}第二話{

}第二話{


「兄貴!?兄貴!?」


 大きな犬のような化け物を倒した後、私、相田美紀の目の前で、兄貴は意識を失った。


 今は、さっきの化け物やいつの間にか持っていた剣、急に現れたコスプレイヤー二人組なんかどうでもいい。


 兄貴は生きてるの!?


 不安にやきもきする私の横で、向井さんが兄貴を抱え上げて呼吸を確認する。


「心配はない。気を失っているだけだ」


 よかった。最悪のケースじゃなかった。


 もし、もし、兄貴が死んじゃったら、私……。


「ここで誰かの悲鳴が聞こえなかったか!?」


 すると、燃えるような赤色の髪に青い瞳を持つコスプレイヤーの男性が声を張り上げる。


 彼は中世の兵士が身に着けるような、鎧みたいな甲冑みたいなものを着ている。


「兄貴が痛みで声を上げたんです」


「兄貴?そちらの肩から血を流して、い……る……」


「どうしたアレク?って、あれは……」


 私が事情を説明すると、アレクと呼ばれた男の人ともう一人の女性の人が私の方を見る。


 いや、正確には、私の手に握られている剣だ。


「きみ!その剣はどこで!?」


「そんなことはいいんです!あなたたちは兄貴を治療できますか!?」


 彼が剣について尋ねてくるけど、今はそれよりも兄貴の治療が先だ。


「いや、そんなことじゃなくてだな、どこでその剣を……」


「そんなことです!!できるのか、できないのか、どっちですか!早くしないと!」


 私は、アレクと女性の目を交互に見ながら聞いた。


 こうしている間にも、兄貴の左肩からは血がドバドバと流れている。 


 このままじゃ、兄貴が……。


 はやく、はやく答えてよ!


「私は回復魔法を使えないが、属性魔法を使った応急処置ならできるよ」


 私が二人に迫ると、女性がそう言った。


 え?


 私は自分の耳を疑った。


 ま、魔法?


 この人はなにを寝ぼけているの?


「こんなときに冗談なんてやめてください!」


「これは参ったね。見たことのない格好だからもしやと思ったけど、魔法の存在すら知らないようだ」


 女性は呆れたという風な様子で、両手を肩まで持ち上げた。


 どういう意味?魔法なんて、空想上の産物でしょ?


 そんなもので兄貴を助けるなんてこと、できるわけないじゃない!


「見せた方がはやいね。傷を見せて」


 謎の女性が続けて言うと、こちらに歩み寄ってくる。


 私は思わず警戒してしまう。


 ありもしないことを平然と口にする人だけど、信用していいの?


 分かんない。


 もしかしたら、治療と嘘を付いて、兄貴に変なことされるかも……。


「……おかしな真似はやめてくださいよ」


「そんなことしないよ」


 頭のおかしな人に言っても無駄かもしれないけど、一応女性に忠告しとく。


「どれどれ?…あーこれはひどいね。かなり火力を強めにしないといけなさそうだ」


 兄貴のすぐ近くまで来た女性は、傷口をじっくりと観察しながら、おかしなことを言った。


 火力?


 やっぱり、変なことをするんじゃ……


「あの!」


「いいかい、これからきみのお兄さんの傷口を焼き切る。傷口を塞いで止血するんだ」 


 私が割って入ろうとすると、女性が早口でまくしたてるように言う。


「焼き切る?でも、火なんてどこから……」


「ないから魔法を使うのさ。少し離れて。そこのおじさん、彼を地面に寝かせて」


 私の言葉を遮り、テキパキと指示を出す女性。


 私たちは彼女の剣幕に押され、言われた通りにせざるを得なかった。


「よし。それじゃあ、いくよ」


 少しして、準備が整ったみたい。


 彼女は左腰に提げていた杖を取り出し、兄貴の傷口に先端を向ける。 


 まさか、本当に魔法なんてあると思ってるの?


「『ミッド・フレア・ナロウ』」


 滑らかに、女性が何かを唱える。これが呪文ってやつなの?


 すると、杖から火花が迸る。


「!!」


 信じられない。 


 私は夢でも見ているの?


