第3話 あすの朝までに城壁を直せ

ここは居酒屋。

秀吉と友達はカウンターに並んで座っている。


秀吉「おれね、今すごく悩んでるんだよね……」


友達「また嫌がらせされてるの?」


秀吉「いや、気に入られて出世したんだけどさ」


友達「もう出世したの?」


秀吉「草履取り頭になったの」


友達「すごいじゃん」


秀吉「でもあの信長っていう人、大丈夫かなと思って」


友達「なんで?」


秀吉「なんか言動がいかれてるんだよね」


友達「ウツケだからね」


秀吉「今って戦国時代でさ、優秀なボスにつかないと身を滅ぼすしょ」


友達「うん」


秀吉「おれ、思いっきり身を滅ぼしそうな気がする」


友達「あ、そういえばね、今川義元がここに攻めて来るらしいよ、もうすぐ」


秀吉「ええ!?じゃあ、織田信長vs今川義元の戦いになるね」


友達「うん」


秀吉「どっちが勝つと思う?」


友達「そりゃ今川義元でしょ。だって信長、ウツケだもん」


秀吉「信長さんが負けるってことはさ、その部下のおれも破滅するってことだよね?」


友達「そうだね」


秀吉「……というわけで、おれ、信長さんの部下やめるわ」


友達「はやっ!」


秀吉「明日さっそく信長さんに言うね、辞めますって」


友達「言うタイミング、ある?」


秀吉「わかんない。信長さん、いつも忙しいからね」


友達「ピッタリくっついて回ってさ、チャンスがあったらサッと言ったほうがいいよ」


秀吉「そうする」




翌日。

秀吉は信長にくっついて回ったが、なかなかタイミングをつかめずにいた。




秀吉「あ、あのー、信長さん」


信長「ん?」


秀吉「ちょっといいですか? お話が……」


信長「おれも話があるんだけど」


秀吉「なんですか?」


信長「切腹して」


秀吉「え」


信長「今すぐ切腹して」


秀吉「なんで!?」


信長「君さぁ、今川のスパイでしょ?」


秀吉「違いますよっ」


信長「だってうちで働く前は今川んとこにいたんでしょ?」


秀吉「いましたけど」


信長「ほら、スパイじゃん」


秀吉「ぜんぜん違いますって」


信長「しかもさ、おれのこと暗殺しようとしてない?」


秀吉「してませんよ」


信長「だって行動があやしいもん」


秀吉「行動って?」


信長「朝からずーっとおれの後つけてるしょ」


秀吉「それは」


信長「チャンスがあれば、おれを暗殺しようと思ってたんでしょ?」


秀吉「違います、じつは……」


信長「言い訳は却下。切腹!」




秀吉は切腹を言い渡された。

すると、そこへ一人の男が現れた。




柴田「ちょっと待ってください!」


信長の家臣、柴田勝家(しばたかついえ)である。




柴田「信長さん。その切腹、ちょっと待ったですよ」


信長「おぉ、柴田」


柴田「秀吉が信長さんを付けまわしていたのは、暗殺のためじゃありません」


信長「え?」


柴田「それは忠誠心のあかしです」


信長「忠誠心?」


柴田「秀吉は信長さんのお役に立ちたかったんですよ。きっと、信長さんの命令をパッと聞いてパッと実行できるように、そばに控えてたんです」


信長「おぉ、そうか」


柴田「立派な部下じゃないですか」


信長「疑って悪かったね、秀吉」


秀吉「あ、いえ……」


柴田「そこで信長さん、ひとつ提案があります」


信長「なにさ、柴田」


柴田「秀吉のやる気をくんで、彼を出世させては?」


信長「出世?」


柴田「やる気のある人間は出世させるべきです」


信長「そうだね。でも、どのポストも空いてないしなぁ」


柴田「私のポストをひとつ、譲ります」


信長「え」


柴田「普請奉行のポストです」


信長「いいの?」


柴田「私は他にもいくつか役職がありますから」


信長「じゃあ秀吉、きみ今日から普請奉行ね」


秀吉「え? は、はい! がんばります!」




こうして秀吉は『普請奉行』になった。


普請奉行というのは、土木や建築を担当する奉行のことである。




しかし…

これは柴田勝家の罠だった。




信長「きみも奉行になったんだから、異名つけないとね」


秀吉「異名?」


信長「かっこいいニックネームみたいなもんだよ」


秀吉「いいですね」


信長「どんなのがいい?」


秀吉「頭がよさそうで、野生的なのがいいです」


信長「じゃあ、サルだね」


秀吉「えっ!?」




秀吉はサルと呼ばれるようになった。


(実際は『サル』より『ハゲネズミ』と呼ばれることが多かったようですが、この物語ではサルとさせていただきます)




