第20話 霜

ここでは自分の体内時計以外に時を刻むものは何一つない。2泊したということは3日目が始まったような気がする。知りようはない。


土嚢を担ぎ、意を決して、青白い光に照らされた冷たい階段を登っていく。1階の換気扇よりも2階の冷房装置の方が強力なのか、向かい風が吹きつける。


風は吐く息を熱ごと押し流すので息が白くなることはない。ここに立ちどまれば死ぬという恐怖がじわじわと広がっていく。


「雪山で遭難するとこんな心持ちなんだろうか」

と思ったので、恐らく私は雪山に登ったことがないのだろう。あれば「想像する」事そのものがないはずだ。どちらにしろ記憶はない。


階段は四角い螺旋状で、公共施設の非常階段のような趣きだ。


出口も非常階段めいた扉の枠がある。肝心の扉がないので常に開けっぱなしで2階の冷気が吹き込んでくる。


1階は同じ断面の通路で全て構成されていたが、2階の最初の部屋は空っぽの倉庫だった。


壁に霜がつくほど寒いので冷凍倉庫なのだろうか。高さ3m、幅は100mくらいあるか。薄暗いので奥行きまではよくわからないが端がよく見えないということは500mくらいか。


霜を削って口に入れてみるが、何の臭いも味もない。ここの倉庫で霜を溶かそうと思うと自分の体温が奪われるので、霜を削って500mlの瓶をいっぱいにする。溶けたら100mlもあるかどうか。


先に進もうかと思ったが、背中から風が吹いてこないことに気がついたので一度階段に戻ってみる。


階段には、戻ることを阻むものはなにもなく、とうとう一眠りした位置まで戻れた。

「監視者」が通路を「更新」していないわけではなく、焚き火で煤だらけになっていた通路は何事もなかったかのように元に戻っている。


「監視者」もそこまで鬼ではないようだ。体温が下がりすぎるならここまで撤退することは許すようだ。


溶けた瓶の霜を舐め、久しぶりの水を味わっていたところで寝る前の自分の行動が間違っていたことに気がついた。


今焚き火をすれば良かったんだ。

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