第2話 織田信長の草履取り
秀吉は武士になろうと決めた。
問題は、農民の子供がどうやって武士になるか。
友達「どうするつもり?」
秀吉「手っ取り早く、どっかの戦国武将に弟子入りしようかと思って」
友達「誰に弟子入りするの?」
秀吉「誰がいいかなぁ」
友達「ここは愛知県だから、愛知県の武将に弟子入りすれば?」
秀吉「やっぱり地元か。愛知県の武将って、誰だっけ?」
友達「織田信長」
秀吉「織田信長?」
友達「うん」
秀吉「その人さ、ルーキーだよね」
友達「今年(1551年)戦国大名になったばっかり」
秀吉「ほやほやでしょー。頼りなくない? もっと百戦錬磨の人がいいな」
友達「じゃあ、岐阜県の斉藤さんは?」
秀吉「え。どんな人?」
友達「斉藤道三。マムシの異名を持つギラギラした人」
秀吉「なんか怖そうだね。もうちょっと優しい感じの人いないの?」
友達「じゃあ、静岡県の今川さんは?」
秀吉「どんな人?」
友達「今川義元。すごく品のいい戦国大名」
秀吉「いいね。で、強いの?」
友達「すげぇ強いって評判だよ」
当時、今川義元は家柄、実力ともに戦国大名の中で群を抜いていた。
その彼が9年後、無名の武将・織田信長によって討ち取られることになるとは、今の秀吉に予見できるはずもなく……
秀吉「よし! おれ、今川義元の弟子になる」
西暦1551年、秀吉は静岡県へと旅立った。
そして。
秀吉と今川義元の会話。
今川「いやホントね、急にそうやって来られても困るのさ」
秀吉「すいません」
今川「うち、弟子とかとってないんで」
秀吉「なんとかお願いしますよぉ」
今川「あ、じゃあ、ちょっと待ってて」
今川義元は部下に電話をかけた。
今川「もしもし松下? おれおれ、義元。元気?」
松下「元気ですよ」
今川「あのさ、今おれのところに変な人来てるんだけどさ」
松下「変な人?」
今川「初対面なのに急に弟子にしてくれって言うんだよね」
松下「やばいヤツですね」
今川「やばいよね。で、おれそんなの弟子にするのいやだからさ、松下が弟子にしてあげて」
松下「えっ。僕が!?」
今川「うん。頼む」
松下「断わればいいじゃないですか~」
今川「おれ、押しが弱いから、なんか断わり切れなくて」
松下「僕もそんな謎の人を弟子にするのいやですよ」
今川「これ主君としての命令だから。じゃ、よろしく~」
というわけで。
今川「おれの家来にね、松下ってやつがいるんだけど、彼が雇ってくれるって」
秀吉「ホントですか!」
今川「最初はバイトからだと思うけど」
秀吉「がんばって正社員になります。ありがとうございます!」
こうして秀吉は、今川義元の家来・松下加兵衛のもとで働くことになった。
このとき秀吉15歳。
天下統一はまだ遠い。
秀吉は松下家でバイトをはじめた。
しかし、職場の先輩たちの風当たりは強かった。
先輩たちの会話。
先輩1「ねぇ、秀吉ってどう思う?」
先輩2「あの、新しく入った人?」
先輩1「うん」
先輩2「べつになんとも思わないけど」
先輩1「でもあいつ、愛知県出身なんだよ」
先輩2「えっ。そうなの? 愛知県出身なのにここ(静岡)で働いてるの?」
先輩1「うん」
先輩2「よそ者でしょ」
先輩1「しかもね、あいつ、農民なんだ」
先輩2「農民!?」
先輩1「うん。実家が農民なのに武家でバイトしてるんだよ」
先輩2「生意気だね」
先輩1「でしょ。だからさ、ちょっと懲らしめてやろうよ」
先輩2「いいね! でも、どうやって懲らしめるの?」
先輩1「まず、おれたち2人でヘンなことをいっぱいしてさ、それを全部、秀吉のせいにするの」
先輩2「いいね~。で、何する?」
先輩1「おれ、みんなの下駄箱の靴、ぜんぶ左右逆にしとくわ」
先輩2「うわ、イライラするね」
先輩1「でしょ」
先輩2「じゃあ、おれはみんなのパソコンの壁紙、ぜんぶ知らないおっさんの決め顔にしとく」
先輩1「いいね! さっそく実行しよう」
先輩2「おーっ!」
秀吉はすべての罪を着せられた。
数日後。秀吉は松下加兵衛に呼び出された。
松下「ほんとマジでさ、頼むわ」
秀吉「どうしたんですか?」
松下「また、とぼけちゃって」
秀吉「は?」
松下「そういう協調性のない人、困るんだよね。クビ」
秀吉「え?」
