第33話 突然の登場

「おい、そっちはどうだ!」


「駄目だ。そもそも世界規模のテロが起きるなんて、誰が予想できたよ。ここには、救助者はいない」


 東京、渋谷。


 普段買い物客や観光客であふれるこの場所は、今は閑散としていた。


 普段はジャンクフードショップのゴミなどが落ちているが、今は弾薬の薬きょうが散らかっている。


 その中を、迷彩柄の装備に包まれた二人の自衛官が歩いていた。


「人がガラガラの渋谷なんて、俺は初めて見たぜ」


 一人の自衛官がつぶやく。


「俺もだよ。警官も戦ってたらしいが、まああの装備じゃな」


 一般の市民は、みんな地下シェルターや、政府の特別管理地区へ避難した。


 とはいえ長くは持たない。


 早くこの国から奴らを追い出さなくてはならない。


「……WARの構成員があそこまで多いとは。やっぱり先進国に対する恨みってのは舐めちゃいかんな」


「結局俺たちは、西欧諸国が植民地作ってた頃と何も変わってないってことだ」


 すると大きな爆発音が響いた。


「チッ。おい、まだ弾はあるな!?」


「ああ、できるだけ温存してきたからな。病院にたどり着くまでに尽きないことを祈るだけだ」


 二人の自衛官は、銃を構えながら走る。


 壊れた自動車や軍用車を盾に、目標へと向かって行った。


ーーー


 隠しフィールドにたどり着いた。


 そこは岩肌に、細い水の流れができているきれいな場所だった。緑のコケや、差し込む明るい日差しのようなものが再現されている。


 改めてやっぱりすごい技術だなと思う。


 アップデートした方が良いなと思う部分もあるにはあるが、このクオリティのゲームを生み出せたのはすごいと思う。


 一連のテロさえなければ、このゲームは更にゲーム人口を増やしていただろう。


 病気や事故で、体が満足に動かせない人も、この世界ならば自由に動き回って冒険することができる。


 そして、このゲームが誕生したことで、後継ゲームが更に可能性を増やし続けていったことだろう。


 あくまでそうだったかもしれないという可能性に過ぎないが。


「リッツォーネさん、何か見えますか?」


「ああ、この魚は一体どんな」

「料理の話以外でお願いします」


 彼は一瞬怪訝そうな顔をしたが、すぐに首を横に振った。


「さあね。何にも見えないよ。本当、この場所」


 確かにきれいだ。きれいすぎる。


 普通アジトなら、隠しフィールドの入り口に見張りがいてもおかしくない。


 だが人の気配はしない。隠れているのかもしれない。


「慎重に行きましょう」


「ふん、僕を誰だと思っている。言われなくともそのつもりだ」


 ゆっくりと道を歩いて行く。


 その時、何かがこちらに近づいてくるのが聞こえた。


 足音、装備がこすれる音、何か武器を振り回す音。


 それら一つ一つは小さな音だが、重なり合って聞こえてくる。


「リッツォーネさん」


「分かってる。武器は構えとけ」


 ナイフを引き抜き、リッツォーネもピタリと動きを止める。


 何が来るか。


 近距離タイプなら、リッツォーネに動きを鈍らせてもらい、俺が撹乱してクリティカルを狙う。


 遠距離タイプなら、俺がおとりになってリッツォーネを視界から外させ、そこを裏からついてもらおう。


「うがあああああああああッ!」


 雄たけびを上げながら近づいてくる。


 目の前の岩が砕け散った。粉々になったそれは、俺たちの方に流れ星のように降り注いだ。


 一つ一つ壊す余裕はない。


 俺は瞬時に後ろへ跳躍し、退避した。そのまま岩の向こう側へと回り込むため、右方向へステップを踏む。


 一方リッツォーネは一歩も動かず腕を振り、スキルで目の前の飛来する岩の破片を砕いていた。


 リッツォーネのスキルやジョブが気になるところではあるが、今はそこを気にしている暇はない。


