第11話 物

青顎の死体から3kmほど歩いたのだろうか。風は相変わらず一方に流れ続け、ガストーチは燃えているが、床には何もない。


時間経過で変わるものが一切ないので、今が昼なのか夜なのかもわからない。「外」から吹き込んでくる風に臭いも温度の違いもない。これだけ広いのに情報があまりにもないので密室に閉じ込められてるような閉塞感がある。閉所恐怖症だったら恐怖のレパートリーが増えそうだ。


青顎が人工生物だった場合、他にも「生産」されたものに出くわすかもしれないので、左手は安全靴のコテのまま、右手は盾代わりの安全靴を掴んでいる。小学生が「二刀流だぞ」といってやりそうな格好だ。冗談みたいだが、こうする以外他にない。


青顎の他個体やそれ以外の危険に遭遇する緊張を強いられっぱなしで大した距離でもないのに疲れ果てた。


この突き当たりを過ぎたら壁の隅を椅子がわりに休もう。


そう不用意に左へ曲がった瞬間、コンクリートではない何かが視界に入ったので咄嗟に元の道へ飛び退く。


青くはない。どちらかというと赤い。赤黒い。汚物や肉片のような粘りのある光沢があったように見える。今度のも人の頭ぐらいある。


「敵」だった場合に備え、両手の安全靴を突き出しながら曲がり角越しに先ほどの物体を見る。


床に無造作に転がり微動だにしない。

動物のようには見えない。


近寄ってみると、それは赤黒い半透明な塊で、光沢は見間違いでツヤはない。乾いているので手で触ってみると肉よりやや硬い、弾力のある素材でできている。まるでグミのようだ。触った手を嗅ぐ。


ラズベリーとかベリー系の甘い果実の香りだ。グミのようではなく、本当に頭ぐらいあるグミらしい。


意を決して、塊の出っ張りの一つをちぎって、細い部分だけ歯の先でかじりとり、咀嚼する。香りの割に酸味はなく、人工甘味料と砂糖の混ざったケミカルでねっとりした甘味が広がる。


グミだ。


青顎は犠牲者を食べられなかったら飢え死にするはずだが、こういうものが3km間隔ほどで落ちてるなら生きていけるかもしれない。


グミの材料はたしか、ゼラチンと水飴と水分。消化しきれば水は体液として残るはずだ。


水が無いよりはマシだ。


この巨大なグミは最悪の場合盾になるので、安全靴は本来そうあるべきように足に履き、左手にはグミ抱え、右手は半ズボンを武器代わりに巻きつけた。

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