第29話 隠し味、それが後味を生み出す
「おお! 今日は良く素材がとれる日だ」
リッツォーネはモンスターを蹴散らし、その素材をごっそりと取って行った。
俺は基本的に討ち洩らしたモンスターの処理だが、ほとんどない。
リッツォーネのジョブはいったい何なのだろうか。
彼がモンスターに向けて、腕を振ったり押し出したりすると、モンスターが潰れ始めたりダメージを受けたりしている。
直接武器で攻撃しているわけでは無いので、スキル頼りの戦闘スタイルである。
「見ろ! これがオリーブオイルの素材になる、イビルバットの羽だ。豊作豊作~」
イビルバットは、大きめの紺色の蝙蝠だ。目が大きく、超音波で攻撃してくる。
近距離でしか攻撃できない俺のようなプレイヤーにとっては、厄介なモンスターの一匹だ。
空中を素早く飛行するため、狙いをつけて攻撃することが難しいからである。
それは遠距離タイプのプレイヤーも同じだが、モンスターからの攻撃を受けることが、近距離タイプよりは少ない。
だがリッツォーネは不思議なことに、自身が先陣を切ってモンスターをバッサバッサ倒していく。
近距離タイプのジョブでは無いと思うのだが。
「イビルバットの素材は十分だ。もういい。よし、次のダンジョンに行こう」
「そうですね。はやくゴールを目指して脱出しましょ……」
するとリッツォーネは、「脱出のお札」を取り出した。
……いや、まさかな。
ここは別に難しいダンジョンではない。確かにゴールを目指してクリアするのは面倒だ。距離があるからな。
だが決して脱出のお札を使うべきでない場所なのは分かる。
「おい、さっさとお札を出せ。次に行くぞ」
「待て待て待て、ちょっと待ってくださいよ! そんなにポンポン使っていいアイテムじゃないですよ、それ! 貴重なんですよ!?」
だがリッツォーネは、「脱出のお札」をウィンドウに直そうとしなかった。
「ふう、お前はどこの人間だ?」
「え、日本ですけど」
すると彼はやれやれと首を振った。
「料理がウマい国の人間ならわかるだろ。日本は料理がウマい国だ。だからお前は普段からウマい料理を食べていたはずだ。人は幸せを何で感じるか。それは人それぞれだが、僕にはそれが飯だった。なぜならイタリアは世界で一番飯がウマい国だからな」
彼はペラペラと話し始めた。
彼はいったん料理関係の話になると、口数が増えて止まらなくなる。
まだ少ししか共に行動していないが、なんとなくもう分かってきた。
「そしてその僕は、今、飯が食べたい。僕はウマい飯を作り、それを食べることによって幸せを感じる。僕は幸せになるためにウマい飯を作り、そして食す。つまりだな、僕は幸せになるためにこのアイテムを使う、そういうことだ。分かったなら早く出せ。無いなら置いて行く」
無茶苦茶な理論だ。彼の中に生き残るという思考は無いのだろうか。
その場その場で、後先考えずに行動すればすぐに死んでしまう。特にこの世界ではそれが常識として扱われている。
「いや、それはできません。早くクリアすればいいだけです」
「……つまらない奴だな。僕がモンスター如きに負けると思っているのか? お前は負けた時の事ばかりを考えているな、キラ。だから大事な時に負ける。負ければお前が考えていたことが役に立つもんな」
反論は無い。
確かに俺は臆病で、どこか負け癖のようなものがあったかもしれない。
俺が明確に勝利したと言えるのも、失敗の数よりはるかに少ないかもしれない。
だがそれでも、多くの犠牲を払いながらも着実に進み始めている。
ソロ活動で地道に情報を集め、集めた情報を元にテロリストのアジトを特定した。
加えて裏ギルドに参加することができた。それは戦力の補強に成功したと言う事だ。
俺は負け続けてきた。だけど最後に笑えるように、着実に意味のある負けを重ねていく。
決して意味のない死を生まないように、俺は努力してきた。
「そうですね。でも俺は負けるのが悪いことだとは思いません。意味のない勝利こそ、人を成長させないと思います」
