第30話 猿知恵
助かった安堵のままへたり込んだが、糞ゴリラがあのまま燃え上がって死ぬという気がしない。まがいにも霊長類を模倣しているなら、火を消そうと霜をかぶったりしているかもしれない。大火傷で体力を消耗した今しかない。そのあとは手負の獣と化して反撃を始められたら厄介だ。
糞がついた荷物から先割れスプーンと青顎の小刀といったなけなしの刃物を取り出して糞ゴリラの焦げた臭いを追う。
徐々に炎のカロリーが上がっていったようで、通路の霜が溶けている範囲が段々と増えていく。燃料は青顎の体液ではなく糞ゴリラ自身の肉になったはずだ。
部屋中の霜が溶け、糞と煤だらけになった倉庫に出た。どうやったら身体を転がして火を消そうとしたらしい。意匠返しを警戒し天井も見るが這った跡はない。
糞と煤の中に万年筆が転がっている。糞を拭ってる暇はないのでジップロックに入れてポケットにしまう。
どうやら火は消えなかったようで倉庫の左手出口に煤と霜の溶け跡、そして糞臭が続く。
モッ....モッ....
次の倉庫から奴の弱々しい鳴き声が聞こえる。
疑問に思う。自分が糞ゴリラだったら、弱ってることをわざわざ明かすだろうか。
私は後退し、万年筆の倉庫に戻って右手出口を進む。
モッ...モッ...
奴の鳴き声が聞こえる倉庫だ。今進んでいる通路はさっき進もうとした通路の裏手に当たる。
息を吸って止め、天井を這って倉庫に入る。全身の皮膚が焼けただれ、毛が燃え尽き、人間の裸体のようになった猿が、糞を握りしめて私が入ってくるはずだった通路を睨んでいる。ボディビルダーも悲鳴を上げるような筋肉の盛り上がりは、あの弱々しくなった鳴き声がブラフだと示していた。
まさに猿知恵だ。
私はゆっくりと糞ゴリラの真上に移動し、糞ゴリラの首の位置をよく確認し、小刀と先割れスプーンを握り締め、一気に息を吐いた。
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