第16話 生まれながらの咎人
(……ルルワの妹だったか。気づかなかった)
確か、ルルワの2つ下だったはず。
ならば現在14歳ということか。若い。この若さで既に重要拠点の上役とは。
娘の横に並ぶ母親を、同時に視界に入れる。失礼だが、コネ採用を真っ先に思いつくのはむしろ自然なことだろう。当然、おくびにも出さないが。
「立派になったな。見違えたよ」
意図的に褒めたが、お世辞ではない。
記憶の中の幼女の姿とは全く異なる。立ち振る舞いは既に立派な兵士だ。
それに若さから考えれば、この気配の強さはかなりの将来性を感じさせる。まあ親がこれなら納得しかないが。
「ありがとうございます。先ほどは失礼を。お世話になったことは覚えているのですが、なにぶん自分は幼かったものですから……」
無理もない。
最後に会ったのは俺が7歳の時だから、彼女は4歳だ。覚えてないのは当然だし、フードを被った男を既知だと察しろというのは難易度が高すぎる。
彼女の対応も、俺はそこまで失礼とは思わなかった。儀礼的無関心な態度に若干の距離さえ感じるが、ほぼ初対面の他人ならむしろ自然な態度だろう。
それに幼少期の頃の彼女はさらに病的なまでに俺を避けていたというのだから、このごく普通の振る舞いに成長さえ見出してしまう。
俺は気にしていないと手を横に振る。まさかこれから特大の失礼をかまされるとも知らずに。
「ですが、お噂はかねがね。どうやら見違えられたようですね」
あっけにとられる。
背後のアワンの息を飲む気配をはっきりと感じたほどだ。
直近で不幸があった人間に対し、噂は聞いているという旨の発言。
どこまで詳細に伝わっているのかは知らないが、これでは「おうおう聞けば国から追い出されたらしいな。確かにお前は国王には見えねえよ。落ちたね~」とそんなふうに聞こえてしまう。これは俺の穿ち過ぎではなく、この状況と言葉選びなら誰だって連想することだろう。
心境を探りたいが、軽い挨拶だけを済ませるとアナークは目を伏せて引き下がってしまった。
俺の経験則では、この感じは黒だ。14歳の子供だから言葉を選び間違えたのではと思ったが、どうやらそうではないらしい。
(……好かれてはないな)
「…………今日はここで骨を休めてください。部屋を用意させますから」
母親は娘の発言をどう受け取ったのか、窘めるような素振りはなかったが、それは客人の前だからか。滞在を勧めるエバからはこれといった感情が読み取れない。
まあ、どうでもいいか。久しぶりに会った知り合いというだけの関わり。今後二度と会うこともないだろう。
むしろ、これは非常に都合がいい。今はこの娘の無礼を利用させてもらうとしよう。
「いえ、我々はすぐに出立します。非常に残念ですが、嬉しい再会とはならなかったよう――」
「いいではないですか。お言葉に甘えましょう」
アナークの失礼な発言に怒って出て行った。
そういう体で丁重にお断りしようとした俺の発言に、待ったがかかる。
彼女が俺の発言を遮ってまで反対意見を言うのは珍しい。
思わず振り返ってしまった。
「申し訳ありませんカイン様。長旅で少し疲れてしまって」
瞳の中の感情を読み取る。
適当を言っているわけではないことなど、すぐに分かった。
彼女はここに留まることに、何らかのメリットを見出している。
「そうか。それは気づかなくて悪かった。アリエス様、そういうことですので、お世話になってもよろしいでしょうか?」
「ええ、勿論です」
***
客人用の一室が与えられる。
エバは俺とアワンでそれぞれ部屋を用意してくれたのだが、こちらから無理を言って二人一部屋としてもらった。
理由は言わずもがな、アワンの身を守るためだ。エロいことするためだろうというツッコミは受け付けない。
冗談で駆け落ちなんて言われたが、流石に関係は察されたことだろう。まあ元国王と美人側近での二人旅。手を出してない方が人によっては不自然に感じるかもしれない。少なくとも俺なら感じる。
俺はソファに腰かけると、右腕を広げる。
すぐに何もなかったスペースに極上の女体が収まった。
「それで? どうして止めたんだ?」
腰に手を回して、引き寄せる。
女は逆らわずに俺にその身を委ねた。
「はい。例の件で、アリエス様のお力を頼れるのではないかと思いまして」
(やっぱりな)
薄々、というか十中八九それだと当たりはついていた。
自然な考え方だし、たぶんこの件について異常なのは俺の方だろう。
「……気が向かないようですね」
女というのは、つくづく恐ろしい生き物だと思う。
特に自分の男の思惑を見抜く精度ときたら、もはや魔術のレベルだ。浮気をできる気がしない。いや、しないのだが。
「…………」
「あの娘が原因ですか?」
「まさか」
子供の挑発に一々腹を立てるほど、もう幼くはない。アワンも本気で言ったわけではないだろう。
「では、なぜ?」
じっと見つめられる。見つめ続ければ俺がいつかは口を開くと分かっている態度だ。流石に付き合いが長い。
これは隠しごとはできないな。やっぱり浮気は諦めた方がいいかもしれない。いや、本当にしないんだが。本当だよ?