「……ふうん。お前はポジティブなのかネガティブなのか分からないな。まあいい。どちらにせよ僕は僕で、お前はお前だ。世界中の全員が同じ味付けの料理を作るほど、面白くないものはない。違いがあるからこそ、優れたものが光る」
そう言うと、彼は脱出のお札をウィンドウにしまった。
どうやらダンジョンを最後までクリアすることを選択してくれたらしい。
「……俺も、お腹が空きましたんで、ウマい料理期待してますね」
「誰にものを言っているんだ。どれだけお前の舌が肥えているかは知らんが、僕の料理に勝てる者はいないさ」
そういうとリッツォーネは口角を上げて、ふっと笑った。
ーーー
町に戻った。
俺は、二人でダンジョンに潜っていたにもかかわらず、不思議とかなり疲れていた。
普段情報集めにフィールドを走っている時の方が精神をすり減らすのだが、今日はかなり疲れていた。
町に入ると、またもやすぐに攻略ギルドの憲兵たちに捕まった。
事情を伝える気力も残っていなかったので、一言「裏ギルドです……」とだけ説明した。
それにしてもリッツォーネはどこで調理するのだろうか。
彼は材料探しの時、周りのことを一切気にせず町を歩き回っていた前科がある。
料理をするのも、町の調理場でするとか言いかねない。
「リッツォーネさん、どこで調理するんですか?」
「地下室に決まっているだろう? 町で料理をして周りの人を怖がらせてどうする。ウマい飯は人を幸せにするためにあるんだ。少しは考えたらどうだ」
目上の人で無ければ、俺はぶん殴っていただろう。裏切られた気分だ。
まさか彼から周りへと配慮と言う言葉が飛び出すとは。世の中何が起こるか、本当に分からないものだ。
攻略ギルド本部を抜けて地下階に着くと、俺たちは裏ギルド本部まで歩いた。
だが本部の部屋に入るわけでは無く、その隣の部屋に入った。
その部屋は厨房のようになっていて、その近くにはテーブルが二つ並べてあった。
「地下階は意外と広くてな。一人一つ程度、趣味部屋が持てるんだ。僕は部屋を改造して厨房プラス食事処にした。料理は素材だけではなく、環境も大事だからな」
するとリッツォーネは、集めてきた材料を次々に取り出し始めた。
オリーブオイルの話は聞いているが、何の料理を作るのかは聞いていない。
「何を作るんですか?」
「うるさい奴だな。テーブルがあるだろ? そこに座っておけ。料理ができるまで、おとなしく腹を空かせておくというのが客のマナーだ。空腹は最高のスパイスと言うが、まさしくその通りだ。どんな味なのか、それは辛いのか、甘いのか、酸っぱいのか想像する。そして想像によって人は……」
またしても俺は話を聞くのを止めた。彼は一度スイッチが入ると止まらなくなる。
返事もほどほどに、彼が話終わるのを待つ。
そして彼は、長い話の後、料理を開始した。
良く分からないモンスターの素材を使い、混ぜ合わせた。
俺はあまりモンスターの素材や、料理に詳しくないため、ほとんど何をしているのかは分からない。
だがそれでも、彼が料理を始めてから、いい匂いが部屋中に充満していった。
久しく嗅いでいなかった、あの食欲をそそるような匂い。
NPCの店も、それなりにウマい店はあるが、専門店の味などに比べると一歩劣るというような感じだった。
しばらく経ち、彼が料理を運んできた。
お皿の上には、湯気を立てているパスタが乗っていた。
「僕特性、黒コショウとトマトのパスタだ! 冷めないうちに食え」
見た目は、麺の上に大きくカットされたトマトとひき肉が乗ってある。そして黒コショウで香りづけ。
一口食べると、それはそれはウマかった。
隠し味程度に、オリーブオイルの風味も感じられた。だがそのほのかに感じる風味が、後味として非常に良かった。
彼は言っていた。「後味を生み出すのは隠し味だ」と。
「どうだ」
「めちゃくちゃウマいです。……ボーノ」
「ふん。ま、当然だな」
リッツォーネは得意げにフォークをくるりと回した。
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