第25話 レベル


 レベルとは――


 この世界にはレベルという概念があり、それが大まかな強さの指標となる。

 分かりやすく例を挙げるなら、アワンの現在のレベルは『8』。冒険者でいうところの九級に該当するレベル。そしてアズラの現在のレベルは『42』。冒険者でいうところの三級に該当するレベル。


 アズラはまだ十代という若さで、ざっと上級冒険者と同等の強さを持っているということ。おそらく単騎でアズラとまともに戦える人間は、例外エバを除けば世界に10人もいないだろう。俺が言うのもなんだが、彼女は世界一の大国の軍部のトップに恥じない強さを持っている。かといって姉のアワンが弱すぎるというわけでもない。これは比べる対象が悪い。


 アワンはむしろ根っからの文官にしてはレベルは高い方だ。冒険者でいうところの最下級ではあるが、その中では上の方。つまり彼女はああ見えて、みっちり鍛えられた兵士一人と同等の戦闘力を持っている。たぶんここにいる下っ端兵士と殴り合いをさせてみても、結構いい勝負をするだろう。させないが。


 アワンとアズラの二人が戦えば、結果は見えている。というか、既にこの対戦カードは結果が出ている。

 しかしレベルの数値の高い方が必ず勝利する、という単純な話でもない。


 戦闘は、「経験」「頭脳」「情報」「精神」「地形」――その他様々な要因が複雑に絡み合い勝敗を左右するからだ。

 レベルが高い方が有利、というのは揺るがない事実だが、絶対ではない。

 相性もあるし、例えば前線で戦う兵士と後方支援する兵士が同じレベルで戦ったとして、勝負になるかという話だ。


 つまり無理やりまとめてしまえば、勝利の可能性を測る数値――それがレベルだ。

 鵜呑みにして胡坐をかけば馬鹿を見るが、上手く活用すれば有利に運べる。レベルという概念も、使い方と使い手次第でどうとでもなるという情報戦の枠組みを越えるものではない。

 とはいえ、レベルが敵に知られれば不利になるというのは周知なため、自分のレベルは隠すのは基本中の基本となる。

 上記の理由から同時に、他人にレベルを聞いてはならないという暗黙の了解もこの世界にはあった。


「39です」


 俺の正直な自己申告に、目を見開いたのはアナーク。絶句したのはアワン。

 エバは少々意外そうな顔を一瞬見せただけだ。


「……そうですか。そちらの彼女は?」


 どうすればいいかと指示を仰ぐように見てきたアワンに対し、俺は首を縦にふる。正直に言っていいと。

 レベルに、真実か嘘か証明する術は、通常ない。ならば嘘をつく必要もない。正直に言って、それをどう受け取るかは向こう次第だ。


「……8です」


「なるほど。それだけのレベル差があればカインの……あっ、カインと呼んでもいいですか? オルキヌス殿では、オルカがチラつくので……」


「もちろん」


 他人に呼び捨てにされたからといって、特段気にはならない。名前なんて好きに呼んでくれという感じだ。流石にカチンコチンチンコ、とか言われるのは勘弁だが。いや勘弁か? むしろご褒美では?

 性への新たな可能性を模索しつつも、並行作業で表面上は快く許可を出しながら、案外律儀なんだな、などと失礼なことも内心思う。

 自分で言うのもなんだが、実に器用な脳みそだ。


「ありがとうございます。私もエバでいいですから。――それで話は戻りますが、それだけのレベル差があれば、カインと腕力で拮抗できるはずはありませんね。Aが何らかの影響を与えたのだと思います」


 分かっていたことだが、これだけの戦闘熟練者の後押しがあることは大きい。自分の考えに自信が持てる。少なくとも大きく間違ってはいないと。


「そこで気になったのが、今回の魔獣たち。私の認識が正しければ、従来のものと何か特別な変化があったようには見受けられませんでした。アリエス様の認識は?」


 先ほどエバと呼ぶようにと勧められたことなど、なかったかのようにこれまで通りに呼ぶ。

 あれは社交辞令の類だ。あれを鵜呑みにして上司を呼び捨てにする、もしくはファーストネームで呼ぶ人間の方が少ないだろう。もし仮にいたとしても、そいつはたぶん次の日にはその組織からいなくなってる。

 それにこの人をエバ、なんて呼び捨てているところをもし誰かに目撃されれば事だ。付け入る隙は見せるべきではない。


「私も同じですね。強化されているようには見えませんでした。ならば、同じ術者ではない? 憑依型であれば、魔獣を複数操れるのも変ですし」


「その前に、5000m以上離れた場所から遠隔で人間を操ることは可能なのですか? 他者の操作は、術者が近くにいることが絶対の条件では?」


「可能か不可能かで言えば、可能です。条件型であれば」


(やはり……条件型)


 難易度の高い条件をクリアしていくほど、威力や精度が上がるタイプの技術スキル。他の難度の高い条件があることで、本来その系統の技術スキルに絶対の条件をも無きものに出来る。

