第30話 失敗はしても負けだけは

「さてと。腹ごしらえも済んだ」


 リッツォーネはソファに寝転がった。


「僕は寝る。起こすなよ」


 なんと彼はすぐに寝始めたのだ。


 普通ご飯を食べ終えた後は、しっかりギルドとしての活動をするべきではないのだろうか。


 裏ギルドで集まって何かをするというより、ここの人たちは各個人で行動しているようである。


 だから今本部には俺とリッツォーネしかいないし、リュウも戻ってきていない。


 ただ逆に言えばそれでもギルドが成立するぐらい、各々が活躍しているという裏返しでもあるような気がする。


 ただリッツォーネが仕事をしているような気配はない。


 ダンジョンに潜ったのも、モンスターと戦ったのも、全部彼の料理の材料になるからだ。


 テロリストの情報を集めている訳でも、レベルを上げて強くなるという目的があったようには見えない。


「情報収集に行かなくていいんですか? 早くWARの本拠地を見つけださないと」


 だがリッツォーネは動かない。ただ、寝転びながら本の山を指さした。


「その中に書いてある。僕たちはもう本拠地を見つけることはできてるんだよ」


「な!?」


 衝撃が走った。


 まさかテロリストたちの本拠地の場所を、掴むことができていたとは。


 それなら話が早い。この時だけは、裏ギルドや他のギルドと結託して、テロリストどもを殲滅すべきだ。


 早ければ早い方が良い。


 だというのに、このギルドの連中は一体何をしているというのだろうか。


 リュウがリーダーなら、あの男がギルドメンバーを集めて、WARの幹部を殺せばだいぶ楽に話が進む。


 そういったことをしない理由は何なのだろうか。


 するとリッツォーネは、その理由を話し始めた。


「分かるだろ、ずっと一人で情報を集めていたお前なら。場所が分かっていても、迂闊に手を出せば返り討ちだ。ゲームプレイヤーが増えることのないこの世界において、プレイヤー人口は貴重だ。むやみに減らせば、そもそもボスが倒せなくなる」


 分かっている。そんな事俺だって分かってる。


 確かにプレイヤー人口は大事だし貴重だ。この世界では人口は減る一方で、増えることは無い。


 だからこそ、どんな人間でも価値がある。戦えない人間も、逃げるだけの人間も、等しく一定の価値はある。


 だが減らさなくてはいけない人間がいる。


 それがテロリスト、WARの連中だ。


 奴らはモンスターと同じ、俺たちの敵だ。奴らが生きていることでもたらされる利益など無い。


 確かに人を死なせるのは悪手だ。

 かつて戦争で使われた、特攻と言う戦術もここでは悪手に過ぎない。


 ただその問題から目をそらし続けるのも違う。


 早急に作戦を立て、テロリストを殲滅させなければならない。


 もう俺たちに次はないのだから。


「なら俺が作戦を立てます。裏ギルドのメンバーが動かないなら、俺が個人的に人数を集めて、いや、集まらなかったとしても……」


「ガキの癇癪に付き合うこっちの身にもなれよ、アア?」


 すると俺の後ろ側から声がした。


 そこには、壁に寄り掛かるようにして立っている男がいた。


 薄い青い色の双眼が、俺をじっと睨みつけていた。


 ここにいると言う事は、きっと彼も裏ギルドのメンバーなのだろう。


「てめえが好き勝手やんのはあ良い。勝手に生きるも死ぬも、俺たちにはどうでもいいからなあ。でもよ、お前は裏ギルドウチに入ったんだ。ぽっと出の新人サマが、俺たちを勝手に巻き込んでんじゃあねえよ」


 男は鋭い目線を送って来る。


 どうやら俺が新しくギルドに入ったことを知っているようだ。


 だがそれにしても、威圧感が凄まじい。圧力だけで屈してしまいそうになるレベルだ。


「……確かに俺が勝手なことを言っていたのは謝ります。ですが、テロリストの殲滅は早急に行うべきなのは事実です。これは絶対事項で、曲げられません」


 しかしその男は、更に圧力を強めた。


「うるせえ奴だな。ンなことは全員分かってんだよ。その本の山を見ろよ。俺たちが集めた情報の山だ。失敗は成功の基だとか言ってる人間がいるな? 別に否定はしねえよ。ただ何の努力もしてねえ奴の失敗と、努力と準備を積み重ねたやつの失敗を同じように扱うのは止めてくれよ。反吐が出る」


