第4話 思い当たる節があり過ぎる

「ふーむ」


 無機質な室内を見渡しながら、腕を組み、頭を捻る。

 この牢に入れられてから早三日。もうここで三回も夜を過ごしてしまっている。

 もうすぐ四回目の夜も越してしまいそうだ。


「ふむふむふーむ」


 今夜もここで夜を超すなこれは、そう思いながらゴロンと寝転ぶ。

 布団と枕があるだけ良心的だ。俺は睡眠環境には拘る方だが、かといって多くを望む方でもない。閑静さと最低限清潔な寝具一式があれば全く文句はない。その点では現在の環境は及第点だった。


 問題なのはやはり、なぜ一国の王であるこのカイン・オルキヌスが牢屋に入れられているのかということ。


「ふんふんふふーん」


 唸り声は、いつの間にか鼻歌へと移行する。

 正直何日だっていてやってもいいのだが、そろそろこの生活にも飽きてきた。だってやることがないし。話し相手でも用意してくれればよかったのだが、この牢はなぜか俺しか住人がいない。尻の穴を狙ってくるテンプレ囚人共を返り討ちとかしたかったのだが、中々思い通りにはいかないものだ。


「ふーん。アワンか……」


 アワンが面会にきた、という訳ではない。目の前には当然誰もいないし、もう三日以上は顔も見れていない。にも関わらず、俺はここ三日はずっとアワンのことばかりを考えている。

 別にあいつに懸想をしているとか、内に秘めた特別な想いがあるとか、そんな甘酸っぱい感じの要因ではない。ただ単純に、疑問なだけだ。


「アワン様の命令です。陛下には、ここで大人しくしていてもらいたい」


 与えられた情報はたったあれだけ。三日前、ここに入れられた直後の兵士の証言。そのまま鵜呑みにするのは危険だが、聞き流すのも危険。


 というのも、俺はアワンのことをかなり信頼しているからだ。

 曲がりなりにも生まれた時から17年の付き合い。

 父と母が亡くなった今、俺にとって最も身近な存在の一人といっても過言ではない。

 アワンを信じる理由はそれだけではない。もしアワンが俺を害するのが目的なのであれば、こんなやり方はしないだろうという当たり前の考察もある。

 俺を殺すなり消すなりしたければ、俺のことを最もよく知る人間ならまず妹のアクレミアを使うはず。

 牢屋に入れて正当な理由さえでっちあげれば、そのまま大人しく処刑されてくれる。俺のことをよく知るアワンが、そんな能天気な考えで実行するとはどうしても思えないのだ。

 そもそも暗殺が目的なら、この現状はあまりにもお粗末すぎる。目的の対象を放置する意味もない。

 

 つまり、俺が導き出した結論は、何らかのやむを得ない事情があってアワンはここに俺を入れた、だ。そう考えるのが今のところ妥当だろう。だからこそ俺はずっとここで大人しくしている。アワンを信じて。

 しかし一体どんな理由があって俺をこんなところに入れているのかが不思議なのだ。


「うーむ」


 アワンのことを思い出すと、自然とその魅惑的なプロポーションが思い浮かび、さらに突き出たバストやヒップへと思いを馳せてしまう。

 正直、思い当たる節があり過ぎて困る。

 普通にセクハラのし過ぎで頭を冷やせと牢に突っ込まれた説が俺の中で躍進中だ。

 立場と権力をいいことに、アワンにはまあまあセクハラしてきた。やってることだけ並べられれば捕まっても全くおかしくはない。むしろ自然だ。

 だが彼女の性格上、その程度のことで強硬手段に出るだろうかという疑惑も拭えない。何よりこの三日アワンが一度も顔を見せにこないことが不安を掻き立てる。

 やはり別に理由があると考えるのが妥当か。


(アワンに農地案内したのが牢獄に入る二日前、次の日に最終収穫、その次の日に実験段階終了を確認。本格的な事業へと移行……)


 そしてプロジェクトの成功、記念すべきその日に牢屋へ。

 やはりおかしい。偉大な事業を成功させた男に対してこの仕打ち。

 やはりセクハラなのか。ケツを念入りに撫で回したのがいけなかったのか。


「うーん……うん?」


 初めにそれを捉えたのは、五感ではなく、第六感と呼ばれる不確かな感覚器官だった。

 僅かな空気の変化、しかし明確な何かを拾って、俺は動きをピタリと止める。

 次にそれを拾ったのは、俺の五感の中では最も鋭い感覚器官――聴覚。


(…………鍛冶? いや!!)


