第8話 青顎
T字路を曲がる時は通路右手の安全を確認してから通行するので、前回よりも時間がかかっている。しかし、命には替えられない。
失神直前は失血による視野不良と自分が死んでしまうという恐怖で「敵」の姿がよく見えなかった。恐らく猫ぐらいの獣だろうが、鳴き声を一切立ててないのでなんなのか想像もつかない。
狼や山猫、猿なども想定しつつ通路を覗き込む。もしも想定外の生物、例えば空飛ぶ生首とか食人コウモリとか、そんなものだとこちらが気遅れしてる間に襲われるかもしれない。
そもそも「敵」は1体なのか?殺そうとしたのに殺せなかったのはなぜか?食べもしないのに殺そうとするだけなのか?「監視者」との関係は?
わからないことだらけだ。「わからない」というのはそれだけで恐怖なので必要以上の緊張をしている予感がある。
前回襲われた地点くらいの距離まで来たが、曲がり角の数が違う(今回の方が多い)から、恐らくコンクリートと緑青の廊下は全体構造が違う。
そもそも「敵」が同じものとは限らないんじゃないのか。だんだん何もいないことに慣れてきて、右側の確認にも緊張しなくなってきた時だった。
サリサリサリサリ...
突き当たりに差し掛かった時、左手から金属片同士の擦れるような細やかな物音がした。
注意しなければ風の音に紛れる音だ。
右手の壁によりかかり、左手の角を遠巻きに見ながら少しずつ進む。
汚い青だった。薄黒い斑の混じった、群青色で、金属光沢がうっすらある。
そういう色の髪の毛。これがびっしり生えた犬くらいある毛玉。生首のようにも見える。
枝のような足を毛の間から出して、包丁研ぎを擦り合わせるように、前足を擦り合わせている。
前足には手らしいものはなくレイピアとか手術メスのように鋭い刃になっている。あの音は、刃の汚れを落とす音だったのだ。
青い頭は一心不乱に前足を研いでいたが、不意に作業をやめた。
頭だけに見える身体には顔らしいものは見えなかったが、人間のようなガチャ歯が生えた灰色の歯肉の顎が毛の隙間から見えた。
後に「青顎」と名付けた“ザコ”を初めてまともに観察した瞬間だった。
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