったほうがいいのか? なんて言えばいい?
とりあえず、今思っていることを正直に。
「あー、えっと、だな」
「うん?」
「また、座るか? 膝の上……」
あああああああああああぁ!!
どうしてそうなる?
まずは、嬉しいよとか、ありがとうとか、そんな言葉が先だろう? なのに俺はぁ!?
欲望が先に出てしまった……
「いいの?」
「えっ?」
「いいの? また、乗せてもらっても」
「ああ、ユナがいいなら」
「もちろんよ。嬉しい。ありがとう、ヒロ君」
「……っ」
まただ。本当に幸せそうに笑うな、ユナは。
その顔は反則だろう?
「えへへ~」
今回は遠慮なく、ぴょんと俺の膝の上に腰掛けたユナは、足をパタパタさせてご満喫だ。
「ふんふふ〜ん♪」
鼻歌も歌っている。
普段の教室での様子からは想像もできない、全身で感情を表現するユナ。こんな姿を俺だけが見ることができる。幸せだ。
少しだけ顔を近づけ、耳元で声を掛ける。
「なあ、ユナ」
「ひゃっ!」
「おぉ! びっくりした」
ビクッと体を震わせ、大きな声を上げた。
「……」
「ユナ? どうした?」
「んんっ……」
再び声を掛けるが、ユナは口を押さえてぷるぷるとしている。
「すまん。何か気に障ることをしたか?」
「い、いえ。大丈夫、よ。」
「そうか。でも……」
「本当に大丈夫よ。いきなり耳元で声を掛けられたものだからびっくりしてしまって、ごめんなさい」
ああ、そういうことか。だが、それにしては過剰な反応だったような気がする。確か、さっき声が好きとか言っていたな。もしかして……
「ねえ、ユナ?」
「ぴぇっ」
もう一度耳元で声を掛ける。今度は優しく、囁くように。
「もしかして、耳が弱い?」
「いえ、その……」
「もしくは、俺の声に弱い、かな?」
「んん~〜〜〜……っ」
やはり、声というのはこういうことか。
確かにこれは知られたら恥ずかしいな。しかし、ここまでとは。
あのユナが、俺の膝の上でビクビクと震えている。どうしよう、楽しくなってきたな。もっとやってもいいかな?
「どうした? ユナ。答えてくれないのか?」
「ひゃっ……」
「さっきは俺に聞かれたら答えるって言ってくれたじゃないか」
「それはっ、いった、けれど……」
ヤバいな、これ。ゾクゾクしてきた。
「嘘、だったの? ユナ」
「ちがっ……、でもぉ……」
「でも?」
「ヒロ君、意地悪ね。もう気がついているのでしょう?」
「さあ? ユナの口から直接聞きたいなー」
「……わかったわ」
観念したのか、ユナはそう言った。
「図書室で人が多い時は、大きな声が出せないから顔を近づけて話をすることがあったでしょう?」
「ああ」
「ヒロ君、無自覚でしょうけれど、偶に耳元で話しかけてくるから、いつの間にかあなたの声にすごく反応しちゃうようになってしまって」
「えっ」
つまり、ユナがこうなったのは俺のせい?
