第31話 番外編 わだかまりと仲直り

 装備が心もとなくなってきた。


 俺は基本的に初期から、あまり変わらない装備を付け続けている。


 もちろん壊れたり、強力な装備が手に入れば替えるが、それでも大部分が同じような装備で構成されていた。


「うーん。買い替えた方が良いかな」


 俺は自分の靴を見る。


 靴は初期から一度替えた程度で、ずいぶんボロボロだ。


 暗殺者ジョブは、手よりも足を使うことが多い。


 それは攻撃手段と言う意味では無くて、気配を消したり、素早く動いたりする場合、どうしても足が達者でなくてはならない。


 だから結構靴は傷みやすい。


 それに、足音が鳴りにくい靴と言うのは、普通の靴と比べて高価だ。モンスターを日常的に狩っていなければ、欲しい靴は手に入らないのだ。


 幸い、今は貯金をしてゴールドがたまっているので好きな靴が一つは買えそうだ。


 そうと決まれば町を散策しよう。


 NPCのショップもいいが、できればプレイヤーから直接買いたいな。


 プレイヤーから買う方が、性能の良い装備を購入できたりするのだ。値段はピンキリだが、試してみる価値はある。


 だがここで一つ問題が発生した。


「声かけるの、結構勇気がいるなあ……」


 そう! 声かけるの結構勇気いる問題!


 俺は初対面の人に、普通に声をかけるのは結構ハードルが高いと思っている側の人間だ。


 傍から見れば、人の傍でうろうろしている不審者にしか見えないだろう。


 だが許してほしい。俺だって初めから不審者になろうとしているわけでは無い。


 コミュニケーションのハードルの高さが悪いのだ。


 別に会話が苦手なわけでは無い。ただ、最初に声をかけるあの行為。それが苦手なのだ。


 駄目だ。苦手を克服するときだ。ずっと苦手意識を持っていて良いことなんて何一つない。


 さあ、話しかけるぞ!



 と言ってから一時間が経った。


 そんな簡単に苦手が克服できるわけ無いだろ。そんなに簡単に克服できるなら、世の中から苦手なんて言葉は無くなる。


「はあ」


 俺はベンチに座りため息をつく。


 ため息をつくと幸せが逃げると聞く。だがため息をつくとことで、気分が晴れるというのなら悪くないと思う。


 まあ俺は気分も晴れないので損しかしていない。


「あれ? キラ君、なにしてるの?」


 その声にびくりと肩を震わせる。


「スミ? 君こそなんでここに」


 スミはこの間のダンジョントラップのことで、合うことが気まずかった。


 俺は少し目線を外す。


「あー、買い物、みたいな」


「私もだよ。この前腕のプロテクターが壊れちゃってさ。NPCの店を周ってるんだけど、なかなか良いのが見つからなくて。ははは……」


「そ、そうか……」


 何となくの沈黙の時間が流れる。

 特にお互い、何を話すわけでもなく考えている訳でもない虚無の時間。


 その静寂を破ったのはスミだった。


「この前の事。ごめん。私が悪かった。全部の責任押し付けちゃった感じで。キラ君だって、助けたかったはずだったのに」


「いや、俺は。……スミが思うほど俺はいい奴じゃないよ。あの時も、知らない人よりもスミに生きていて欲しかっただけだ。どっちも助けるって言う選択肢から逃げただけ」


 またもや静寂。


 だが今度はその静寂を俺が破った。


「だからさ、もうこの話題は一回置いておかないか? 過去はやり直せないし、これ以上暗い雰囲気になるより、俺はスミと仲良くしていたいな」


 するとスミは微笑んだ。


「やっぱり君はいい人だ。私が言うんだから間違いない」


 スミは「これからもよろしく」と言って親指を立てた。


 俺は立ち上がると、アイテム欄から装備を一つ取り出す。


 それは腕に付けるプロテクターで、モンスターからドロップしたそこそこいいものだ。


 それをスミに差し出す。


「俺は使わないからあげるよ。良ければ使ってくれ」


「え、悪いよ……。それに、これ結構いい装備じゃない?」


「まあそうだけど、俺は腕に何かつけてると感覚が鈍るというか……。あんまり好きじゃないんだよ。受け取ってくれると嬉しいな」


「まあそういうことなら……返さないけど良い?」


 俺は首を縦に振る。


「ありがと、大事に使わせてもらうよ」


 スミはプロテクターを手に取り、ぎゅっと握った。


「じゃあ今度は私が手伝う番だね。何を探してるの?」


「靴を探してるんだ。それもただの靴じゃなくて、足音が鳴りにくいやつ」


「オッケー、じゃあいろんな人に声かけてみよっか。町のショップ周りには、交換したい人も多いからね」


 するとスミはさすがのコミュニケーション能力で、色々な人に声をかけていった。


 だが中々目当ての装備を持っている人はいない。持っていても、相場の何倍の金額でふっかけてくる人もいる。


 さすがにそこでポンッとゴールドを出せるほど持っては無いない。


 それに声掛けをスミにばかり任せては駄目だ。自分のことくらい、自分でもできるようにならないと。


 俺は心を決める。


 意を決して人に声をかけてみた。


 すると意外と普通に話し始めることができた。今までの自分は、何にそんなに緊張していたのだろうと思うほどに。


 俺がそんなことを思っている間、スミはこちらを優しい視線で見守っていた。


 かなりの数の人に声をかけたおかげで、その噂を聞きつけて集まってくれた人もいた。


 だがやはり思った以上に高価だ。一回だけ靴を変えたときは、たまたまレアな宝箱を開けたら出てきたのだ。


 だから買うのは初めてなのだが、ここまでとは思わ無かった。


 集まってくれた人の中で、一番安い値段を提示してくれた人でさえ、俺の所持金が全て無くなるような金額だった。


 さすがに、持ち金を全部溶かすわけにはいかない。必要な場面は、これからいくらでも出て来るのだから。


 仕方ない。しばらくの間は、このボロボロの靴で我慢するしかないだろう。


 するとスミがそっと俺に袋を手渡した。


「それで足しにして」


 中を見ると、ゴールドがたくさん入っていた。


「受け取れないよ」


「駄目、受け取って。さっきのお礼として、ね?」


 俺はスミに袋を返そうとしたが、スミは決してその袋を手に取ろうとはしなかった。


「……じゃあ、ありがたく受け取る。ありがとう」


「ん」


 そのゴールドと自分の所持金を合わせて、なんとか新しい靴を手に入れることができた。


「じゃ、私ギルドの方に顔出さなきゃだから」


「分かった。今日はありがとう。助かったよ」


「私の方こそ。じゃあまたね」


 俺たちは手を振り合い、スミはギルドへ、俺は町の外へと歩き始めた。


 俺はホッとした。


 この世界でまともに相談したり、話せる人はスミだけだったので、仲直りができて本当に良かった。


 ギスギスしっぱなしだったら、絶対に心のどこかで後悔する。


 スミがあの場所で俺のことを無視していれば、こうやってわだかまりを解消することも無かっただろう。


「本当、良い奴だな」

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