第8話 とある呪術の (残り95日)

 締め切った薄暗い部屋で一人、机に向かう影麻呂。

 手元には、紙の切り抜きが一山。それぞれが出来の悪い鳥のような形をしている。

 影麻呂が念のようなものを送ると、それはフルフルと震えるものの、それ以上の変化は起こらなかった。


「ふむう」


 呪力の衰えは深刻そうだ。

 元来呪術者の家の生まれでもなく、必要だから学んだに過ぎない呪詛払い。

 どうせ死ぬのだから、無ければ無いで構わないと思っていたのだが、先日、ソラナに尾行されていたことで少し思うところがあった。

 人払いや陰形(自分の姿を隠し、相手から見えないようにする術)といった便利能力が使えないと、この先不便があるかもしれないのだ。

 

 世界には人知の外にある異能力を持つ者がいる。

 この世のものならざる力、それをどう呼ぶかでその者の世界観が露わになる。

 『理外の力』、その本質は現実の否定だ。

 西欧教会では、魔術、魔力と呼ぶ。つまりその存在自体が悪なのだ。完成された世界を歪める邪な術として彼らは捉える。

 功利主義者たちは、ギフトと呼ぶ。与えられたものだから、できるだけ有意義に使おうという前向きな考え方だ。彼らは完全な世界などという戯言を笑い飛ばすだろう。

 霊力と呼ぶ一派は、祖霊信仰や先祖信仰の篤い文化圏に多い。現世利益的であるが、地に足の着いた考え方でもある。彼らにとっては『理外の力』さえも日常の延長でしかない。

 そして、この日本で最も広く用いられる概念が呪力、呪術である。

 言霊、穢れ、そして人の負の感情、怨念といったものに力のルーツを求める考え方だ。敗者・落伍者たちによる現世の否定、影麻呂はその世界観がとても気に入っていた。


 呪詛祓い師は、人に付与された呪いを分離する能力者だった。

 様々な理由で『呪い』を受けた者を救うのが主な仕事。被害者から分離した『呪い』そのものを放置すれば、その力が強まるので何かしらの処分方法が必要である。 その方法が①他者に呪いを再付与する、②物に封印する、③力づくの処分だ。

 影麻呂が好むのは①の方法、それも自分自身へと移す方法だ。呪いの効果は呪力で相殺できるので、その呪いが消えるまで体の中にため込んで消化してしまえばいい。なんとも素晴らしい自己犠牲の精神かといえばそうではなく、それは呪力を捕食するに等しく、短期で呪力を高めるにはうってつけの方法なのである。己が身で処理できないような凶悪な呪詛を取り込むような失態を犯さない限りは……。


 さて、御前様の強力な呪いを自分へと移したことで呪力を消耗した影麻呂。

 しかし、状況を打開するアイデアを思いついていた。

 思い浮かべるのは、すべての元凶でもある奴隷少女。

 丁度身近にいる彼女から力を借り受けようというのがそのアイデアだった。

 外部から力を取り入れるというのは、異能力の系統問わず、ありふれた発想だった。ただ呪力とは人間の臓器や血液のようなモノ。何の加工もしなければ拒絶反応が起こってしまう。異能力者たちはそれぞれに研究と工夫を重ね、不可能を可能にしてきた。しかし、基礎理論を犠牲にして短期間で呪術を身に着けた影麻呂には、どうにも苦手な分野なのだ。


「外力の利用は仙道系が得意そうだが、あいにく伝手が無し。ソラナのようなヴァンパイア・ハンターは戦闘特化の技術体系で搦め手は苦手と聞くが、一度本人に聞いてみてもいいか」


 手元の資料とインターネットだけでは、調査にも限界がある。

 ネット情報によると「おにゃの子とHなことをすると魔力経路を紡ぐことができる……らしい」 との情報もあったが、それなんてエロゲ?


「いやいや、そんなことは全然期待してないし。変に意識しそうで逆に困るわ」


 スマホの画面を見つめる影麻呂。


「こういう話ってやっぱり対面ですべきか?」


〈なぁ、ちょっとお前の呪力借りたいんだけどさ〉

〈え、なんでそんな大事な話をメールでするんですか。蛇崩君ってデリカシーないんですね〉


「うーん。他人から呪力借りたことないからな、特に女子から物を借りるのは意識せざるを得ない」


〈すいません。ソラナさん。まことに不躾ですが、貴方の呪力を少しお貸しいただけませんか〉

〈呪力とか借りて何をするつもりなんですか。どうして私なんですか。何か変な目的で使うつもりでしょう。幻滅しました〉


「『呪力とは人間の臓器や血液のようなモノ』か。つまり、デリケートゾーンみたいなものだものだよな。誤解がないように対面でしっかり話す必要がありそうだ」


〈俺にはソラナの呪力が必要なんだ。中途半端な気持ちで言ってるわけじゃない。俺にはどうしても必要なものなんだ。お前の呪力、俺に預けてくれ〉

〈うん、わかった。ご主人様、私を好きにして!〉


「だーかーらー。そういう展開は要らないって言ってるじゃないですかぁ」


〈おらおら、ソラナ。テメェの呪力をよこせぇ。俺がお前の呪力を一番うまく扱えるんだよ。〉

〈くやしい、でも……〉


「俺ご主人様だぞ、もっと堂々と呪力をよこせと言った方が格好も付くんじゃないか」


今度は鏡に向かってキメ顔を作る影麻呂。いや、キマってないよ……


「うーん」


こうしてまた一日が過ぎていく

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る