 本当に、何もないところから火が出てくるなんて!? 


 驚いてるうちにも、杖の先端に生じた小さな種火が燃え盛る炎へと成長していく。


「なあ、聞いてもいいか?えーと……」


 いつの間にか隣にいた、アレクが話しかけてくる。


「え、ええ。私は……美紀って言います」


「ミキか。俺はアレクサンダー・パウンド。アレクと呼んでくれ」


「分かりました」


「敬語なんていらない。貴族でもあるまいし」


 貴族?


 貴族といえば、平安時代だっけ?


 それじゃあ、昔の地球には魔法が存在していたの?


 いやいや、そんなわけないよね。


「分かった。アレクね」


 彼に訂正されたので、これから二人には砕けた言葉で話すことにする。


 それにしても、アレクが言った魔法や貴族って、現代の地球に似つかわしくないワードだ。


 根本的なものの仕組みが、地球とは違うのかな。


 もしや、これがパラレルワールドってやつなの?それとも、兄貴が好きな異世界ってやつ?


「ところで、ミキ。お前が持っているその剣、どこで拾った?」


「これ?」


 色々考えていると、アレクが聞いてきた。


 私は未だ燃え盛る炎から目を逸らし、右手に握った剣に焦点を合わせる。


 剣の刀身は銀白色に薄く光り、鍔は金色の金属みたいな素材でできていて、独特な模様の意匠が施されている。


 柄には茶色の布が巻かれてあり、滑り止めとして丁度良いつかみ心地。


「分かんない。気づいたら持ってた」


「……本当だな?」


「嘘なんてつかない」 


 私は正直に言うと、アレクは疑ってくる。


「まさか、こんなに早く勇者が見つかるなんてな」


「え?」


 彼は意味深なことを口にしたので、思わず変な声が出ちゃった。


 魔法、貴族ときて、今度は勇者?

 

 私のことを言ってるの?


「ねえ、それって……」


「お待たせ。お兄さんの処置が終わったよ」


 唐突に、数歩前にいる女性がくるりと振り向き、声をかけてくる。


 そうだ、今は兄貴の治療中だった。


 兄貴は?兄貴はどうなったの?


「兄貴!」


 私は話を中断し、急いで兄貴の元へ向かう。


 アレクと向井さんも兄貴のそばに集まる。


 見ると、左肩の傷口が大きく焼け爛れていた。


 これじゃあ、けがしたときよりひどく見えるけど………。


「本当にこれで大丈夫なの?」

 

「正確に言うと大丈夫ではないけど、今すぐに死なないようにはなった。出血を止めたからね」


 魔法の力で兄貴の腕を元に戻してよとお願いしたいが、彼女がそれを言わないということは、できないんだと思う。


 さっき回復魔法がどうたらと言っていたし、魔法の中にも種類があるの?


「ねえ、私はあなたがさっき言っていた、回復魔法ってやつを使える?」


「え?まあ、空気中には魔力が漂っているから、できないとは言わないけど……」


 私が気になったことを聞いてみると、彼女からはしどろもどろとした返答が返ってきた。


 え?お次は魔力?


 いや、もう驚かない。


 とても信じられないけど、そういうのがあるんだね。


「じゃあ、できるかもしれないんだ。その杖を貸して」 


「今やるのかい?そんな無茶な……」


「無茶でもやるの!」


「……分かったよ」


 私が強い口調でお願いすると、女性が折れ、杖を差し出してくる。


 杖を受け取った私は、さっき彼女がやっていたような感じで、兄貴の傷口に構える。


「呪文は?なんて言えばいいの?」


「ジュモン?詠唱のことなら、『ハイ・ヒール・ナロウ』だよ」


「分かった」


 『ハイ・ヒール・ナロウ』ね。


 私は目を閉じ、精神を研ぎ澄ませる。


 深呼吸をして、魔法を使う自分をイメージする。


 といっても、回復魔法がどんなものか知らない。


 だからとりあえず、傷口に絆創膏を貼った後の、毎日少しずつけがが治っていく感じを想像する。


「『ハイ・ヒール・ナロウ』!」


 私は目を開き、ゆっくり、そしてはっきりと魔法を詠唱した。


「………」

 

「………」


「………」


「………」


 私、アレク、女性、向井さんの四人は、固唾を飲んで兄貴を見つめる。


 けれど、なにも起こらない。


 あれ?呪文の発音が悪かったのかな?


