第35話 水と油

「これが入り口か……」


「そう、裏から来てやっぱり正解だったわね。敵がほとんどいないわ」


 確かに見張っている人間は少なかった。


 少人数の見張りは、俺とリッツォーネで迅速に始末した。


 ペドロのスキルは目立つので、俺とリッツォーネが適役だったのだ。


「さあ行くぞ。お前らも気を張って行くぞ。遊びに来たんじゃあないんだからな」


「その言葉、そっくりそのまま返すよ」


「……」


 まあいい、今のところ順調に進んでいる。


 恐らく正面から進んでいったリュウとイヴァンのおかげで、テロリストたちは忙しそうだ。


 正面の方へ走って出て行ったり、今度は帰ってきたりとせわしない。


 今はいちいち下っ端の相手をしている暇はないので、この状況は非常に都合が良い。


 アジトの裏口は、正面の入り口、滝の背面に存在する。ここはほとんど裏口と言うよりは、自然に空いている穴のような場所だ。


 俺たちは気づかれないよう、慎重に中に入る。


 中は思いのほかきれいな場所だった。旅館のような雰囲気を感じる。


 目標は敵幹部。何人いるかは不明だが、少なくとも本拠地を空にすることは無いだろう。


「んで、僕たちはどこに行けばいいんだ?」


「一応リュウさんからマップはもらっていますけど、あんまり信用しすぎない方が良いですね」


「まあそうだな。ちゃっちゃと終わらせて早く帰ろう。こんな所には何の面白みも感じない。慎重に行くか」


 彼は慎重に行くと言っておきながら、ずんずんと前に歩き始めた。


 壁に沿って歩くでもなく、隠れながら見張りをかわすでもなく、いかにも自分の家であるかのように歩き始めた。


「ちょ、ちょっとリッツォーネさん!」


「慎重さと臆病は違うぞキラ」


「いや、確かにそうですけど」


「安心しろ、僕は強いんだ。大船に乗った気でいろ」


 その時、俺はある違和感に気が付いた。


 そう、ペドロがやけに静かなのだ。ペドロの方を見ると、体をわなわなと震わせて、待てをくらった犬のようになっていた。


 あの元気なペドロがおとなしいと、何か嫌な予感がする。


「……ペドロさん?」


「もう……無理だ、限界だ」


 すると俺の後ろにいたはずのペドロの姿が消える。いや、消えたのではない。瞬時に移動したのだ。


「アタシが雑魚を全員蹴散らすからッ! 二人は先に進みなッ!」


 するとペドロの身体が巨大化し、猛スピードで敵に突っ込んでいった。


 突然アジトとの内部に現れたそれに対応できるテロリストはほとんどおらず、ことごとくペドロに粉砕されていた。


「突っ込んで暴れるだけって、面白い戦い方だな。僕には真似できないね。あいつはアベンジャーズから抜け出してきたのか?」


  確かに無茶苦茶な戦い方だが、おかげでコソコソ隠れながら進まなくて良さそうだ。


 彼女は進行方向にいるテロリストたちを一掃しながら、まるで台風のように直進していった。


 俺たちはその後に後から続く。


 だがここで思い出した。リュウが言っていた言葉。


 確かリュウは、「個人個人で動いて行動することが多い」と言っていた。


 理由が分かった。そもそも性格の問題以前に、ジョブやスキルの癖がみんな強いからだ。


 少数先鋭と言えば聞こえはいいが、言葉を変えると水と油だ。


 ペドロのように一人で暴れまわり、大人数を相手にできるような力を持っている人と、俺のように影から攻撃する人が同じように行動できるわけが無い。


 だから個人で動いた方が、それぞれの長所を活かしきることができるのだ。


 普通のギルドならば、大体似たようなスキルの奴を同じチームにして、目的を与えるのがほとんどだ。


 あるいは少人数の友達同士で組んだようなギルドならば、それぞれが協力して行動できるかもしれない。


 今思えばこのギルドは、リュウと言うリーダーの元に、目的が同じ(諸説あり)人間が集まっただけのギルドだ。


 簡単に協力し合える場所じゃない。


 だが決して話が通じないわけじゃない。だからこうして一応、目的達成のために動くことはできている。


 歩いて行くと、道が二手に分かれた。右に曲がるか左に曲がるか。


 もうペドロの姿は無い。


「道が分かれましたね」


「ああ、んじゃあ分かれるか」


「ちょっと待ってください」


 確かに分かれるのは、何かの捜索をするのに有効な手段だ。


 散れば散れるだけ、捜索範囲が広くなるからだ。


 だが今回は捜索がメインではない。あくまで幹部を討伐するのが目的だ。


 だから見つけられたとしても、倒せなければ意味が無いのだ。


「ここは一緒に行きましょう。何があるか分かりません。死んでしまえば連絡も取れなくなります」


「まあそうだな。じゃあ左側から行くか」


 左側に足を進める。


 するとその前方向から、数人のテロリストたちがこちらに向かってきた。


 見つかってしまったか。……いや、隠れてないし当然か。


 俺がナイフを引き抜こうとすると、リッツォーネは腕を出してそれを制した。


「あれくらい、僕一人で十分だ。そこで見てろ」


 リッツォーネは腕をぐるぐると回し、風を纏った。


 彼は面倒くさそうな表情をしていたが、決してその目線だけはテロリストたちの方から外さなかった。


 テロリストたちも武器を構える。


 リッツォーネは武器を持たない。


 人の数でも装備でも負けているようだったが、俺は彼が勝つだろうと確信していた。


 彼の自信には人を安心させる力があるのかもしれない。

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