 ひとまず岩の破片は避けきれた。


 今は後ろにいるであろう、敵本体を対処するべき時だ。


 すると俺の横を何かがかすめ跳んでいった。


 直後、後ろの方で大きな音が鳴った。何かが岩に直撃し、砕け散った音がした。


 振り返ると、そこにはHPがゼロになり、死んでいる男がいた。


 その男は、岩に直撃して死んだのかどうか分からないが、全身の装備が破壊されていた。


 そして注目すべきはその男のステータスウィンドウだ。そこには、警告マークが書かれていた。


「まさか」


 その男は裏ギルドのメンバーなのではないのだろうか。


 だとすれば、裏ギルドのメンバーを倒せるほどの実力者が、今リッツォーネの方へ向かっていると言う事か!?


 それはマズい。いくらリッツォーネが強いと言っても、相手はそれを超える強さなのかもしれない。


 もしそうだった場合、リュウの作戦は失敗に終わることになる。


 そもそもの偵察がバレていたのでは、その後の行動も相手側に筒抜けだと言う事だ。


「リッツォーネさん逃げろ!」


 俺は急いでリッツォーネの元へ駆ける。


 目線の先には、二人の影が見える。だが粉塵でよく見えない。


「リッツォーネさんッ!」


 緊迫した状況の中、俺は彼の名前を必死に呼ぶ。


 だがその姿を鮮明にとらえたとき、俺は力が抜けた。いや抜けてしまったと言った方が良いかもしれない。


 なんとリッツォーネの目の前に、背の高い女が腕を振りかぶっていたのだ。


 もう間に合わない。


「やあリッツォーネ! 元気してたか~!?」


「やめろ、引っ付くな。ここは戦場だぞ」


「知ってるよん。だからこそ、こうやって再開を喜び合っているんじゃないか! テロリストと戦うの結構体力使うんだからさあ。ん!? もしやあれは新入り!? やっほー!」


 その背の高い女は、俺に向かって大きく手を振った。


 どうやら反応を見る限り、その女も裏ギルドのメンバーのようだ。


 それによく考えれば、死んでいた男の名前を見ればよかっただけの話なのだ。


 裏ギルドのチャットには参加している。それに名前は全員分覚えた。


 だから男の名前を見れば、一発でテロリスト側だと気づけたはずなのだ。


 やっぱり人間、焦ると簡単なことにも気づけなくなるらしい。反省しなくては。


 女は長身で、目線がかなり上にある。深緑色の長い髪を、毛先で結んでいる。


「アタシはペドロ! よろしくね、ボーイ!」


「ペドロさん、よろしくお願いします」


 するとペドロはぎゅっとハグをしてきた。


 その豊満な胸に押しつぶされそうになる。


「おい、止めておけペドロ。マセたガキには刺激が強いぞ」


「挨拶よ挨拶。君の国でも初対面の人にキスするじゃない」


「チークキスだ。一緒にしないでくれ」


「もう拗ねちゃって~。分かった分かった、ほらリっちゃんも!」


「誰がリっちゃんだ。おいよせ引っ付くな」


 こうして裏ギルドのメンバー一人と合流することができたのだ。


 まあ何と言うか、かなり個性的な人しかいなそうだという事が分かってきた。


 なんとなく、リュウがどうして裏ギルドのリーダーを任されているのかが分かってきたような気がした。


「さあ、行きましょ。クロも先で待ってるわ」


 その名を聞いて反応する。


 裏ギルドのメンバーの名前にもあったが、俺が思い描いているあの人物では無いだろう。


 これだけプレイヤー数がいると、同名のプレイヤーがいても不思議じゃないからな。


 お助けギルドの連中と最後に会ったのはいつだったか。半年前ぐらいに、一回俺とお助けギルドの四人でNPCのレストランに行ったっきりだ。


 また今度顔でも見せに行くか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る