第28話 誇り高き料理人

 その男は、あくびの涙を目にためながら、俺の手元を覗き込んだ。


「ん? それ俺が書いた本じゃあないか。どうだ? 面白いだろう」


 男は自身気に語った。


 だが実際に面白いのだから反論はない。


「まあ、そうですね。面白いです」


「当たり前だ。他の連中のただのメモと一緒にするな。この僕の秘伝のレシピなんだぞ」


「秘伝って人に見られていいものなんですか」


「知らん……いや、やっぱり駄目か? 駄目だな。うん、駄目だ駄目だ。よし、仕方ない、始末しよう」


 すると男は、急激に雰囲気を変化させた。


 ぼんやりとしていた雰囲気から、突如牙をむく獣の雰囲気を醸し出した。


 その衝動的な殺意に、動揺よりも先に警戒心が働いた。


 ナイフを引き抜き、スキルを発動させる構えをとる。


 だが、途中で体がピクリとも動かなくなってしまった。


「なっ……!?」


「うーん? あれ?」


 だがリッツォーネは怪訝な顔をしていた。


「あ、そうか。ここ町の中か」


 すると途端に体が楽になった。


 街の中にいるため、基本的にここで死ぬことは無い。だが、その前に誤解を解いておかなくてはならない。


 まず俺は敵ではない事。そして秘伝のレシピなら、ちゃんと管理しておいてほしいことの二つだ。


 と言うより二つ目は、俺の落ち度ではない気がするが。


「待ってください! 俺は敵じゃないんです。裏ギルドに新しく入ることになりました、キラと言います。リュウさんから何か聞いてませんか?」


 するとリッツォーネはぴたりと動きを止めた。


「リュウ? あいつが僕に話をするはずが無いだろう。あいつは基本的に、こう、ふわふわしているからな」


 そっくりそのままお返しします。


 そう心の中で思った。


「お前は裏ギルドのメンバーなのか。なるほど、どうでもいいな。僕は腹が減った。腹が減っていると言う事は、幸せが減っている状態と言う事だ。早急に飯を作らなくてはならない」


 すると彼はすたすたと部屋を出て行こうとした。


 全く行動原理が理解できない。俺と彼が出会ったのは今日が初であり、彼からすれば俺はただの不審者のはずだ。


 現に彼は、俺を殺そうとしてきた。動機が、敵だから殺そうとしたのかは不明だが。


 そんな彼だが、今度は打って変わって俺への興味を失くしてしまった。


 執着しているように見えていた彼の書いた本も、別に回収するでもなく放っている。


 裏ギルドは、こんなヤバいやつだらけなのか?


 リュウは、ずっと胡散臭い笑顔を浮べてはいたが、まだまともそうだ。


 ただリュウはリッツォーネに今後のことを聞けと言っていた。だから今のところ、彼に頼るしかないのだ。


「今からどこに行くんですか?」


「ん? 決まっているだろう、飯を作りに行くんだ。僕は最高のシェフだ。最高のシェフは、食べるものも最高でなくてはならない。つまり不味い飯なんて飯とは言わない。ゴミだ。だから僕は全員が口をそろえてウマいと、そう言える料理を作る。それしか作らない」


 ……? 


