第23話 世界最強の力


(これは……どうにもならないな)


 絨毯爆撃によって肉塊へと変わっていく魔獣たちに同情の念すら抱きながら、俺は眼前の光景をぼんやりと眺める。

 実際は絨毯爆撃と評せるほど無差別な攻撃ではないが、心情的にはまさにそれだ。いや、もはや恐怖爆撃と言った方が適切かもしれない。魔獣たちを応援する気持ちすら湧いてくる。


「次。アナ」


「はい! <保守テーレオ―>、<堅固ステーリゾー>」


 第一陣があっという間に殲滅され、第二陣を迎え撃つ用意が開始される。

 砲撃で魔獣たちが足止め、誘導されている間にアナークが城壁、城門に防御系の魔術を付与し、エバの爆撃による余波の対策をする。


「<停滞メノ―>、<圧迫シュネコ―>」


 魔獣たちがある程度近づいてきたら、アナークの拘束系の魔術で動きを止め、準備が完了したらエバの魔術による攻撃だ。

 淀みない動作。経験値もあるだろうが、おそらくはこれまで何度も繰り返してきた手順。無駄がない。


(エバは噂通り……四大元素系の根源魔術師アルケイスト。アナークもあのナリで魔術師か……)


 鎧を着こみ、兜まで被っていたから天術師と誤認していた。まあこの最前線、そして範囲も狭い戦場だ。動きやすさよりも守りを優先したと考えて矛盾はない。もしくは誤認させることも目的の一つか。


(防御系特化……か? だが拘束系の方が威力は高いようにも見える……)


 俺が見たところ、彼女のレベルは冒険者でいうところの中級に差し迫ったあたり。決して高すぎるというわけではない。年齢から考えればやはり才能は高いが、それでもエバと並んでしまえば見劣りする。いや、それは誰であってもか。

 

(24、25……? もっと高いか? ……アクレミアがいればな)


 ないものねだりは意味がないと分かっていても、彼女の能力は便利過ぎてついつい頼りたくなってしまう。

 ちなみにエバのレベルは考えない。俺が測れる範疇にないからだ。

 オルカやミアを見た時にも感じたが、彼女たちは人間の枠には収まっていない。


(<焼尽エスシオ―>でも<燃焼カイオー>でもなく、ただの<ピュール>か…………)


 当たり前のように無詠唱、当たり前のように連続発動。

 肉塊と化すために突っ込んでくるような魔獣たちを眺めながら、それを行っている女について考える。

 アワンの言が正しかったと。


(確かに……敵と想定してどうなるというのか。この女が敵に回った時は、もう諦めるしかない)


 それほどの化け物。

 俺も幼少期と比べれば著しく成長している。頭を使えば何とかなるかと思っていたが、今一度現実を突き付けられた。これはもうそういう次元ではない。

 一体何と戦えば、ただの人間がこれほど強くなれるというのか。


「……カイン様」


 後ろから不安そうな声が聞こえてくる。

 エバの力を、頼もしいと感じている者の声ではなかった。そこにあったのは、やはり恐怖だ。

 気持ちはわからんでもないどころか、今なら強く共感する。

 この女がかつての魔王だったと言われても、俺は納得するだろう。


「さて、残りは……ばらけてますね」


 見れば、固まって突っ込んでくる魔獣たちはあらかた掃討し、残るは外されたのか、または足並みがそろわなかったのか、はぐれた個体だけだった。

 とはいってもまだ100体以上はいるし、特別弱い者が残った、というわけでもない。

 このデカい要塞から見下ろせば少なく見えるのだから不思議だ。


「続けて、こちらへ誘導しますか?」


「待ってください」


 エバがこの現場での指揮官らしき男を止める。

 そしてなぜか、俺に顔を向けた。


「カイン・オルキヌス」


「なんでしょう?」


 薄々察していたが、本気かと思ったのも事実だ。

 常識的に考えれば、そんなことを言い出すとは思えない。

 しかし、こういった時にこそ直感というのは当たってしまう。


「我々に見せてはくれませんか? 世界最強の血の力を」


 弱肉強食、盛者必衰のこの世にあって、もっとも重要な力。


 ――武力。


 それをこの場で示せ。


 現世界最強の女の無茶ぶりに、俺は即座に首を振った。




***




「……支援は?」


「不要だ」


 俺は首を縦に振ってからすぐ、壁上を静かに歩き出す。

 途中で援護はいるかと問いかけてきたアナークをきっぱりと突き放す。手出しするなと。

 表面上は冷静さを維持しながら、心の中で嘆息する。

 臆していると受け取られないようにすぐに行動に移したが、それにしても中々無茶を言う女だ。というか無茶苦茶だ。

 現世界最強の女が力をふるった後に、世界最強の力を見せてくれとは。俺じゃなきゃブチ切れてる。だってこんなのエバより凄いとこ見せろと言ってるようなもんだ。無理だろ普通。