「『ハイ・ヒール・ナロウ』!」


 念のため、もう一度唱えた。


「………」


「………」


「………」


「………」


 だけど、失敗。


 そりゃダメだよね。


 魔法が存在するなんてことさっき初めて知ったし、魔力なんて少しも感じられないし。 


 もしかして、ゆっくりと効き目が出てくるタイプだったりする?


「……神官を探しに移動しよう」


 女性が静かに呟いた。


 いや、まだ発動してないだけかもしれないし……。


「回復魔法の発動には、特有の発光を有するんだ。光が出なかったから、きみの魔法は不発だね」


 すがるような目つきで彼女を見たけど、すっぱりと失敗だと言われた。


 そっか……。


 兄貴を治せたらよかったんだけど。


「まだ希望はある。今から、回復魔法が使える神官を見つければいいんだ」


 うなだれる私を見て、励ましの言葉をくれる彼女。 


 意外と思いやりのある人かも?


「分かった、頑張る。私は相田美紀。兄貴の名前は桃理って言うの」


「ミキにトーリだな。私はサーニャ・シフォン。属性魔法を使う魔法使いだ」


 属性魔法?魔法使い?


 またよく分からない単語が出てきたけど、その名の通り、魔法を使う人でいいんだよね。


 兄貴から借りて遊んでたRPGに、そんな役職があった気がする。


 サーニャは複雑な模様の描かれた布の服を着ている。近くで見た感じだと、上半身は袖の長いポロシャツ、脚部はロングスカートのような服だ。


「ところでアレク。彼女の剣は……」


「ああ、確かめた。ミキが勇者で、この剣は聖剣で間違いない」


 聖剣?


 勇者が私だとすると、勇者の剣が聖剣ってことだよね。


 よく分からないけど、すごい剣ってこと?


「ねえ、勇者とか聖剣とかってなんなの?」


「それは歩きながら話そう。きみのお兄さんは依然として危険な状態だからね」


 疑問に思って尋ねると、サーニャが兄を心配してくれた。


 私は駄目だ。兄貴が大けがだというのに、自分のことを優先してしまった。


 反省しないと。


「分かった。行こう」


 というわけで、私と兄貴、アレク、サーニャ、向井さんの五人で、回復魔法を使える人を探すことになった。



 ※※※



 アレクとサーニャは道が分からないようだったから、とりあえず私たちは、私と兄貴の通っている高校に向かうことにした。


 アレクが先頭に立ち、その後ろを私とサーニャと向井さんがついていく形で、アスファルトの道路を歩き始める。兄貴はまだ目が覚めないから、向井さんにおんぶしてもらってる。


「それじゃあ話そう。まず前提として、きみは『マナレガリア』という言葉を聞いたことがあるかい?」


「『マナレガリア』?…ない。初めて聞いた」


「だろうね。きみは異世界の存在だから、それが当然の反応だ。もちろん、ムカイ殿もそうでしょう」


「あ、はい。元々横文字は苦手ですが、サッパリ心当たりもありませんし、初めて聞きました」


 だよね。


 魔法なんてものは、地球には存在しない。


 けれど、さっきの炎は魔法以外では説明がつかないし、やっぱり異世界が関係してるんだと思う。


 でも、どう見てもここは地球。家もあるし、道路もあるし、電柱に電線だってある。


 だけど、いつもの風景かと言われると、ちょっと違う。


 昨日まで家が建っていたであろう場所のいくつかが、茂みと木々が育つ林や森みたいなスペースになってる。


 これは一体どういうことなんだろう?それに、私が倒したあの化け物はなに?


「周囲には見たことのない建物ばかり。私とアレクはさっきまで森にいたはずなのに」


「そうなの?」


 サーニャは首を回し、あちこちに視線を向けながら言った。


 それじゃあ、二人が地球にやってきたってこと?