 技術スキルは通常のものと、この条件型とに大きく二分される。

 総じて条件型は、個人が保有している技術スキル――特殊技術ユニークスキルに見られることが多い。


「例えば接触型の技術スキルであれば、一度触れた者をマーキングし、遠距離から操ることができます。身体能力が低く、さらに攻撃能力も低いタイプの魔術師ならば、発動条件はクリアできます。そちらの覚えは?」


 エバの問いは、Aにアワンが接触されたのかどうかという問いだろう。

 それで言えば、答えは分からない。

 仮にアワンが触れられたことがあるとすれば、敵は国に侵入して、気づかれずに去って行ったということ。

 俺が城にいた二年前より以前に、そんなことがあったとは思えない。ならばこの二年間に起きたのか。だがあのアズラが城への不法侵入を許し、さらに出し抜かれることなどあるのか。


「…………ないかと思います。私が肉体的接触をしたのは、この二年で母とアズラ、アクレミア様……そしてカイン様だけです」


 肉体的接触で何か思いだしたのか、俺の名を呼ぶときに少し頬を染めてみせるアワン。これでは邪推するなという方が無理だろう。

 エバはまだいいが、アナークの方は見れない。14歳の少女にこの美人を抱いてやったんだぜ、と胸を張れるほど俺は図太くはない。


「…………関知はしていない、ということですね。では他の条件型かもしれません。特別な特殊技術ユニークスキルという線もありますし」


 幸い、エバは大人のスルーを見せてくれた。ありがたいことだ。


「同じAと仮定すれば、人間と魔獣、全く異なる枠組みに位置するものを操ったことになりますが、それも可能ですか?」


「この場では、条件次第と言う他にありません。私は、それらは別の能力である可能性が高いと思います」


 つまり、分からないということ。

 だが、エバの中の常識では少なくとも可能ということだ。口ぶりからして、全く同じ能力ではなく、同じ人間の別の能力。系統特化型の魔術師ならば似た技術スキルを複数持っていてもおかしくはない。

 収穫はあった。決して不可能ではないと知れただけでも大きな情報だ。


「あなたが急いでいた理由がよくわかりました。確かに、悠長にしている時間はなさそうです」


 他人事のように呑気なことを言うエバに対し、理不尽な怒りを一瞬抱くが、すぐに消え去る。

 この人は表面だけだ。勘だが、内心は穏やかではないはず。この立場を預かっている人間が、この内容を聞いて平静でいられるはずが無い。


「単刀直入にお聞きしますが、どこまで頼れますか?」


 世界最強の女、エバ・アリエスの力はどこまで貸してくれるのか。

 力は本物。話してみた感じ、胸襟は開けないタイプだが、少なくとも馬鹿ではない。むしろ利害が一致すれば協力関係は築きやすいタイプと見た。

 この内容を聞いて、放置は愚策と判断しない女ではない。必ず早めに手を打つはず。


 エバは目を伏せ、熟考する様子を見せる。

 俺は人知れずほっと胸を撫でおろした。少なくとも真剣に考えてくれている。即座に取るに足らない案件だと投げ捨てられることはなかったと分かって。

 やがて答えが出たのか、エバは顔をあげた。


「申し訳ありませんが、私はここを動くことはできません」


 予想通りだったが、予想外だったのは彼女の心情だ。

 珍しく、本心から遺憾だと思っていそうな顔だった。

 彼女の本音を言えば、自分自身の手で早期に片付けたかったのだと、その姿から察した。

 そして確信した。彼女は世界のことを第一に考えていると。

 同時に悟る――


(あの内容から俺の知らないことを読み取ったか……やはり敵は、20年前に関係している……)


 そうとしか考えられない。

 でなければエバ自身がここまで頭を悩ませる理由はない。

 それが分かっただけでも実りある時間だった。やはり敵は、小物ではない。

 決して油断はできない大物。命がけの戦いになる。


(あとは出来るだけエバから情報を引き出し、事が大きくならないように慎重に進めていく必要がある)


「とはいえ、大軍を編成するのはあなたの望むところではないでしょう」


 大事にしたくはないというこちらの思惑を容易く見抜いてみせるエバ。

 まあ、そうおかしな話でもない。俺が急いでいることは察していたようだった。ならば急いでいる理由が逃げられるかもしれないから、ということにも気づいていたことだろう。

 俺よりも敵の発言に訳知り顔なエバならば、俺たちの行き先も既に見当がついているのかもしれない。


 俺はエバの発言を、邪魔はしないという旨のものだと受け取った。

 正直、それだけでありがたいほどだ。下手な加勢は邪魔になる。事を大きくすれば反って動きにくなる。それをくみ取ってくれたのだ。

 彼女はこの立場とは思えない程、弁えている。

 しかしその考えは、全くの見当違いだった。


「代わりに、このアナークを連れて行ってください。きっと役に立ちますから」


 背を押されて前に出たのは、赤髪の少女アナーク。

 同じく赤い瞳が、それはもうこぼれ落ちんばかりに見開かれ、母親を見た。

 エバはそんな娘の仰天した態度を、不思議そうに小首を傾げて黙殺した。

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