第9話 奴隷根性が足りない(残り94日)

御厨学園は、とりわけ運動系の部活動に力を入れている。

運動部だけで40を数え、多種多様なスポーツに対応するためグラウンドが3つ、体育館が2つ、プールも2つ、付属する剣道場、柔道場、弓道場エトセトラエトセトラ。テニスコートも10面ある。

 部室があるクラブ棟も点在していて、公式には8番棟までが存在する。

 休み明け月曜日の放課後、影麻呂たちが訪れたのは、幻の9番棟であった……


 なぜか今日はそろって体操着姿。出るとこは出る、引っ込むところは引っ込む、スタイル抜群のソラナさんの体育着姿は一段とエロい。


「この学園は戦前は女学校でね、その伝統を引き継いで長らく女子校だったんだよ。それが共学になるという話になって女子生徒たちが猛反対。ついには武力闘争になったんだ。そのとき、共学反対派が立てこもるために建てたのがこの幻の9番棟というわけだ」

 造りは単純だが、街中で見る倉庫と比べて遜色のない二階建ての大きな箱だった。当時の女子高生がこれを作ったと聞くと驚きだが、違法建築という点に関しては納得の出来栄えだった。中に入るとパイプ足場が組まれ複雑な構造になっていたが、その一角にブロック塀で囲まれた一つの部屋があった。


影麻呂は「部屋」の壁紙をビリビリと引き剥がしてた。下地には木の板が見える。


「なるほど。ブロック塀に木の板を張り付けて、さらにその上に壁紙を貼っているわけだ」


 ソラナはバケツの中の糊をかき混ぜながら、黙ってその姿を見ている。

 糊を塗れと言われれば糊を塗る。だって、私は奴隷だもん。

 すっかり黄変していた壁紙は、清潔感のある薄水色のそれと入れ替えられる。


「次は畳を入れ替えるぞ」


 部室はの広さは25畳。柔道の試合場のちょうど半分。

 つまり25枚の畳を運び出し、25枚の新しい畳を運び入れる必要がある。

 厚み6cm、重さ12kg。

 

「よし行け、我が下僕よ」


ソラナは黙って畳を運ぶ。

畳を運べと言われれば畳を運ぶ。だって、私は奴隷だもん。

せっせせっせと25往復。


「ここで殺虫燻煙剤を投入だ。煙が引くまで外壁の塗装だ」


ソラナは黙ってペンキを塗る。

ペンキを塗れと言われればペンキを塗る。だってだって、私は奴隷だもん。

左から右、上から下。脚立に登って左から右、上から下……

それもひと段落つくとソラナはペンキの刷毛を置いて、とうとう口を開いた。


「ねぇ、そろそろ突っ込んでいいいかな? なんで私がこんな地味な作業させられてるのかな? ただの肉体労働だよね。うん、たしかに私は奴隷だよ。何だって言うことを聞くとは言ったけど、でもね。私みたいな、そこそこかわいい女の子を捕まえてさ、ボロボロの倉庫のペンキ塗りさせるのは、何か間違ってないかな?私のお尻への情熱はもういいのかな? ソラナちゃんの体操着姿もHでいいね、眼福、眼福。ブルマがまぶしいでござるよ~って気持ち悪いセリフ言われた方がまだマシだよ。ご主人様にとって、私はもういやらしい対象ではなくて、ただの労働力なのかしら!?それってタイトル詐欺だよね? 」


「お前の切れポイントが分からねーよ!肉体労働を嫌がるなんて、まだまだお前は奴隷根性が足りないんだよ」


 同じタイミングで始まったペンキ塗り。ソラナの塗装済み範囲は影麻呂の実に3倍。それを眺めて満足そうに頷く。


「これを見ろよ。俺が見込んだとおりだ。畳25枚入れ替えて息1つ乱れないのは流石のヴァンパイアハンターだな!」


「私の磨き抜かれたアーツをそんなことで無駄遣いしたくないよ」


「お前だったら、屋根の上にだって登れるだろ。屋根の補修と塗装も頼む予定だ」


「ぷんすか! そもこの倉庫は一体なんなのかな。私が今ここに居る理由、ちゃんと説明くれるかな?」


そろそろ休憩どきかと、影麻呂は用意していたペットボトルの一つをソラナに渡し、もう一本を喉に流し込んだ。


「ずっと部室が欲しいと思ってんだよ。美術室もいつまでも使えるわけじゃないからな。ちょっと面倒くさい交渉をすることになったけど、あと3か月の人生だと考えたら、まぁ悪くはない条件だったもんでな」


「あと3か月とか、そんなこと言わないでよ」


 ソラナは影麻呂の手からペットボトルを取り上げるとそれを口にした。


「こら、自分のを飲めよ」


「なんで『こんもり麦茶900ミリリットル』買ってくるのよ! こんなに飲めるわけないじゃん」


「だったら、最後まで飲めよ。俺に返されても困るだろ」


「何が困るの? ちゃんと言いなさい」


「ほら、ほらだって。こんな雑な感じで間接キッスとか、嫌じゃん」


「ご主人様のうぶキャラもいい加減うざいですわよ」


「キャラとかじゃねーし。なんだこの会話」


 自分の城を手に入れた高揚感と、なぜか機嫌の悪いソラナ。ちぐはぐでどうにも会話が弾まない。

 しかし、ここなら美術室と違って他人の出入りを警戒する必要もない。ソラナにとってもいい話のはずだ。


「明日からここを俺の部室にするんだけどさ、できれば人払いの結界を張りたいと思う」


「私は無理だよ。いつも使っているウィッチクラフトなら取り寄せてもいいけど」


「いや、市販品は避けたい。そこでだ、お前の呪力を借りて俺が術式を組むのはどうかなと思うんだ」


「私の呪力をご主人様に貸す? それってつまりはエナジードレインみたいなこと?」


 ヴァンパイアを数多くの能力を持つが、その代表的なものの一つがエナジードレインだ。他の生物から精気(生命力)を奪い取る超自然的な能力である。ヴァンパイアハンターであるソラナが呪術の貸し借りと聞いてソレを連想したことは当然とも言える。

 ただ、影麻呂の予想外だったのは、ソラナが深刻そうな表情で黙り込んでしまったことだった。

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