「そして察するに、ああいった茂みや木々は私たちの世界、『マナレガリア』の森の一部だろう」


「えっ!?」


 彼女は、緑で生い茂る木立の一つを指さしながら言った。


 私の記憶では、あそこも家だったと思う。


「つまり、ミキのいた世界と私たちがいた世界。二つの世界が融和したってことだと思うんだよ」


「ゆうわ、ってなに?」


 急に分からない言葉が出てきた。


 私は頭が良い方ではないから、地球の言葉なのか、『マナレガリア』の言葉なのか分かんない。


「融和とは、異なる二つのものが混ざり合って良くなる、という意味だ」

 

 サーニャがスラスラと答える。


 なにそれ?ふざけてるの?


 ……それじゃあ、左腕を食われた兄貴がバカみたいじゃん!


「兄貴はそっちの世界の化け物に襲われたんだよね?それが良いことだったってわけ!?」

 

「落ち着いてくれ、ミキ。そういう意味じゃない。お兄さんが大けがを負ったのは非常に残念なことだ。そうじゃなくて、大局的に見て、良い意味なんだ」


「分かんない、なによそれ!」


「その説明をこれからする。きみと関係の深いことだ」


 またわけの分からないことを……、と思ったけど、私が分かろうとしなくちゃいけないよね。


 融和?した世界には化け物が棲みついてるみたいだし、さっきのように戦わないといけないんだから。


 さっきは兄貴のことを悪く言われたと思い、怒鳴ってしまった。反省しよう。


 道路を横切る森を迂回しながら、私は頭を冷やす。


「二つの世界、融和の良い意味というのはね」


「うん」


「図らずも、きみが勇者として魔王と同じ世界にやってくることができた、という意味だよ」


 魔王?


 確か、一番悪いやつのことだよね。ゲームでよく出てくる。


 それは分かるんだけど、言われた言葉の意味が分かんない。説明が説明になってない。


「……どういうこと?さっぱり分かんない」


「きみは、魔王を倒すために呼ばれた聖剣の使い手、勇者なんだ」


「ごめん、まだよく分かんない」


 ちんぷんかんぷんだ。


 もし、地球に住んでいる私が勇者に選ばれたとしても、世界がおかしくなった理由にはならないよね?


「私たちの世界『マナレガリア』には元々、『マナレガリア』で一番強い魔物、魔王がいる。魔物というのは、先ほどきみが倒した獣のような生き物の総称だ。ここまではいいかい?」


「う、うん」


 突然、サーニャの説明が早口になる。


 難しい話だけど、理解しなくちゃいけない。 


 集中だ、私。


 行く手を阻むような森に突き当たり、中を警戒しながら大きく左に回り込む。


「そんな折、私たちの住む王国の王族が、勇者召喚をしようとした。そして転移魔法陣を使い、勇者、ミキを『マナレガリア』に召喚しようとした。いいかい?」


「うん」


 『しようとした』っていうことは、失敗したってことだよね?今こんな状況になってるんだし。


 両脇の森を睨みながら、速足で安全な場所まで移動する。


「しかし、なんらかの原因により転移魔法陣が暴走し、二つの世界が融和してしまった。でも、これは見方を変えると、勇者と魔王を同じ世界に集められたとも言えるんだ。分かったかい?」


「なんとか……」


 分かったような、分からないような。


 結果、魔王に勇者をぶつけることができるから、『マナレガリア』の人にとっては嬉しい誤算だった、ってこと?


 私は足を動かしながら頭を働かせ、疑問に首を捻った途端……。


「魔物だ!」


 アレクが大きく叫ぶ。


 民家の屋根から、三メートルくらいの大男みたいな魔物が降ってくる。


 肌は青く、額には大きな角が生えている。


 地球では妖怪として知られている、青鬼みたいな風貌だ。


「ここは俺に任せろ。三人は周りを警戒してくれ」


「じゃあ、私も戦う」


 右手の剣をぐっと握り締め、アレクに加勢を申し出る私。


 ちょっと恐いけど、一刻も早く魔物を倒して、兄貴を安全な場所に運ばなきゃ!