松下「クビ」
秀吉「ちょっと、そんな」
松下「さっさと出て行け~!」
西暦1554年。秀吉は松下家をクビになった。
しかし秀吉は松下加兵衛を恨まなかった。
それどころか、貧しい時代にひと時でも雇ってくれた恩を忘れなかった。
後年、天下の覇権を握った秀吉は、松下加兵衛を大名に取り立てている。
松下家をクビになった秀吉は…
故郷の愛知県にもどり、友達と再会した。
秀吉「やぁ。帰ってきちゃった」
友達「あれ? 静岡県で武士になるんじゃなかったの?」
秀吉「クビになった」
友達「なんで?」
秀吉「壮大な陰謀に巻き込まれてね」
友達「いきなり見知らぬ土地で張り切るからだよ」
秀吉「やっぱり地元で就職しないとダメかなぁ」
友達「じゃ、織田信長のところに行ってみれば? バイト募集してたよ」
秀吉「えー、でもまだ新人の戦国武将なんでしょ、その人」
友達「うん。まだ21歳」
秀吉「頼りないな~」
友達「いや、年齢で判断しないほうがいいって」
秀吉「そっか。今は実力主義の時代だもんね」
友達「うん。中身で判断しないと」
秀吉「信長って、中身はいいの?」
友達「悪い」
秀吉「ダメじゃん!」
友達「みんなからウツケって呼ばれてるらしいよ」
秀吉「ウツケ?」
若き日の信長は奇行が目立ち、周囲からウツケ(愚か者、アホ)と呼ばれていた。
秀吉「でもそういうのってなんか、逆に大物っぽくない?」
友達「そうかな」
秀吉「信長ってさ、じつはすごい大物かもよ」
友達「じゃ、彼のところでバイトしてみる?」
秀吉「うん。それで、どんなバイトを募集してたの? 仕事の内容は?」
友達「草履取り」
秀吉「草履取り? なにそれ」
友達「信長ってね、自分の靴がどれか、すぐわからなくなるんだよね。そういうときに『靴、これですよ』って取ってあげる係」
秀吉「自分の靴がわからなくなるなんて、信長、大丈夫?」
友達「だからウツケなんだって」
秀吉「ぜんぜん大物じゃないかもね……」
西暦1554年。
秀吉(18歳)は織田信長(21歳)の草履取りになった。
冬のある日。
秀吉は信長のお供をして外出した。
すると突然…
信長「キーック!」
秀吉「うぎゃ!」
秀吉は背中を蹴られた。
信長「どう? おれのキック」
秀吉「いや、どうって……」
信長「おれが開発したサンダルキック」
秀吉「は、はい?」
信長「サンダル履いてキックしただけじゃん!って、どう? この一人つっこみ」
秀吉「……はぁ」
信長「真冬なのにサンダルなおれって、どう? 最高だよね」
秀吉「さ、最高っす」
信長「じゃ、おれ、この家に寄って行くからさ、外で待ってて」
秀吉「はい」
信長「あっ、ちゃんとサンダル見張っててね」
秀吉「わかりました」
信長「寒いからって、サンダルの上に座っちゃダメだよ」
信長は知人の家に入っていった。
外に残された秀吉は……
秀吉「なんかムカツクなぁ。よし、サンダルに座ってやれ!」
1時間後。信長が戻ってきた。
信長「おれのサンダル、見張っててくれた?」
秀吉「は、はい」
信長はサンダルを履いた。
信長「む?」
秀吉「ど、どうしました?」
信長「あったかい」
秀吉 ギクッ!
信長「このサンダル、あったかいんだけど」
秀吉「いや、じつは、その……」
信長「座ってたでしょ?」
秀吉「す、座ってませんよ」
信長「だってあったかいよ。ホントは座ったんでしょ? はい、切腹」
秀吉「げっ! ほ、ほんと座ってませんって」
信長「じゃ、なんであったかいのさ」
秀吉「真冬だから、信長さん、足冷たいかな~と思って温めておいたんです。僕の服の中に入れて」
信長「証拠は?」
秀吉「ほら、僕の背中、見てください」
信長「あ、サンダルのあとがくっきり!」
秀吉「ね、背中に入れて温めてたんですよ」
信長「えらい! 感動した!」
秀吉「キックの跡だけどね(ぼそっ)」
信長「え? なに?」
秀吉「いや、なんでもないです」
信長「ていうか、疑ってごめんね。おわびに出世させてあげる」
秀吉はこうして、草履取りのリーダー(草履取り頭)に出世した。
ここから彼の立身出世物語がはじまる。
つづく
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