第11話 縁を結ぶ(残り93日)

綺麗な連続後方倒立回転だった。

立った姿勢から身体を後方に大きく反らし、そのまま手をついてブリッジの姿勢。そこから足を180度開いて弧を描き、再び直立に戻る。いわゆるバク転とは違い跳躍するのでない。

予め人間はそういう風に出来ているんだといいたげにこれでもかと連続して披露する。さらに、そこから体操技でいうフェドルチェンコそれともブレイクダンスのエアタートルだろうか。床に手を突き、足を地面につけることなく回転する。

伸肘倒立、I字バランス、パンシェバランス。

男には真似できない、女性特有のしなやかさ。

古今東西、女性の舞いが特別視されることもうなづける。

影麻呂は、体操着姿の少女のダンスを、フルコースで堪能していた。


「姫の体操着姿もHでいいね、眼福、眼福。朝からブルマがまぶしいでござるよ~っ」


「びっくりするほど心がこもってなくて笑える、マロマロ」


 もはや現代社会では死滅したと言われるブルマだが、保守的な御厨学園ではいまだ古風なブルマが制式の体操着として用いられている。

 姫と呼ばれた少女はソラナよりも一回り小柄な少女で、両目が隠れるほどに長い前髪が特徴的だった。


「いやー、今日から毎日、思う存分ダンスが踊れるなんて夢心地だよん。これもマロマロが譲歩してくれたおかげだよねぇ」


「いや、おま落ち着け。片手倒立しながら俺と話すな」


「ボクの家は小さなマンションだろ。家で踊るわけにもいかないし、門限も厳しいんだよねぇ。マロマロみたいに一人暮らしできたらいんだけどさぁ」


 姫は渋々、胡坐をかいてその場に座り込む。


「朝はお前、放課後は俺が部室を使う。それでいいだろ。1時間でも2時間でも踊り放題。よかったじゃねぇか。朝からそんなに汗かいて、昼寝しないかが心配だぜ。まぁそういうことなんで明日からは俺が来る必要はないよな」


「それなんだけどさぁ。大技は一人でやっちゃダメだって止められてんだよぉ。最低一人は補助者がいないとダメなんだとぉ。」


 姫は手刀を首に当てる。宙返りなどは頭から落下するおそれがある。それは分からんくもない。


「大技って何するつもりだよ」


「ええとぉムーンサルトとかぁ?」


「ウルトラCカヨ!やめとけやめとけ」


 部活動といっても趣味の延長だ。姫よ、どこを目指すんだ。


「それにさぁ、マロマロは部長なんだから、そこはね」


「ちょっと待て。なんで俺が部長なんだ。『ストリートダンス部』を作ったのは姫だろ。」


「ゴメンね。ボクは今年、電算部の部長なんだ。部長の兼任は認められないんだよねぇ」


「ん?それってまさか……」


「部の新設届が競合したところ、ボクがわざわざ共同申請への変更に応じてあげたのはそのためだよ。」


「畜生、俺は騙されたのか。お前単独じゃあ、そもそも新設できなかたってことじゃねーか!」


「ノンノンノン。そのときは電算部の部員の誰かを傀儡にするだけだよ。」


「く、流石はオタサーの姫だな。」


「そんなこと言うなよ、そうはいってもボクとマロマロの仲だろ。二人だけの部活動したい気持ちは本当なんだよぉ?」


「俺にとっては最低の展開だぜ。出来るだけ姫とは関わりたくねーんだよ。『高校時代はストリートダンス部の部長でした』って俺の履歴書が愉快なことになるだろ。」


「シシシシシッ。確かに似合わないねぇ。でも、ちゃーんと対価は用意してるんだぜ。この条件を聞いたらマロマロはどんな顔をするのかな。あのね、毎日部室に来てくれたら、ボクも毎日、揉ませてあげても、いーんだよぉ?」


「て、てめぇ。それは――」


 影麻呂は引きつった顔で生唾を呑みこんだ。


                   ◇


「ああ、いい具合に張ってやるな、こいつはよぉ」


影麻呂は両手で包み込むようにしてうつぶせになった姫の足裏を揉んでいた。


「ああん。いいよ、いいよ。」


気持ちよさそうに喘ぎ声をあげる姫。


「ねぇ。マロマロが突然、共同申請する気になったのは、どうしてなのかなぁ。独りが良かったんでしょ、あ、あ、あああん」


「ま、俺には時間がないんでな。悩むよりも、やりたいことをやっていくことにしたんだよ」


「ふーん。それって恋の季節?」


「はぁぁ? なんでそういう話になるんだよ、俺とお前にだけは浮いた話はないと俺は信じてるんだぜ」


「ボクを巻き込むなよぉ。男子が変わりたいと願うのは、結局ボーイ・ミーツ・ガールだよ」


「ははは、俺はそんな常識に収まるような俗物じゃないぜ」


「……それと女のニオイがする」


「……いやいやいや、俺には生乾きのペンキのニオイしかしないが」


 一瞬だけ眉をピクリと痙攣させる影麻呂。本当にニオイなんかするのか?

 いや、別に隠してるわけじゃないから。話す必要がないから黙ってるだけだし。

 そなことを考えるうちマッサージは太もも、ふくらはぎへと場所を移していた。


「ボクは朝だけしか来ないから、そこは安心していーからねぇ。結婚式には呼んでくれよ」


「だーかーらー」


「ガキじゃないんだしぃ恥ずかしがるなよぉ。ボクのことを避けるのもアレだろ、意識しちゃってるんだろぉ」


「別に女として見てるとかそういうわけじゃない。でも俺みたいな陰キャが、女子と仲良くしてると、あれだ。変な噂が立つ」


「しかもボクとマロマロ。クラスの二大陰キャがカップリングとなれば、いい噂が立つわけもなくってことかよぉ。相変わらずつまんねーこと考えてんなぁ。ボクもオタサーの姫なんて言われてもねぇ」


「あ、すまん。悪い意味で言ったわけじゃないんだ。電算部の連中が姫を特別視するのは、ただお前が女子だってことだけじゃなくお前の才能への憧れだろ。そこは本当にスゲーよ」


「劣等感? それも本当につまんねーよ」


 前髪に隠れて姫の表情は見えない。

 それが本当に怖いんだよ、心の内で呟いた。


                   ◇


「じゃぁ、部長。顧問の先生の承諾書、今週中に提出だからねぇ」


 制服に着替えた姫は、ボサボサの髪で目を隠した背の低い、目立たない女の子へとすっかり姿を変えていた。

 姫の趣味がダンスだということは知っていたけれど、影麻呂に取って見も慣れているのはこの姿なのだ。


「ああ。任せておけ……っておい!なんで脱いだ体操着を部室にそのままにしてんだよ。ちゃんと持って帰れよ」


「シシシシシッ」

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