「いや、ミキには俺の戦い方を見てほしい。剣士としての戦い方を」


「……分かった」


 戦闘に慣れてそうなアレクに強い口調で言われたら、引き下がるしかない。


 確かに、私は剣を扱う者の心得が分からない。あのとき、魔物を倒せたのも偶然の産物だ。


 これからは地球人としての逃げ回り方ではなく、勇者としての戦い方を学ばなければならない。


 納得した私は数歩後ろに下がり、剣を下ろす。


 その様子を見届け、彼が剣を抜いた。すらりとした刀身が銀色に輝いている。


「では、いくぞ!」


 かけ声を上げ、アレクが魔物に向かって走る。


「グオオオオ!!」


 大きな咆哮を放った鬼の魔物は、右の拳を握り締める。


 そして振り上げた拳を、アレクめがけて落とす。


「はっ、当たるわけないっ!」


 彼はそれをヒラリと避け、拳が地面に叩きつけられる。


 魔物の攻撃はあまりにも拙く、単純な暴力としか言いようがない。


 なのに、いとも簡単にアスファルトが砕け散り、地面が陥没する。


「魔物のパワーは計り知れない。本当に、お兄さんがあれだけの傷で済んでよかったよ」


 サーニャが私に教えてくれる。


 私もそう思う。


 もし、兄貴があの化け物に食い殺されたら……。


 私は、この世界を許さないだろう。


「グオオオオオンッッ!!!」


 鬼はゆっくりと、地面に埋もれた右の拳を引き抜こうとする。


「ふっ」


 その隙に、アレクが再度接近する。


 両手に握った剣を、後ろに大きく振りかぶる。


「まずはっ!」

 

 アレクの一太刀。


 すれ違いながら横薙ぎに放った一閃が、魔物の右腕を半ばから両断した。


「聖剣は、魔物に対して絶大な威力を誇る。ミキだったら、今の一撃で魔物は死んでたよ」


 魔物の背後を取ったアレクが、素早く振り向く。


 同時に、魔物は緩慢な所作で体を動かし、後ろを向こうとする。 


 だけど、その隙を許さない。


 剣を素早く引いたアレクが、突きの構えを取る。


 魔物が腹をよじらせ、彼の方を向いた瞬間。


「これで終わりだっ!」


 アレクが叫び、二、三歩ステップを踏みながらジャンプ。


 そして最高点で、突きを放った。


 振り向きざまの魔物の喉笛に、勢いよく剣が突き刺さる。


「オオオオ……オ…オ……オ……」


 強烈な一撃に、一瞬魔物の動きが止まる。


 その間に素早く剣を引き抜くアレク。


 鬼の首元から鮮血が噴き出す。


「ふっ」


 彼はそれを避けるように、大きく後ろに下がる。


 鬼の魔物は恐ろしい形相のまま、残った左腕で首を押さえながら倒れ込んだ。


「こういう感じだ。分かったか?」


「………」 


 私は絶句してしまい、アレクに言葉を返すことができない。


 鬼は倒れたまま、ピクリとも動かない。


 ものの数分で、魔物が沈んだ。


 これが、剣士の戦い方。


 私が果たすべき、使命の形なの?



 ※※※



「体を上手く動かせるかどうかは分からないけど、どうすればいいかは分かった」


 アレクと合流し、再び歩き始めて数分後。


 私は率直な感想を言った。


 要は敵の攻撃をもらわないようにして、こちらの攻撃を叩き込む、ってことだよね。


「見たところ、ミキは身のこなしが良さそうだ。すぐにできるようになるだろう」


 アレクに褒められる。

 

