第3話 始点 ことのはじまり
中高一貫の私立炮烙御厨学園は森に囲まれた自然豊かで広々としたキャンパスが有名で、その敷地面積は30万㎡に達する。
学園案内図に載っていない理事長私邸を知っていれば、学園の物知りさんで充分通用する。そのまま道沿いに奥へと進めば学園敷地外に出て霊山
靴の中はびちょびちょで、今まで見たことのないような虫に体中を噛まれることもあって、たまの生物調査以外で訪れる生徒ない。
古びた社の裏にある天然洞の入り口が、よもや学園の敷地とほぼ同じ広さの地下洞穴に繋がっているなどとは予想だに出来ないだろう。
入り組んだ地下洞穴を迷うことなく進んでいく人物となるとこれはもう、まともな人間の類ではない。
最深部へと入り込むその一歩直前で、少年は少女に声をかけた。
「待ちなよ。その先に何がいるのか理解しているのかな」
少年が電灯を向けると、少女は銃口を向け返してきた。
純白の戦闘ドレスに身を包んでいるのは、天花寺ソラナ。今日、学園に転校してきたばかりの転校生だ。影麻呂は随分といいケツした女だなと思い、ずっと後を尾けてきたのだが、どうやらとんでもないことなったみたいだ。勿論半分は軽口だ。
影麻呂もまたシノビ装束で身を包み、正体はすぐには分からないようになっている。
白銀色。装飾入りのリボルバー銃、こんなものを使うのはアイツらしかいないな。
「お前、ヴァンパイアハンターか。止めとけ、御前様は規格外の存在だ。人間がどうこうできるもんじゃない。まして一人で挑むなんて阿呆の所業だぞ」
「貴方、学園の人間? 悪いけど九尾は始末させてもらう。邪魔するようなら貴方も容赦しないんだけど」
互いに防刃・防弾の戦闘装束に身を包んでいる。白兵戦での決着には手間がかかりすぎる。おそらく相手は魔術・呪術の類の使い手。そうであれば目に見えているものは当てにはできない、お互いにそう感じていた。
「邪魔はしないさ。ただ、陽キャは陽キャらしく学園生活を楽しめばいいのに、もったいないなと思ってるだけ」
「私は祖母の仇を討つためにここに来たの。目的さえ果たせば、明日にでもおさらばよ。学校生活なんて私には退屈なだけなの」
そういいながらソラナは拳銃をホルダーに戻し、無駄に争う意思はないことを示した。
影麻呂は、制服姿のとき以上のオーラの輝きを彼女に見た。いや目に見える何かではない。呪力を感知できる彼でさえ目には見ることのできない、人間としての輝き、カリスマ力。そういうものを彼女は持っているのだ。
今日、ここで死ななければ、きっと彼女は偉大な人物として偉業を成すことだろう。
「この世の中には、どんなに納得がいかなくたって、受け入れないといけないものがあるんだよ。それが分からないから苦労すんだけどよ、相手が午前様ってことなら明らかじゃないか。学校の皆はお前が好きだぜ。そういう奴は死んじゃあいけないんだ」
「私、ハンガリーでは30人の吸血鬼クランを一人で殲滅しこともあるの。それに……」
コイツがあれば、最悪でも相打ちには持ち込める。
ソラナは最後の拠り所を言葉にすることはしなかった。
「会ったこともないんだろ。君はその、お祖母さんに」
午前様がまだ外で活動していたころとなると、もう50年以上前のことだ。
おそらくソラナのその父親か母親がまだ幼かったころに亡くなっていることになる。
「今の時代はね、ビデオカメラってものがあるの。そうでなくたって、我が一族が受け継いできたものがある。それを裏切ることはできない」
ソラナの強い意思表明を前に、影麻呂は何も言わなくなってしまった。
ソラナは目の前の少年に興味をなくし、ふんと鼻を鳴らすと奥へと進む。
天井の見えない巨大なドーム状の空間。その中央には小さな湖があった。
「今日はお前が遊んでくれるのかえ」
その声は直接脳に届いた。
湖に浮かぶ知さな小島に童女の姿が見える。
「御前様だ」
ソラナを追って入ってきた影麻呂がその姿を確認する。
ソラナ深く深呼吸をする、
念願が、宿願が、宿業が、今叶うのだ。
