第4話 線分;つながる2点・前編(残り98日)

「ねぇ、ねぇ」


放課後の美術室。デッサン会も2日目になるとソラナも慣れた調子で、暇を持てますようになっていた。


「モデルはしゃべらない」


「ぶーぶー」


ポーズを変えれば影麻呂に叱られるので抗議も背を向けたままだ。

何時間も時間をかけてさ、ひょっとしてこれって写真でよくない?と思い付いたが口にはしなかった。

全世界の芸術家に対する冒涜だとか言われかねない。

なんてったってわざわざ木枠に布を張ったアレ、すなわちキャンバスに絵を描くような奴だ。(スケッチブックで充分でしょ!)こだわりは強いに違いない。

ソラナはそんなことを考えていた。


「じゃあさ、私は黙ってるから、蛇崩君が何か面白い話をしてよ!」


「だから、蛇崩君と呼ぶな」


「お願い!ご主人さまーん」


「もはや奴隷という設定がないがしろだな。却下だ」


それからというもの、ただただ沈黙が続いた。

よし、今日はこれくらいにしようか、という言葉を合図にソラナはぎゅっと背伸びをする。


「そーいえばさー、携帯にメッセージ送ったのに返事がなかったよ」


「ああ、返してないぞ」


「なんでさ」


「返す義務はないだろ」


「このコミュ障!」


「そういうのは障碍者の人に失礼だろう」


「ご、ごめんなさい……」


奴隷2日目にして、ソラナにもいよいよ不満が溜まってきていた。

この日のデッサン会も終了。

ソラナもようやく口を開くことが許される。


「私、本当に感謝しているんだ。命を助けてもらったんだから、当然お返しはしなきゃいけない。だから、ご主人様の奴隷になるのだって我慢はするよ。奴隷なんだから、あれこれ言う権利がないことも分かってる。でも、敢えて言うよ!」


「敢えて言っちゃうんだ……。それより、お前、さっさとスカートを履こうな」


 モデルを終えたばかりのソラナは未だその白いパンツを見せつけていた。


「いまさら、私が5分10分スカートを履かなかったからって何が変わるっていうのさ!そんなことより聞いて。せっかくなんだから、もっと和気あいあいとした職場環境を整えようよ。休憩時間には一緒にスコーンを食べたりしながら、もっとお話ししよう?」


「俺のプライベート情報が欲しいのか?」


「ただでさえ、私たちは知らない者同士。そのうえ、お互い表の顔と裏の顔があるわけじゃない。すごく謎な存在なわけじゃない?そういうところ気にならないのかな」


「別に……。言葉を交わさずとも、観察すればわかることもある。今はそれで十分だ」


「じゃあさ、明日からお昼ごはん一緒に食べようよ」


「普段の学校生活では、俺とお前は無関係だ。俺には一切話しかけるな。これは奴隷ルールその2」


「無関係だなんて、クラスメートじゃん」


「ただのクラスメートは赤の他人だろ」


影麻呂は、議論はこれで終わりとばかり、部屋の片づけを終えるとソラナを無視するように部屋を出ていく。

取り付く島のないその態度に、ソラナは密かに反逆の機会を伺うのだった。


                ◇


20:01

 {やっほー! ご主人様の好きなサンドイッチの具は何かな? ハム? たまご? それともツナ?」


20;13

 {ご主人様はいつもご本を読んでらっしゃいますけど、どんな内容なのですか?


20:27

 {ご主人様はインドア派ですか?それともインド派ですか?私はインドかな。自分探しの旅に出ちゃいます。


22:11

 {わたくし新人奴隷として、一度懇親会を開く必要性があると思料いたしますが、いかがでしょうか。返信お待ちしています


 返信はなかった。


(つづく)

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