 「口が旨いのはよくわかりましたけど、この世は口だけじゃ生きていけないですよ。だって魔獣には言葉は通じないですし。嘘だと思うならお喋りしてきますか? ほら、あそこで(指差し)」と、そんな心の声が聞こえてきそうだった。完全な被害妄想だが、たぶん近いことは思っているんじゃないかと思う(偏見)。


 あの女の魔術の威力は紛れもなく世界最強。

 おそらく四大元素系の根源魔術師アルケイスト。その中の火の属性、火術師イトシストだろう。

 あれより劣った印象を与えるわけにはいかないというのが絶対条件。最低でも、同等であるという印象は持たせないと意味がない。

 だが、そんなことはまず不可能だ。なぜなら俺も四大元素系の根源魔術師アルケイスト。同じ土俵で勝負すれば、実力差は浮き彫りとなってしまう。


(どうしたものか……)


 堂々と歩いて見えるようにゆっくりと歩を進めたが、あっという間に壁面すれすれまで到着してしまった。

 追従してきたエバ、アナーク、兵士たち、そしてアワンの視線を背中に感じる。

 皆一様に黙っているが、俺には聞こえる。「見っせーろ! はいっ! 見っせーろ! はいっ! 世界最強の血見っせーろ! はいっ!」

 やはり被害妄想だが、実際要求はそんな感じだ。普通に殴りたい。


 エバの手は当然だが、アナークの手も借りるわけにはいかない。

 補助があったから、支援があったから、そんな付け入るスキは与えない。

 正真正銘俺一人の力で、紛れもない世界最強の血を引き継いでいると、この場に知らしめなければならない。


「……え?」


 背中に届いた唖然とした声は、誰のものだったか。

 前しか見ていなかった俺には、もはやどうでもいいことだった。


 上空50メートルを超える高さから、飛び降りる。

 強風に吹かれて、というわけではない。それが周囲にしっかりと伝わるように、俺は明確に自分の足で飛び出した。

 膝を軽く曲げるだけの動作で衝撃を完全に殺し、大地に着地する。

 俺にとっては特に何でもない動きだが、周りにはどう伝わっただろうか。


(まあ……今は前か)


 餌が眼前に降りてきたことを認識して、魔獣たちの目つきが変わる。

 壁上から確認していたが、やはりどれも高レベルの魔獣。こうも複数の魔獣たちがまとまって動くことなど、本来考えられない。


(<反教底位パルス>)


 渓谷を音無き音が反響し、一瞬で対象の位置が割り出される。

 魔獣たちの数、大きさ、位置。その全てが丸裸となる。


(……186体)


 しかし操作していると思わしき術者の存在は、確認できなかった。

 自然的な災害ではない。この現象には、間違いなく知的生命体の意図が介入している。

 そして生物、操作とくれば、嫌でもあの夜のことを思い出す。術者を結びつけてしまうのは必然。

 前回も俺の技術スキルでは感知できなかったが、この場に存在しないと決めつけることもできない。奴ではないと断じることもできない。まだその可能性を切り捨てられるだけの根拠はないのだから。

 ならばわざと苦戦した様子を見せて術者を誘うか、それとも大地を操作してフィールドに揺さぶりをかけてみるか――。


(それが狙いかもしれないが……おっと)


 真っ先に突っ込んできたのは、<多毛羊クリスクロス>。名前は可愛らしいが、この中では最も高レベルな魔獣だ。

 一見丸々と肥えて見えるが、その大部分が硬質な毛。隠された本体は子供のように小さい。柔らかそうにも見えるこの多毛での突進で、一体どれだけの人間が死んでいることか。

 油断はするな、見かけで判断するなを地で行くような魔獣。火蓋を切るにはちょうどいい難敵。

 俺は最低限の動きだけで突進を躱すと、体を後ろに倒すようにして右足を振り抜いた。


「ふっ」


 表面の毛の束を容易く捉え、その奥へ。

 メキメキと骨が砕ける音と同時に、肉が潰れる感触が右足に伝わる。

 致命的なダメージを与えられたと確信すれば、後は吹き飛ばすだけだった。


 ――ドゴォーン!!