 本当にそうかな?昨日まで普通の高校生だった私に、あんなことできるわけないと思うけど。


 と胸の内で考えていたら……。


「す、すいません!」


 突然、前方の家の中から女性が飛び出してきた。


「大丈夫か?」


「え、ええ、私は……。でも娘が、娘が大変なんです!」


 すかさずアレクが走り寄り、女性を抱き止めた。


 女性は彼の格好を見て一瞬驚いたみたいだけど、言葉の通じる相手と分かったらしく、彼に助けを求めた。


 が、次の瞬間。


 ドガアアアンッ!という音と共にブロック塀が崩れ、頭に腕の生えたムカデのような魔物が現れる。


「キュワ、キュワアアアアアッ!チキチキチキッ」


 位置としては、アレクと私たちの間だ。


 彼と助けを求めた女性が、魔物により分断される形になった。


「問題ない!」


 アレクは驚きつつも、素早く臨戦態勢に入る。


 魔物は彼の方を向いており、私に背を向けている状態。


 私が後ろから攻撃すれば……。


「待て、あれは!」


 そう思った私が一歩進んだところで、サーニャが魔物を指さす。


「まさか……」


 彼女の示す先に視線を向ける。


 よく見ると、魔物の腕には小さい女の子であろう人が握られている。


 残念だけど、もう、あの子は……。


 そう思った瞬間。


 私の胸の中で、なにかが燃えた。


「私がやる」


 昨日までは普通だった世界が変わり、死が身近になった。  


「キュ、キュワアアアアアアアッ!!チキチキッ」


 私の声に反応し、魔物がこちらを振り向く。


 同時に手に持っていた、人だったものを投げ捨てる。


 やめろ。


 聖剣を深く握る。


「許さない」


 でも、兄貴も、助けを求めた女性も、その娘さんも、失われていい命じゃない。


「キュワアアアアアアアアアッ!!」


 頭部を持ち上がらせ、Sの字に体をくねらせて威嚇する魔物。


 聖剣を振りかぶる。切っ先を後ろ斜め下に置く感じ。


「私がお前を……」


 人も魔物も、どちらも同じ命なら……。


 私は、人の命を守る。


「チキチキチキッ」


 バネのように体を大きく伸ばし、こちらに突進してくるムカデの魔物。


 柄をきつく握る。血が出そうなくらいに。


「殺す」


 私は人類の希望、勇者だから。


「チキチキチキチキッ!」


 魔物の大きな顎が目前まで迫る。顎どうしを打ちつけ合う音がうるさい。


 聖剣を大きく振りかぶる。


 そして、全力で振れるくらいの角度で腕を止める。


 腰を落とすとか、両足を広げるとか、そういうことは分からない。


 だから、しない。


 代わりに、殺意を持って、希望を乗せて。


 けれども力を込めすぎず、筋肉は程よく緩めて。


「キュワアアアアアアアアア……」


 ここ。


 生き物が最も油断する、攻撃寸前の、このタイミング。


 一瞬だけ、腕を全力で振る。


 ビュンッと、空気を斬る音がした。


「ア……ア…ア……」


 聖剣はなんの抵抗もなく滑り、ムカデの体に切れ込みを入れていく。


 そして、魔物の頭部から胴の中ほど辺りまで、真っ二つに両断した。


 二つに分かれた胴体が、私の両脇を通り過ぎていく。


「わっ」


 ちょっと遅れて、断面から赤黒い血が噴き出してくる。


 けど、ここまで飛んでこないし、動かなくても大丈夫か。


「すごいよ、きみ」


 離れたところに避難していたサーニャが声をかけてくる。 


「でも……」

 

 なんとか、魔物を倒すことが出来た。


 でも私は、泣いていた。


「女の子を守れなかった」


 涙で視界が歪む。

 

 あのとき魔物が握っていたのは、頭のない子供の体だった。


 あのお母さんの、娘さん。


「これが……、勇者になるって、ことなの?」


「ああ、そうだよ。きみに課せられた使命だ」


 気が付いたら、大粒の涙がこぼれていた。


 助けられなかった。幼い少女を。


「この先、こういう……、ことが続くの?」


「そうだろうね。きみはこれから先、何人もの死に立ち遭うことになる」


 私はサーニャに飛びつき、胸を借りて泣き出す。


 とても、耐えられる気がしない。


 人の死が当たり前の世界になっても、人類は私の手にかかってるっていわれても。


 耐えられないよ、この悲しみに。


「今は泣くといい。まだ、泣けるときだ」


 サーニャの数々の言葉は、私の胸に重く深く突き刺さっている。 


 『きみに課せられた使命だ』、『何人もの死に立ち遭うことになる』、『まだ、泣けるときだ』。


 耐えられないよ、私。


 私は嗚咽を漏らし、サーニャの懐で泣き続けた。

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