第6話 思い当たる節がなさ過ぎる

 ガランと、床に転がした槍が大きな音を立てる。

 その俺の行動を見て、アズラも己の得物の状態を確認したのち、床に投げ捨てた。刃先は当然俺の方にあったため、それはもはや金属の棒に過ぎない。あまりにも硬質かつ高価な金属の棒、という注釈はつくが。


 俺は対峙した数秒後にはもう、動き出そうとする。

 首謀者がアズラであるのならば、アワンとは話が違う。簡単に確保できるアワンとは違い、先に戦闘不能にする必要がある。その後尋問だ。

 彼女がクーデターの首謀者と分かった今、遊ぶ時間も、遊ばせる時間もない。即座の先制は当然のことだった。

 しかし室内にさらなる気配、それも複数が入ってきたのを確認した瞬間、その一歩目は止められた。


「……やはり、一族総出か」


 アズラの後ろに並んだのは、複数の男女。やはりここでも、女の割合が圧倒的に多い。

 いずれも褐色の肌を持ち、眼も眩むような美形ばかり。アワンやアズラの近親と考えれば納得だ。

 彼ら彼女らは、ある特別な一族。この国でも重要な、そして極めて異例の出自を持つ者達。


「ベンサハル一族。……なぜお前たちが」


 アズラが今回の一件の首謀者だと確定した時点で、一族そのものが離反した可能性は予測できた。しかし理由が分からない。アワンが血だらけで倒れている理由も。

 俺を真っすぐに見つめる複数の瞳からは、感情が伺えない。

 責めているようにも見えるし、悲しんでいるようにも見える。

 それとも、俺の今の気持ちがそう見えさせているだけだろうか。


「思い当たる節はないか。……ならばこそ、貴様は王には相応しくない。王の器に非ず。先代とは比べるべくもない程にな」


「…………」


 そんなことは、この俺が一番よく分かっている。

 7歳からおよそ10年間、国王をやってきたが、自分が王に相応しいとは一度として思ったことはなかった。10年間一度もだ。

 しかし、だからこそ王という地位と真摯に向き合ってきたという自負もある。才能がないと早い段階で自覚できたからこそ、努力もできた。

 国のために何ができるか、国王としてやらなければならないことは何か、ずっと模索してきた。考え続けてきた。その結末がこれなのか。

 あまりにも酷い仕打ちだ。正当な理由が無ければ譲れない程には。


「……不機嫌な理由を勝手に察しろと言ってくるめんどくさい彼女みたいだぞ、お前。理由わけを話せ。処罰はそれを聞いてからだ」


 流石にこの人数差では、容易くは踏み込めない。

 順序を逆にする必要がある。話を聞きながら、相手勢力の決心を言葉で揺るがすことができれば上々。なんとなく今回は辞めようか、などという曖昧な空気を作り出すことに成功すれば僥倖だ。何人かの心を揺らすことができれば、その揺らぎは伝播していく。集団行動というのは、ある面では足枷にもなる。


「…………いいだろう」


 俺の挑発にもならないような軽口にムッとした雰囲気を醸し出すアズラ。相変わらず煽り耐性がないし、すぐに顔に出る。この程度、アワンならサラッと流すか、嫌味を言い返して来るだろう。当然だが、姉妹でも中身は全然違う。


「貴様が我が一族を蔑ろにしたから。理由はただそれだけだ」


「……蔑ろに? 俺が?」


 思い当たる節が全くない。自身の率直な感覚としてはむしろ、優遇しているとさえ思う。これでは考えが真逆だ。


「覚えがないか。どこまでも苛立たせてくれる」


 そんなことを言われても、これは言いがかりの類だ。

 俺は宰相としてアワンを召し立てているし、アズラに至っては軍部のトップに置いている。

 軍部の高官、秘書官にもベンサハル一族の者は選出されている。もちろんこれは贔屓などではなく、あくまで実力で選考しているため、全ての人員を一族から選んでいるわけではないが、どう考えたって蔑ろには絶対にしていない。

 それは誰の目から見ても明らかだろう。内部にいる者ならなおさらだ。中には忖度が働いていると思う者さえいるはず。


「我らがこの国に下った経緯は?」


 ここにきてアズラも、俺の表情から誤魔化しなどではなく本当に心当たりがないのだと分かってくれたのか、教えてくれようと動き出す。

 俺は<反教底位パルス>でアワンの状態を確認し、人知れず安堵しながら答えた。


「俺の父親、先代国王が一族ごと吸収した。建国に際し、大きな力となったと聞いている」


「その通りだ。貴様の父親は一代でこの大国を築き上げ、我々一族を重要なポストに置いた。オルカ様からは我々一族への深い敬意と配慮の念を感じられた。与えられた役割にも、ことさら不満はなかった」