 前に飛ばして魔獣たちにぶつけるのではなく、敢えて後ろに蹴り抜き、壁に激突させた。振動は上にも伝わったことだろう。

 当然狙ったのはノーチスパージランで守られた部分ではなく、門の中心あたり。最も振動が上に伝わりやすいであろう箇所を狙った。蹴りの威力を勝手に拡大解釈してくれるとありがたい。

 門の中心には血の献花と、ピクリとしか動かなくなった魔獣の姿。激突の際に頭が潰れたのが見えた。まず死ぬだろう。


 落ち着いて前に向き直れば、そこには猛然と駆けてくる<人喰虎チャンパーワット>と<人喰熊マイソール>。

 物騒な名前だ。現物を見れば納得しかないが、もっとなんとかならなかったものか。たぶん名付け親は人が食われる姿を見ながら命名したか、命名しながら自身が食われてるかのどっちかだろう。

 どちらも全長は2メートル半ほどとそう大きくはないが、肉食と分かっているだけでなぜこうも恐ろしいのか。おそらく自分が食われる想像を嫌でもしてしまうためだと思う。というか名前からしてもう「お前食うぞっ」て言ってる。そして目の前のこいつらは絶対に「お前食うぞっ」て思ってる。


 仲良く襲い掛かって来る両者を、今度は拳だけで迎え撃つ。

 まるで生粋の戦士職かのように。


(魔術で張り合っては勝ち目がない。あくまで目的は、この程度は余裕で対処できると印象付けること)


 大地に降り立った今、本来この程度の数は瞬く間に無力化できることだろう。しかしそれは、魔術を使用した場合。

 だがそれでは先も言ったように、よくてエバに届くか届かないかという印象しか残せない。それでは意味がないのだ。

 だからこそ、自身の身体能力を前面に押し出す。

 武器を持たない格闘戦で、この数の魔獣を圧倒できるという事実を残す。当然その場合手加減はなしだ。エバにはできないことをして、強さを見る者の目に刻み込む。


 敵も見ているかもしれない現状で、あまり全力は見せたくないというのが本音ではあるが、今回は見えない敵よりも、見える利益を優先することにした。エバに協力を依頼する意思が固まった今、力を疑われるのはデメリットしかない。

 それにあの夜の奴――通行人Aには、もう俺の腕力は割れているのだから大した損失でもない。得意な魔術を見せるよりはよっぽどましだ。


(……あの夜のとか、奴とか、呼びにくいな。Aでいいか)


 因縁のある相手、少なくとも俺が今世界でもっとも注目している相手に対し、適当な命名を済ませる。

 たぶんこいつらの名付け親も、こんなふうに思い付きで決めたんだろうなと思いながら。

 一緒にすんなと声を荒げる過去の学者たちを無視して、俺は現実に向き直る。俺は過去は見ない男なのだ。


 理不尽な名前を付けられた鬱憤を晴らすように突っ込んでくる二体。人間への怒りの牙を躱すと、拳を振り抜き、二匹の首をへし折る。

 狂暴な魔獣たちはたったそれだけで、口から泡を吹きその場へと崩れ落ちた。

 

(<誇獅子スカーフェイス>、<神救鰐ギュスターヴ>、<人踏ブラック・ダイヤモンド>――――)


 残る魔獣とレベルを順に確認していく。

 魔獣は個体差があるためレベルなどはあくまで指標に過ぎないが、それでも知っていて損はない。当然だが、弱点などの重要情報は把握しておくのが最善だ。


(あの女は弱点なんて関係ないって感じだったが……)


 所々に、というかほぼ血肉で埋め尽くされている大地を踏みしめて辟易する。

 靴を洗うのが大変だ、などというつまらない理由からではなく、俺の能力の条件的にマイナス面を感じて。本当に、俺が嫌がることしかしてこない人だ。

 内心愚痴を溢しながら、俺は少ない地面が見えている箇所を踏みしめると、今度は自分から前に出た。

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