 あの本の山は、確かに努力の結晶ともいえるものだった。


 乱雑に置かれてはいるが、それはきっと大量の本を並べるのは面倒だからだったに違いない。


 なんど並べても、またすぐに新しい本が出来上がるからだ。


 その努力や熱量には、素直に感動した。尊敬もした。


 だから俺は彼の主張が間違っているとも思わない。


 ただ反論があるのは一つだけだ。


 彼は俺に対して、何の努力もしていない失敗と言った。


 それはつまり、俺の今までの出来事をすべて侮辱した発言だ。


 レグを死なせ、スミを傷つけ、でも助けられ、その苦しみを糧に裏方に徹してきた。


 裏ギルドの連中がどれほどの苦労を重ねてきたのかは知らないが、その全てを否定することは許さない。


「ハッ、確かに俺は失敗ばかりしてきた。いろんな人に迷惑をかけたし、いろんな人を死なせた。俺が弱いからだ。でも負けるわけにはいかない。たとえ失敗を繰り返しても、負けるわけにはいかないんだよ。お前みたいに、足踏みばかりをしていて、走り出す度胸も無い奴に言われたくないな」


「んだとこの野郎ッ」


 男はこちらに歩み寄って来る。


 だが俺も男に向かって行く。


 間合いが丁度お互いの腕分ぐらいになった時、同時に拳を振り上げる。


 あと数センチで、お互いの拳が顔面を捉えると思った時、急にその勢いは完全に殺された。


「はいストップー。喧嘩しちゃダメだヨ。ここにいるのはみんな仲間だからネ」


 リュウがお互いの拳を、中央で完璧に受け止めていた。


「ほらほら、仲直りしテ。仲間割れほど惨めなものはないヨ」


 俺の拳を掴んでいる彼の手に力が籠められる。


 しまった。少し頭に血が上っていたらしい。


 冷静になれていなかった。


「……すみません」


 俺はぼそりと呟くと、いつも笑顔のリュウの口角が更に上がった。


「んー、えらイ! 君はちゃんと人に謝れるいい人ダ。ほら、イヴァンも謝りナ」


「……チッ」


 イヴァンと呼ばれた男は、リュウの手を振りほどいた。


「悪かった。これでいいか? ただ俺は間違ったことは何も言ってねえ。勘違いすんなよ」


「俺も、間違ったことは言ってませんよ」


 険悪な空気感はぬぐえなかったが、ひとまず一区切りは付いた。


 リュウも笑顔でそれを見ていた。


 リュウは自分の席に向かうと、ゆっくりと腰かけた。


「今日はいい日ダ。なにせメンバーが僕を含めて四人もいるからネ。いっつも寝てるリッツォーネと僕しかいない、みたいなことが結構あるからネ」


 するとリュウは俺の方を見て、何かに気がついたらようだ。


「ちなみに全員で七人だヨ。あんまりここに顔を見せない人もいるけド」


 七人か。少ないと言えばいいのか多いと言えばいいのか。


 テロリストと戦う先鋭が七人と言えば聞こえは少なく聞こえるだろう。


 だが警告マークを受けてなお、裏方として戦い続ける人員が七人もいると考えれば多い方か。


 人数の分布に関しては詳しくないので何とも言えない。


「さて、まあ今日はみんなに聞いてほしいことがあるんダ」


 すると、先ほどまでの穏やかな雰囲気が一変した。


 リュウは決して笑顔を崩さないが、どこか雰囲気が変わった。


「ここは自動翻訳を使わせて頂くよ。……そろそろ、WARの本拠地を叩こうと思う。だからメンバー全員がいて欲しかったんだけど、まあいいか。理由はいくつかあるけど、一番大きな理由はこれかな。WARの幹部が、最近動き始めた」


 幹部が動き始めた!?


 その情報はどこで手に入れられたのだろうか。いや、そんなことは今やどうでもいい。


 それよりも、俺は一年を通して、組織の情報は手に入れることができていたのだが、幹部の情報に関してはほとんどなかった。


 本当にそんな人物がいるのかどうか、不思議なレベルで出てこなかった。


 だがそんな人物の情報が入ったのだ。それも動き始めた、と。


 ならば、すぐに対応しなくてはやられてしまう。先手を取られた時点で負けが濃厚になる。


「僕としては、もう少し周りを囲って詰めていく戦い方がしたかった、んだけどそうも言ってられない。テロを起こされてここに閉じ込められている以上、先手を取られて一歩負けている状態だ。だから、今回は勝つ。二度目は負けてやらない。みんなはどう?」


 そんなの決まっている。戦うべきだ。


 これ以上、好き勝手されるのは阻止しなくてはならない。


「俺は賛成です」


「僕も賛成だ。あいつらがなくなれば、もっと楽に食材を手に入れられるしね」


「……俺も賛成だな。ただ、攻撃を仕掛けて負けましたってんじゃあ話にならねえ。ちゃんと策はあるんだろうな?」


 するとリュウは不敵な笑みを浮かべた。


「もちろん。それに今回だけじゃないだろ? 負けが許されないって言うのはさ」


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