 ちょっと良く分からないが、多分彼はおいしい料理を作って食べる。と言う事を言っているのだろう。


 まあ別に料理を作って食べるのは良いのだが、彼も警告マーク持ちである。


 普通に考えて、町で堂々とできる身分ではない。


 それにスミが持っていたような認識疎外のフードを、持っているような感じもしない。


 だがここで見失ってしまうと、しばらくの間会えなくなってしまいそうだ。


 裏ギルドの本部の出席率を見る通り、他のメンバーに会える可能性も限りなく低いだろう。


 そもそもメンバーが何人いるのか知らないわけだが。


 彼について行くと、


「お前も腹が減っているのか?」


 と聞かれた。


 俺は特にお腹は空いていなかったものの、彼がこれから何をするのか気になったので、


「多少空いてます」


 と、返した。


 するとリッツォーネはにやりと笑った。


「そうか……楽しみにしておくと良い。わが祖国イタリアの、世界最高レベルの料理を作ってやる」


 その時の彼の表情は、いたって真剣そのものだった。


 そういえばあのレシピ本にも、彼は詳しく材料の種類や量まで書き記していた。


 変な人ではあるが、料理に傾ける情熱は本物なのかもしれない。


「それで、今からどこに行くんですか?」


「決まっているだろう。材料調達だ」


ーーー


 大変だった。


 この男は町での視線を全く気にする素振りを見せず、堂々と歩き回っていた。


 街を移動しては、様々な種類の食料を買いあさり、その都度周りの人から攻略ギルドに通報されるといった具合だ。


 俺はずっとヒヤヒヤさせられっぱなしだった。


 一つの町だけでは食材がそろわないらしく、別の町に移動するためにガンガンスポーン地点にも行った。


 食材は基本的に町の中では、NPCが売っていたりプレイヤー同士の物々交換などで手に入る。


 ここまで聞けばわかると思うが、警告マーク持ちプレイヤーに物々交換と言う選択肢はない。


 なぜなら俺たちを見かけただけで普通の人は逃げていくからだ。


 寄ってくる人もいるが、それは攻略ギルドの憲兵たちだ。彼らの町の見回りの仕事である。


 見回りの人たちに、裏ギルドの説明をするたびに申し訳なくなる。


 どういった方針なのかは知らないが、あまり目立っていいギルドでは無いだろう。彼はそのことを理解しているのかしていないのかお構いなしだ。


 見回りの人も、裏ギルドの名前を聞いた途端に嫌な顔をする。


 というわけで残された選択肢は、NPCから食材をかう事しかできないわけだ。だがNPCが売っている食材は、ありきたりなものが多く、種類も多くない。


 だからリッツォーネは不満を募らせていた。


「このゲームはカスだ。食材がこんなにもそろわないなんてな。早くアップデートした方が良いんじゃないのか? ああいや、今はWARのせいでできないのか。じゃあWARもクソだ。全部クソだ」


 不満を募らせているどころじゃなかった。めちゃくちゃキレてた。


 だが彼は決して妥協しなかった。追い求める食材が完璧に揃うまで、何が何でも料理を始めない様子だった。


「仕方ない。おいお前。キラ、だったか? 今からダンジョンに向かう。飯を食わせてやる見返りに手伝ってくれ。その方が早い」


「分かりました」


 別段断る理由もないので承諾する。


 だが裏ギルドの施設案内などをして欲しかった。料理も気になると言えば気になるが、何事にも優先順位と言う物はある。



 そんなこんなでダンジョンに来た。第九のフィールドにあるダンジョンで、今の俺たちにとっては難易度もそこまで高くない。


 彼は胸ポケットから取り出した手帳を眺める。どうやらそこにもレシピが書かれてあるようだった。


 レシピというよりかは、どの場所に何の食材があるかを書いたメモのようだ。


「今から僕たちはオリーブオイルの元を取りに行く」


「オリーブオイルの元? オリーブじゃないんですか?」


 厳密にいえばこのゲーム世界にはオリーブは存在しない。


 世界中の人が新しい発見をすることができるように、名前や入手方法が現実とは異なるのだ。


 だがかぼちゃが木の上にならないように、ある程度の常識は守られている。


 オリーブ(仮)は、ダンジョンに生えているのだろうか。


 するとリッツォーネは、やれやれと首を振った。


「これだから食を知らない馬鹿は……。いいか? この世界に存在しない。ただ、オリーブオイル風は作ることができる。分かるか?」


 ……なるほど。ようやく理解できた。


 オリーブは存在しない。だからオリーブからオリーブオイルを作ることはできない。


 その代わり、オリーブオイルと同じ様なものを作ることはできるという訳だ。


 別の素材を組み合わせて、オリーブオイルを作ってしまおうという話だ。


 リッツォーネは興が乗ってきたのか、あのけだるげな雰囲気はもうなかった。


「イタリア料理にオリーブは欠かせない。有るのと無いのでは、仕上がりに大きく差が出てしまう! そう、オリーブオイルは友達なんだ……! 料理の仕上げ! 味付け! 隠し味! なんだって使える最強の調味料! 分かるかキラ、お前は大事なことを知らない。確かに塩や砂糖も必須だ。なければ料理ができないからな。奴らは調味料のキングと言ってもいい。だがオリーブオイルはそうじゃない。あいつは俺たちと同じなんだ。日陰を生きている、でも必要なんだ。裏ギルドと同じなんだよ! あいつ無しでは僕は生きることがで」


 俺は話を聞くのを止めた。


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