俺は姿かたちの見えない何者かへと言い訳しながら、同じく姿かたちの見えない何者かの残した言葉をなぞり上げる。
アワンが発した言葉を、アワンへと聞かせた。
「下界の番人よ。貴様は生まれながらの咎人だ」
「汚れた大地に7つの霊命を贈る。罪人の血を息吹で雪ぎ、20年前に還す」
「手始めに、祖国の土を枯らす。大罪の果てに牧歌する野の羊たちよ、贖罪の時だ」
「戸口の罪は貴様を恋い慕う。愚者の原罪に、然るべき審判を」
「ゆめ忘れる事なかれ。私が必ず、貴様を裁く」
言い終わると、静寂が迎える。
何度繰り返しても、正気とは思えない。
「話は一通り伺いましたが、よくそんな緊迫した状況で聞き逃しませんでしたね」
「もっと褒めて」
正直、俺もそう思う。我ながらなんて記憶力の高さだ。
撫でてくれと頭を傾けると、ぱしりと叩かれる。我ながらなんて甘え力の低さだ。
ちなみにアワンはこのセリフを自分が口にしたことも、あの夜何が起こったのかも全く覚えていなかった。つまり操られた者は、記憶すら残らないという事。かなり強力かつ特殊な精神支配。通常のものとは全く異なるのは確か。
俺は携帯倉庫からメモを取り出すと、アワンにも見えるように手に持った。
アワンが俺の顔に自身の顔を揃えるようにしてメモを覗き込む。その場から動かずとも見えたはずだが、まるで俺に近づきたかったかのようだ。
「こうして字に起こしてもみたが、見れば見るほど分からん」
「罪、罪とやかましいですね。一体どれだけの女性の尻を撫でたんですか?」
「いや、セクハラ示威運動ではないだろ」
「それは残念です」
「え、参加しようとしてた?」
答えが返ってこない。え、冗談だよね?
もしかして冗談ではないのか。これ本当にセクハラされた女たちの抗議文なのか? 思い当たる節が多すぎて特定できない。これは困った。
「…………こうして落ち着いたことですし、腰を据えて考えてみませんか? たぶんここは今、世界で最も安全な場所ですよ」
メモを持つ手とは逆の手に、そっと重ねられるアワンの手。心を鎮めるように、包み込まれた。
まるで恋人のような距離、恋人のような仕草。
しかし、ロマンチックな空気にはならない。お互いに、情事が目的ではないと分かっていたから。
早くアワンの絶対の安全を確保したくて、逸っていた心を見透かされた。
絶対の安全とは、当然攻撃してきた者の殺害。俺は一刻も早く、不安要素を消してしまいたかった。
術者を始末しない限り、またいつあの夜のようなことが起こるかもわからないのだから、落ち着かないのは当然だ。
だがアワンの言も一理ある。おそらくは現在世界最強であるエバ・アリエスのいるこの場所こそが、この世で最も安全な場所だろう。
ここを攻めてくる度胸と、天下のエバ・アリエスに喧嘩を売れる度胸、そして何より実力を伴う存在が、世界に果たして何人いるか。俺でもやらない暴挙だ。メリットがないしやる意味もないのでそんな想定は意味を成さないが、気休め程度にはなる。
おそらくこの場所への滞在中に、あの夜のようなことが起きる可能性は限りなく低い。
一度立ち止まってじっくり考えてみてもいいかもしれない。もちろん、無駄に費やせる時間などないが。
「……一行目から、順を追っていこう」
胸を撫でおろす彼女の姿に、どれだけの心配をかけていたのかが分かる。
これではどちらが守る側か分からない。抱きしめたい気持ちを振り払って、俺は頭を切り替える。
下界の番人よ。貴様は生まれながらの咎人だ。
「『貴様』というのが俺のことを指しているのだと仮定すれば、『下界の番人』も『咎人』も俺ということになるな」
「それらの言葉に心当たりは?」
「ない」
アワンにあの夜の一件を説明する際に、既に交わしたやりとりだが、確認の意味も込めてもう一度繰り返す。よく考えてみるが、やはり心当たりはなかった。強いて言うなら、貴様という二人称はアズラが良く使うくらいだ。
「私の考えは、『生まれながらの』ということは、産んだ人間に罪があると言っているようにも聞こえます」
「逆説的にだが、俺もそう思った」
「それは二行目の、『20年前』という言葉ですね」
「ああ」
頭の良い人間との会話は、余計なやりとりが少なくて助かる。
こちらが何を言いたいのかをすぐに察してくれるし、適切かつ会話を円滑に進めるためのフォローまで入れてくれる。まあ俺たちの場合は、付き合いの長さも関係しているだろうが。
汚れた大地に7つの霊命を贈る。罪人の血を息吹で雪ぎ、20年前に還す。
「20年前……厳密には19年前に『人と魔の戦い』は終結した。今年も数えるのなら20年という数字にも矛盾はない。つまり――」
「敵は勇者に、つまりはカイン様の両親に恨みのある者。滅ぼされた魔王に
他ならぬアワンに言わせてしまったことを後悔する。
20年前、古くからこの世界で脅威であった魔王を打ち滅ぼし、魔の時代を終わらせた救世主がいた。
凡そ400年振りに勇者の祝福を受けた真の勇者の名は、ミア。
そのミアを筆頭に、数人の強者たちによって結成された集団は後に”勇者の一団”と呼ばれるようになる。
そしてそれら選ばれた勇者たちを率い、この世界を救ったのが――。
「オルカ……オルキヌス」
数百年ぶりに今世に生まれた伝説の女と、魔王を屠り世界を救った男。
その二人の血を引いて生まれたのが、カイン・オルキヌス。
つまり俺だ。
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