「この前、膝の上に乗せてもらったとき、1時間以上至近距離であなたの声を聞き続けたから、完全に癖になってしまったの」
「……」
「あの、引いてしまったかしら?」
「……」
「ヒロ君……?」
「ふ〜〜」
「にゃ〜〜〜!!」
「がはっ!!」
驚いたユナが頭を上げ、俺の顎に強烈な打撃を食らわせる。
「うぉっ、やべっ!」
「きゃっ!」
バランスを崩し椅子から落ちそうになる。だが、膝の上にはユナがいる。咄嗟にユナを抱きしめ二人で椅子から転げ落ちた。
「はぁー、はぁー……。ごめんなさい。でも、今のはっ、あなたが悪いわ。」
「ああ、俺が悪かった……」
俺は素直に謝った。
どうしても好奇心が抑えきれなかったのだ。
「まったく。どうして急にあんなことをしたのかしら?」
「いや、まあ、あれだ。」
「……?」
「ユナに引いたりしないさ」
「えっ……」
「むしろ今まで知らなかったユナの可愛い姿が見られてよかったよ」
「ヒロ君……」
「てか、俺も途中から楽しくなってきてさ。ゾクゾクしてきちゃって」
「ヒロ君?」
「ユナさえよければまたやってもいいか?」
「……」
「ユナ?」
「どうしましょう? 私が言えたことじゃないのだけれど、」
「なんだ?」
「私の好きな人が、私のせいで変な癖に目覚めてしまったわ」
「あー、そうだな」
「ええ」
「じゃあ、責任を持ってこれからも俺にイタズラさせてくれ」
「……そうね。あなたが満足するまで受け入れてあげる♪」
期待のこもった目で俺を見つめてくるユナ。
これまた初めて見る妖艶な表情に、思わずゾクッと体が反応してしまう。
「はぁー……」
「どうかしたの?」
「いや、なんでも」
今日はユナがすごくグイグイくる。すっかりユナのペースだ。
これじゃしばらくユナに敵わない気がする。
「ところで、」
「ん?」
「ヒロ君はいつまで私を抱きしめてくれるのかしら?」
「えっ、あぁ……」
言われて気がついた。
床に倒れて、ユナを抱きしめたままだった。
「あら、やっぱり意識していなかったのね。私はすごく嬉しいのだけれど」
「うっ……」
「このまましちゃう? キスとか」
「〜〜〜〜〜っ!!」
ユナの顔がゆっくりと近づいてきて、直前でピタリと止まる。
「ふふっ、冗談よ。椅子に戻りましょうか」
「あ、あぁ」
お互いに体を離し、立ち上がる。
ヤバいな。まだ心臓がバクバクいってる。頭もぼーっとするし、足に力が入らない。
俺が椅子に座ると、当然のようにユナは俺の膝の上に乗ってくる。
「ごめんなさい。少しやりすぎたかしら? さっきの仕返しのつもりだったのだけれど」
「いや、別に……」
まあ、そんなことだろうとは思ったけど。
途中で止められて残念だったのは、悔しいから絶対に口に出さないが。
「でも、ヒロ君すぐ顔に出るから楽しくなってしまったの」
「へ?」
「最後のすごく残念そうな顔、可愛かったわ♪」
「なっ!?」
バレてる!?
「したい?」
いたずらっぽく笑うユナが、俺を見上げて聞いてくる。
「ああ」
「やっぱり正直さんね」
「何か全部バレてるし、もう諦めたよ」
変に誤魔化そうとしても無駄だということはよくわかった。
さっきみたいにからかわれるのは、もう勘弁してほしいものだ。
「そう。でも、まだあなたの口から聞いていないわ」
「……? 何を?」
「もう。私はちゃんと言ったわよ。『好き』って」
「あっ……」
そうか。俺は告白されたのだった。そして、それに対して何も答えていないではないか。
「さあ、もう諦めたのでしょう? 正直に教えてくれないかしら?」
ああ。結局最初から最後までユナの思い通りになってしまったわけだ。
ここまでくれば、もう悔しさすらなくなってしまう。からかわれても、恥ずかしいが嫌ではない。
これが……、惚れた弱み、とかいうやつだろうか。
「はぁ〜」
俺はため息をひとつ。
ユナの体に手を回し、頭の上に顔を乗せる。
「ヒロ君。重いわ」
「気にするな」
「んーー」
なるほど。告白など初めてするが、かなり緊張するものだな。
恋愛であれこれと悩む人達の気持ちがわかった気がする。
「ユナ」
「うん♪」
俺が何て言うのかなど、わかりきっていることだろう。ユナの返事は、嬉しそうに弾んでいた。
俺は、少し間を置き、気持ちを落ち着けてから、一言。
「好きだよ」
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