 鋼と鋼を打ち付けるような金属音が、剣戟音だと気が付いた瞬間、背中を床に叩きつけるようにして反動で身を起こす。

 

(近くじゃない……!)

 

 意識は一瞬で覚醒し、限界まで集中して音を拾う。

 確かに剣と剣を打ち合う音が聞こえる。この音からして、訓練ではない。訓練用の木刀や刃先を潰した金属ではこんな音は出ないし、型にはまった動きでもない。

 場所もこの辺り周辺ではない。近くならもっと精彩に音が拾えるはず。

 

(方向は……)


 音の出処を探る。正確な距離まではわからないが、漠然とした方向は分かる。

 そちらの方角にある建物に思い至った時、俺は即座に技術スキルを発動させた。


「<反教底位パルス>」


 全身から、真っ直ぐに不可視の超音波が飛ぶ。

 高周波が建物にぶつかっては反響し、またぶつかっては反響する。

 音波を飛ばした先は城。本来国王である俺がいるべき場所。

 超速の音波は距離、方向、大きさという情報を超え、さらに精密な情報さえ俺に受信させる。

 本来プライバシーの観点から、普段は使用を己で禁じているほどの技術スキルだが、この非常時に倫理を優先している場合ではない。


「城が……!」


 やはり、事件が起きているのは城内。本来は俺がいなければならない場所。

 大規模な暴動ではないことが救いだが、酔っぱらいの喧嘩などの小規模な争いでもない。

 確かに、戦いが起こっている。

 

「<天堕巨人ネフィリム>」

 

 迷う暇もなく、続けて技術スキルを発動。

 188cmを超える身長がみるみる縮小していき、鉄格子の隙間を通り抜けられる大きさまでに変化する。

 もはやここに残る意義はない。脱出し、現地へ。

 俺は牢を飛び出すと、大地を駆けた。




***




「おい! 一体何が起きて――!?」


 城門までは驚くほどすんなりと辿り着くことに成功する。

 敷地内に争いの形跡は確認できなかった。つまり、事は城内でしか起こっていないということ。

 城門を超えて城内に足を踏み入れると、最初に目に入った騎士に声をかける。

 しかし返礼は予想だにしないものだった。


「くっ!」


 振りかぶられた剣が首元を通り過ぎた瞬間に、明らかな敵意を認識する。

 瞠目した瞳そのままに、声をかけた相手をもう一度確認するが、どう見てもうちの騎士の装備をその身にまとっている。

 ならば考えられるのは、偽装工作が行われているか、もしくは裏切り――。


「ちっ」


 上体を逸らしたまま、身の流れに逆らわずに右足を蹴り上げる。

 何が起こっているのか、状況を説明してくれるものだと思っていた。まさか、最も考えたくなかった答えを予感させることになるとは。

 そんな苛立ちを、八つ当たり気味にぶつける。

 首元に強烈な蹴りを入れられた騎士の兜は吹き飛び、肉体も激しく壁に打ち付けられる結果に終わった。


 床に倒れた騎士の状態を確認する。

 呼吸はあるが、意識はない。今の一撃で、首元の装甲は剥がれかけ、鎧にはへこみが入っている。やられたふりではないはず。

 戦闘不能を確認すれば、次は顔の確認だ。この騎士の所属を――。

 

(……近衛騎士! …………アワンの部下!!)


 何度か確認して、ようやく己を納得させる。間違いない。

 俺は部下の顔と名前は全員記憶しているのだから。


(やはり城外に形跡がなかったのは……)


 戦闘どころか、潜入、侵入の形跡すら見当たらなかった。

 王都はいつも通りの平穏を甘受し、国そのものの顔色は変わっていない。

 敵は外部からではなく、内部から発生したのだ。

 つまりこれは――。


(内戦! クーデター!!)


 まさか自分の代で。

 非現実の中を彷徨うな感覚を抱く。まるで未だ夢の中にいるかのような。

 それも今ある事実だけで予測するのであれば、首謀者は――。


「アワン……なぜだ!!」


 記憶の中にある美女の顔が、瞼の裏に流れていく。

 信じられない、信じたくないという気持ちが、食いしばった歯と握りしめられた両こぶしに現れた。

 騎士の衝突音を聞きつけたのか、近づいてくる足音が増えていく。

 しかしこの一時だけは、それらが気にならいほどに俺の精神は動揺していた。


「――見つけたぞ! カイン・オルキヌス!」


 迫りくる剣閃。

 首元に到達するその瞬間まで俺は目を伏せ、ただ一人の女のことだけを考え続ける。

 

「…………アワン」


 音が、鳴りやむ。

 次に目を見開いた時、城の廊下には複数の騎士たちが転がっていた。

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