第10話 うぶなご主人様は許されない(残り94日)
影麻呂は昨夜の綿密なシミュレーションにも関わらず自分が犯してしまった致命的なミスに気付いたのだった。
ヴァンパイアハンターを生業とするソラナが呪力の補給からエナジードレインを連想することは予想できたはずだ。
エナジードレイン、吸血鬼の伝家の宝刀。その手段は肉体の接触による。掌を相手の皮膚に押し付けるだけでも構わない。だが、なぜかしばしば吸血鬼たちは接吻を選択する。接吻とは、つまり…キス。
それだけじゃない、伝え聞くところによると性行為によって精力を吸い尽くす輩もいるらしい。
生命力、精力、呪力。その関係性は未だ判明していない。
キス、それは唾液の交換。たった10秒のキスで8000万の微生物が相手と交換されると言われている。すなわちキスとは体内環境の均一化。
他人の呪力を取り入れるには、双方の呪術的な均一化が必要、そう考えることもできる。そして絡み溶けあう二人……。
あり得る、そういう解釈普通にあり得る。
これはまずい。完全にソラナに勘違いされた。
コイツ呪力を借りたいとか言って結局、ヤリたいだけじゃないの?
いやいやいやいや、ヤリたいだけならまだいい。だって男子高校生だもん。おしなべて男子高校生なんてそんなもんだよ?
でもね、呪力補給を言い訳に使うあたり、ものすごくカッコ悪い。
ついさっきまで間接キスにドギマギしながら、結局やりたいことはやりたいんですね!うぶキャラアピールお疲れ様です。
違う、違う。そんなんじゃないんだ。
やっちまったー。
「と……とりあえずシェイクハンドから始めてもいいんだけどさ」
影麻呂は何となく言い訳をしてみたけれど、ソラナはうつむいたまま言葉を発しない。
「……何か思い詰めてる?」
様子を伺う影麻呂に対して、ソラナが突然襲い掛かった。
ああ、死んだわ、目を閉じて諦める。
いや、そうではない。ソラナは影麻呂の両手を包み込んで、両目をキラキラ輝かせている。
「握手かな?」
「蛇崩君! もしかして私に魔力をすべて君に注ぎこんだら、君の呪いも解けたりしない!?」
「ああ、そんなことを考えていたんだ。無理だよ、全然無理」
「なんでさ?」
「俺の最大呪力が100だとすると、お前の呪力はせいぜい30だ」
プライドを傷つけられたからか、怒るような悲しむような表情をして、言葉を詰まらせるソラナ。
「そして、御前様の呪いを解くのに必要な呪力は少なく見積もって1000だ。それに呪詛構造だってとんでもなく複雑なんだ。呪いに関する知識の点という点では、俺たちと御前様では10倍なんかじゃ済まんだろう。ハナから解呪なんて考えるだけ無駄だって言っているだろ」
などと冷静に状況判断を述べていると、ソラナが寂しいような悲しいような表情をするので
「いや、呪力には最大キャパシティと単位時間当たりの供給量の二つの要素があるからな。肉弾戦が得意な奴は、キャパよりも供給量の方が大事だと聞くぞ」
と、慰めにもならないフォローを入れてしまう影麻呂だった。
何かを言おうと口を開くが言葉にソラナ。だが言葉にならない。
その言葉を聞こうと、黙って時を待つ。
沈黙への回答は、頬を伝う一条の涙だった。
「対価は支払ってんだぞ、気に病むなよ―――ま、そう割り切れないお前の方が人間らしいとは思うけどな」
影麻呂は未練がましく握られたままにしておいた両手に目を落とす。
「なぁ、手。そろそろ解いてもらっていいかな」
女の子らしい柔らかくて不思議な感触。誰かに手を握られるのって悪くはないな。
だからって、奇跡が起こるわけでもないけども。
「お前はまっすぐで、諦めることを知らないからこそ、ここまでこれたんだろう。でもな、この世界には50年以上火災で燃え続ける町があって、その町に住み続ける住人もまたいるんだ。誰が彼らを救える?」
ソラナは涙をぬぐい、鼻声で問いかける。
「はい、いいですか。何の話か全然分かりません。ご主人様はたとえ話が下手すぎです」
「あーん? いやいや分かるだろ! よーは大きなお世話ってことだよ」
「あのね、高校2年生にもなって、いつ死んでもいいだなんて中二病を拗らせてるだけだよ?」
「お前に俺の何が分かるんだよ。陰キャなめるな。明日世界が終わればいいなんて考えたこともない陽キャは黙ってろ」
「ご主人様っていつもカッコつけて何も話してくれないんだからぁ。相談乗るよ?」
「あーあ、俺が馬鹿だった。お前がしんみり涙なんか流すから、話をまとめてやったんじゃないか」
「0点。全然だめです。女の子が泣いてるのだから、ちゃんと慰めましょう」
「うっせ、うっせ。お前は黙って俺の奴隷をやってりゃいいんだよ。俺の生き様をみせつけてやるからよ」
そう言って背中を指さす。男は背中で語ると言いたいのか。
「ただ諦めが早いのは、強さでも覚悟でもないんだよ」
「はいはい。日も暮れたし今日はもう解散だな。明日も放課後ここで集合。そのときはお前の尻をも揉み尽くしてやるぜ」
「どうせ口だけのご主人様でしょ。また教室でね、バイバイ」
「おい、麦茶持って帰りなよ」
こうしてまた、悪くない一日が終わる。
そう思える日なら、それがあと数えるだけしかなかったとして悲しむ必要があるのだろうか。
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