「私はイギリス王命退魔士長フレデリック・アーサー・ウェザーエザー2世が忠実な下僕、正退魔士ルシア・マルティネス・アルバレスの嫡孫にして後継者・天花寺ソラナである」
「毛唐の狩人か。昔、遊んでやったこともあったと思うが、最早よう覚えておらんの。つまらん連中じゃった」
「我が祖母の仇だ。狩らせてもらうぞ」
ソラナは前に駆けだすと同時に、すでに拳銃を構えていた。照準を合わし、正確に1発、2発、3発。真銀の弾丸が童女を射抜く。
しかし童女は、身じろぎひとつせず……
「ほう。ならば、これはどうか」
どす黒い悪意の塊が濁流になって押し寄せてくるような、おぞましい気配が一瞬。
呪力を視る影麻呂には、一直線に伸びる黒い閃光が見えた。
それも次の瞬間には消えていた
それと代わりに……
ソラナは全身の穴という穴から、血を吹き出し、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
「脆いの。4割というところじゃったが、一撃とはなぁ」
御前様は禍々しい笑顔を影麻呂に向ける。
「お前は掛かってこんのか」
「もちろん。御前様に対して悪意を向けない限り、御前様は俺たちを攻撃できない。それがここのルールですよね」
ルールの再確認。その行為が午前様へのせいいっぱいの抵抗だった、
影麻呂はソラナの傍に駆け寄ると、その様子を確認した。
「呪いによる即死ですか。20ある防御機構を呪力で無理やりねじ伏せてとは、俺たち人間とは発想が違うな。はぁ、まったく。俺が趣味で呪詛払い師をやってなけりゃあ、お終いだったぜ」
影麻呂はソラナの胸に片手をあてると、なんやらと呪文を唱えだした。
それを興味深そうに眺める午前様。
「呪いを自分に移すのか。ふむ、お主はその女を好いておるのかな」
「いや、全然。いいケツしてる女だとは思いますけどね。ただ、俺なんて陰キャが生きてるより、こういう奴が生き残ったほうが周りが幸せになる気がするんですよねぇ」
「くわっ。男という生き物は皆阿呆よ。」
午前様は声をあげて笑う。
「あほうで結構コケコッコーっすよ」
最高のケツを見つけてから、ずっと嫌な予感はしていたんだ。
自己犠牲なんてものに興味はないが、なんだろうか。自分がやっていることが間違いだとは思えない。
「もちろん我が呪詛、解除する方法も無くでもないぞ。そうじゃの『○○○○〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇』なんてのはどうか」
「あははははは、それって俺には絶対に無理な奴じゃないですか。御前様というのは本当にこの世の悪意を煮詰めたようなお方ですね」
「妾とてその本質は神の御使いじゃぞ。人ならば死のその瞬間まで無様たらしく足搔いてみせよというありがたーい教訓じゃ。」
その言葉を最後に童女はすっとその姿を消した。
「私、死んでた」
「おはよう」
「ごめんなさい」
ソラナにとって我が身に起こったことだ、仕組みは分からずとも、何が起こったかは理解ができた。
「心臓がほとんど止まってる。呪力もほとんど残ってない。そんで、100日後に俺は死ぬ」
影麻呂は、日課の報告化のようにあっけらかんとした様子でそう告げた。
「本当にごめんなさい」
「余計なことしないで!助けてなんて言ってないわよ、なぁんて言ってりしないのかよ」
「私のせいでこんなことになっちゃった」
影麻呂は泣きじゃくりながら頭を上げる少女の姿をこれ以上見たいとは思わなかった。
「じゃあ、今日からキミは俺の奴隷ってことで。命の対価だ。そんくらいで丁度いいだろ」
とりあえず、今一番やりたいことは叶いそうだ。なら、あと100日、やりたいことをやり尽くすのも悪くない。コイツだって色々手伝ってくれるだろうから、苦手なことは全部任せる。まあ、そんな悪い人生じゃなかったと思う影麻呂だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます