第5話 線分;つながる2点・中編(残り97日)


 翌朝、授業が始まると同時に、ソラナの企み気付いた影麻呂は、腸が煮えくり返る思いだった。

 彼の机の中に、布に包まれた見覚えのない箱が一つ。

 これは弁当箱に偽装した対能力者暗殺用爆弾、通称、ランチボックス。

 夜警教団過激派によるテロ……等ではなくおそらく中身はアレだ。


{ご主人様ぁ、お昼のお弁当を作って参りました


  このクソバカ!授業中にDMなんて送ってバレたらどーする!}


影麻呂は教室の正反対、窓側の席に座る少女を睨みつけた。


{心配しすぎだって!先生にバレたらスマホごと処分します


その考え方がバカ!バカバカ。弁当なんて言われても、俺が持参した弁当の立場はどうなる。誰がどう考えたってバッティングするだろ。両方食えってか、俺のカロリー計算なめるな、人生設計をなめるな}


{一口でも食べてもらえると嬉しいな


食べない。お前の弁当は、誰にも食されることなくこのままここで腐り果てるんだ。今日からフードロスの加担者だ。国連に捕まればいいんだ}


ソラナの奴、ちらちらとこっちを見やがって。クラスの奴らにバレたらどう言い訳するつもりだ。

 一応アイツもプロのヴァンパイアハンターということで信用したけれど、ちゃんと偽装アカウント経由でDM送ってるんだろうか心配になってきた。

 ソラナの人気を考えると第三者が違法な手段でスマホの中身を覗き見しかねない。クラスの奴らに「ご主人様」あてのDMなんて見つかったら最悪だぞ。

 影麻呂は絶対にバレてはいけない秘密を危険にさらす、少女の行動に頭を抱える。


{今日はいっぱい話してくれるね。


うるせー。DMは禁止だ!私用でのDMは禁止、今後は業務連絡のみ行うように}


それきり少年は彼女の方を見ることもなかった。


                ◇


デッサン会3日目の空気は最悪だった。

互いに一言も言葉を交わすこともなく、淡々と役割をこなす。

ドキドキイベントも三回目となると流れ作業となってしまう。

ノベルゲーならもう文章スキップでもいいかと思い始めている状態だ。

影麻呂が終了を告げると、ソラナは昨日と同じ様子で、パンツ姿のままご主人様を睨みつけてきた。


「な……何か言いたそうだな、言ってみろよ」


 その言葉をあえて無視するかのように、じっと顔を見つめたまま沈黙するソラナ。


「黙ったままかよ」


「話しても聞いてくれないから、言わない」


それだけ言って、さっさと服を着て出て行ってしまった。


「まったくよぉ」


影麻呂は伝え忘れた伝言をDMで送る。


          明日は休みだから好きにしてていいぞ}


返事はない。

大きくため息をつくと、家路を急いだ。


                ◇


 自宅に着くなり、影麻呂はベッドに飛び込んだ。

 上手くいっていないことは理解している。

 だけど、もうどうでもいい。何をする気力もない。

 何かを考えると自己嫌悪の波が襲ってくる。部屋中を歩き回って、わーわーとわめき散らしたくなる。

 長年の陰キャ生活の結果、影麻呂の最大コミュニケーション・ポイントは極限にまで下がっていた。だのに、勢い余って4日間も連続して陽キャ女子と会話をしてしまったのだ。

 明日が土曜日でよかった。土日は誰にも会わず、ゆっくりとCPを回復しよう。そうしよう。

 そのまま眠ってしまおうかと思ったが、頭の片隅に少女の顔がちらつく。

 仕方ないので影麻呂はしばらく埃をかぶっていた据え置きゲーム機を引っ張り出してきた。

 【セイント・マッスリート4】。

筋肉だけが取り柄の主人公マッスルが前人未到の全陸上競技制覇を目指すという育成シミュレーションだ。過酷な競技日程の間を縫って、全身の筋肉を微調整しなければならない高レベルの育成要素がウリだ。

 シリーズ1作目はデカスロンという十種競技が中心だったが、その後、射撃、水泳、乗馬、スキーと要素が加わり、シリーズ4作目は最高難易度を誇ると言われている。

 残りの人生97日、このゲームはクリアし終えたいものだな、新しい目標を見つけ、思わずにやつく影麻呂。

 夜も更け、日付が変わるころにはエンディングを迎えていた。

 久々の復帰戦の結果は48種目中37種目制覇。

 トゥルーエンドはまだまだ遠い。


「小腹が減ったな」


 そこでカバンの中のアレを思い出した。


「だって、机の中じゃ誰かに見つかるリスクがあるだろ」


 と、一人言い訳をする。

 無感情を装って中を開ける。


「やっぱりサンドウィッチじゃん」


 クンクンと臭いをかぐ。腐ってはなさそうだ。

 一口ほおばる。


「うん、悪くはないな」


 いかにも女の子が作ったような、繊細で、それでいて洗練されていない不揃いな、そんなサンドウィッチだった。

 ソラナのことを考えるは気分がいいことではない。

 アイツは俺のことをどう思ってるのだろうかとか、

 汗は臭くないか? ボサボサの髪は不快じゃないか?

 そういうのが嫌だから、俺はずっと陰キャとして生きてんだ。

 俺は俺、何一つ変える気はない。変わってやるもんか。

 そういいながら、弁当箱の中身を平らげた。


(つづく)





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