その夜。

秀吉と友達は、いつもの居酒屋で飲んでいた。


友達「信長に『辞めます』って言えた?」


秀吉「いや、言えんかった」


友達「ダメでしょ」


秀吉「それがね、ダメじゃないのさ」


友達「なんで?」


秀吉「なんか、いい展開になっちゃってさ。おれ、普請奉行に出世しちゃった」


友達「うそぉ~?」


秀吉「ちょっと、呼んでみて」


友達「え」


秀吉「奉行って、呼んでみて」


友達「奉行」


秀吉「でへへ」


友達「にやけすぎだよ」


秀吉「やっべぇ、すげぇ気持ちいい」


友達「でも、よくいきなり出世できたね」


秀吉「柴田さんが奉行のポストを譲ってくれたの」


友達「いい人だね」


秀吉「うん」




翌日。


秀吉は柴田勝家から普請奉行の仕事の引継ぎをうけた。




勝家「――っていうのが、普請奉行のおもな仕事。質問は?」


秀吉「今のところは、まだ」


勝家「あ、それと……」


秀吉「はい」


勝家「これ、信長さんから大至急って言われてる仕事なんだけど」


秀吉「なんですか?」


勝家「城壁、直しておいて」


秀吉「城壁?」


勝家「この前の嵐でガラガラ~っと100メートルくらい壊れちゃってさ」


秀吉「ああ、見ました」


勝家「あれ、直しておいて。普請奉行の仕事だから」


秀吉「わかりました」


勝家「明日の朝までにお願いね」


秀吉「え? でもあれ、かなり豪快に壊れてますよね?」


勝家「うん」


秀吉「普通、直すのに1週間はかかりそうですけど……」


勝家「その仕事ね、信長さんから1週間前に言われたやつなの」


秀吉「は?」


勝家「でもおれ、すっかり忘れててさ。昨日、思い出したんだよね」


秀吉「……」


勝家「今の普請奉行は君だから、これ君の責任ね」


秀吉「そんな……」


勝家「明日の朝までにできなかったら、君、また切腹かもよ。じゃ!」


秀吉「あ、ちょっと」




その夜。


秀吉「――っていうわけなんだ。どうしよう!?」


友達「それは、はめられたね。柴田っていう人に、うまいこと責任を押し付けられたんだよ」


秀吉「もしかしておれ、そのために命助けられたのかな?」


友達「そうだね」


秀吉「なんとかして明日の朝までに仕上げないと……」


友達「普通は無理だね」


秀吉「とにかく、今から職人のみんなに電話して、城壁に集合してもらうよ」




真夜中。


秀吉と友達は、壊れている城壁のそばで職人たちが来るのを待っていた。




秀吉「みんな来てくれるかな」


友達「来てくれないかもね。こんな夜中にいきなり呼び出されて怒ってるかもよ」


秀吉「やばいなぁ……」


友達「職人の中には、協調性がなくてプライドが高い人もいそうだからね」


秀吉「偏見がすごいね。あ、誰か来る」


友達「おお~。職人たちだ」




10人の職人(A~J)が集まった。




秀吉「いや~、みんな、夜中にごめんね」


職人A「なんの用さ」


秀吉「ちょっと仕事をお願いしたくて」


職人A「こんな夜中に!?」


秀吉「うん。この壊れた城壁を直して欲しいんだよね」


職人A「ていうか、君、だれ?」


秀吉「あ、おれね、普請奉行の秀吉です。よろしく」


職人A「てことは、この現場のリーダー?」


秀吉「うん」


職人A「土木とか建築の経験は、あるの?」


秀吉「いや、ないけど……」


職人A「ダメじゃん。リーダー失格」


秀吉「えっ」


職人A「素人の指図なんか受けてられるか。代わりに、おれがリーダーになるよ」




そこへ、他の職人たちが次々と口をはさんだ。




職人B「おい、ちょっと待て、おれがリーダーだ」


職人C「いや、経験豊富なおれがリーダーだ」


職人D「才能あふれるおれがリーダーに決まってるしょ」


職人E「じゃあ、誰がリーダーにふさわしいか勝負だ」


職人F「望むところだ!」


職人G「一番早くこの城壁を直した者が勝ちってのは、どうだ?」


職人H「いいよ。負ける気がしねぇ」


職人I「おれだって」


職人J「さっそく勝負開始だ!」




10人の職人はプライドをかけて徹夜で仕事に打ち込んだ。


その結果…


翌朝には城壁が完成した。




秀吉は信長に呼び出された。


信長「サル。城壁を一晩で直したんだって?」


秀吉「はい。完璧です」


信長「職人たちの性格をうまく利用したね」


秀吉「ええ、まぁ」


信長「サルは人を動かす天才だよ」


秀吉「いや~、それほどでも」




人使いのうまさを認められた秀吉は、『足軽組頭』に出世した。




その夜。


秀吉「信長さんに褒められちゃった。おれには人をまとめる力があるんだって。えへへ」


友達「実際は、ぜんぜんまとめてなかったけどね」


秀吉「そんなことないよ」


友達「職人が口論をはじめたとき、すげぇオロオロしてたしょ」


秀吉「オロオロしたと見せかけて、じつは内心では堂々としてたの」


友達「無駄なフェイントだね」


秀吉「君も武士コースに転向しなよ。実力さえあれば、おれみたいに出世できるよ」


友達「おれは農民でいいよ」


秀吉「あー、それにしても…なんかちょっと眠いかも」


友達「ゆうべ、徹夜だったしね。あ、携帯鳴ってるよ」


秀吉「おっ、信長さんからメッセージだ」


友達「こんな夜中?」


秀吉「『緊急事態!全員集合!』だって……。なんだろう?」




西暦1560年、今川義元の大軍が織田信長の領内に侵攻してきた。


こうして、戦国の歴史を変えた『桶狭間の戦い』がはじまる。




つづく

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