「俺には不満があったと? 記憶が正しければ、俺はお前たちにさらなる地位を与えたはずだが?」


 そうだ。

 俺の実の父、先代国王の筆頭秘書官に過ぎなかったアワンを宰相位に、筆頭使用人に過ぎなかったアズラを軍部の最高位に置いた。

 二人の知と武の才能に相応しいだけのポストを与えた。この国の実質的ツートップだ。これ以上の地位は国王しかありえない。

 王にしなかったのが不満ということだろうか。それでは本当にただの言いがかり、どころか子供の我儘だ。


「白々しい。不愉快だ」


 怒りを軽く通り越し、怒髪天を衝く勢い。

 彼女が言葉短い時、それは感情を押し殺している時だ。

 今にも決壊しそうなほどの激情が、アズラの全身を震わせる。視線だけで人を射殺せそうなほどに強く、強く睨まれる。


 ここにきて俺も、少しだけ苛立ちを覚える。何も悪いことはしていないのに一方的に責められるのは、流石にいい気はしない。そんな気持ちが、俺の言葉を硬質に変えた。


「回りくどい。さっさと結論を言え」


「…………先代国王が我々を使用人、それも貴様の身近に侍らさせたのは、我ら一族の血を取り込む目的があったからだ」


「っ!!」


 結論の一歩手前のような発言。しかしここまで言われて察せない程、俺も鈍くはない。一族の血を取り込む。血が交わる。誰が、誰と――。


 息を飲み、目の前に並ぶ女たちを見やる。

 そこには、俺が幼少の頃から世話をしてくれた者達ばかり。

 この一族は、正しく言えばこの一族の種族は特殊で、年齢の数え方が通常の人間とは異なる。現に俺が子供の頃からアワンやアズラの姿は今と大差なかった。実年齢は俺と大して変わらないのにだ。


「そういうことか…………!!」


 ピースとピースが繋がっていき、頭の中で絵が浮かび上がるような感覚。

 俺はようやく、真実に辿り着いた。


「ちっ…………我ら一族を、王家として迎える準備をしていたのだ。しかし、貴様は我々を遠ざけた!」

 

 大きな舌打ちが聞こえてくるが、俺はそちらを見ずに思考を続ける。


 言われてみれば――

 童貞を卒業し、その後しばらくして放浪地に拠点を移した頃、町娘なんかを口説き始めた俺に対し、アワンが「抱くなら城下の者ではなく使用人にしろ」などと言っていたのを思いだす。

 王族が真っ先に抱くとすれば、メイドに類する使用人が相場。一般的な常識でも、上位階級はそういった練習は使用人でこなすのが当たり前だ。何度注意しても無視する俺を見て、最近ではもうめっきり言われなくなった言葉ではあるが、まさかそういう裏事情があったとは。

 確かにおかしいとは思ったのだ。なぜこれほど戦闘力のある女たちに俺なんかの面倒を見させているのか。どう考えても宝の持ち腐れ。酷い言い方にはなってしまうが、メイドなんか誰だってできるのだ。だが戦闘の才能は一朝一夕では育たない。どちらが国にとって重要かなど、考えるべくもないこと。

 だからこそ俺は、自分の代になるとアズラ達をごっそり軍へと移動させた。10年前の戦争で軍が壊滅し、即座の穴埋め作業に駆られたのも理由の一つ。そんな裏事情があるとも知らずに。


「……それに気が付かなかったから、俺は王には相応しくないってことか? だがそれなら、まだ間に合うだろう? 違うか?」


 ここに明らかとなったクーデターの理由。

 しかしだからこそ、見えた光明。これならまだ間に合う。なぜなら解決策が既に分かっている。ここにいる誰もが、それをもう分かっているのだ。


「…………貴様にはその気があると?」


「ああ、思惑は分かった。お前たちが望んでいるのなら、そうしよう」


 つまりベンサハル一族の誰かを俺が正妻に迎えればいいという話だろう。

 王妃として子を産ませ、その血を次世代に繋ぐ。それで一族は王家に取り込まれる。完全な身内だ。

 それが先代国王とベンサハル一族で結んでいた裏取引。俺には明かされなかった思惑。

 両親が死んだのは10年前、俺が7歳の頃。まあ言えなくても当然だ。子供相手に「あいつらをいつか孕ませるんだぞー」なんて言えるわけがない。


 ならお前らが教えてくれよ、と八つ当たりのような気持ちも湧いてくるが、ここで言っても栓無き事。余計に反感を買いそうだし。今から余計な火種を増やすことはない。

 だが言い訳したい気持ちがあるのも確かだ。そんなの気づけという方が無茶を言っている。生々しいし、俺まだ17歳だぞ。

 権力で無理やり手籠めに、という方が本来友情に亀裂が入るだろう。俺はアワンから一族抱け抱けハラスメントを受けている時も内心そう思っていた。あっちがどういう気持ちか分からないし、もし嫌がっていたら国にとって重要な一族との友和を俺の手で、いやしもで壊すことになってしまうと。だから意図的に手を出さないようにしていた。

 あの時期は城にいる女がとある理由により怖くなったというのもあるが、それを差し引いてもたぶん俺はやらない。

 むしろそちらの方がよっぽど堅実な考え方だろう。気ままに欲望に走らなかったことを褒めてほしいくらいだ。


「…………もう遅い」


「…………え?」


 一件落着だと思った。

 しかし、さし伸ばした手は取られなかった。


「もう遅いと言った。貴様と我々の袂を分かつ、決定的な事が起きた。つい四日前のことだ」

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