第27話 裏ギルド
「なるほど。初めて人を殺したのはテロリストじゃなかったんだネ」
リュウは頷いた。
俺にとっては苦すぎる過去だ。人を見殺しにしたやつが、人を助けるために動いているなんて矛盾がまかり通っている。
「それで君はどう思っタ? これから君がすべきことは何? それを僕は聞きたイ」
俺がすべきことは決まっている。
俺のために命を賭してくれた人たち。俺が殺した人たち。その命を全て背負って生きていく。
「最悪の気分でした。何の罪もない人を殺したんですから。その点で言えば俺はテロリストたちと同じです。でも俺はあいつらとは違います。全ての命を背負って、俺は敵を皆殺しにします」
リュウは何も言わなかった。
だ彼の顔が一段階明るくなった。決して笑顔を崩さない彼だが、その時は本心の笑顔であった気がした。
「う~ん、良いヨ。濃厚な殺意、香ばしいネ。歓迎するヨ! さあその扉の中に入ろうカ」
気づけばとある扉の前に到着していた。
その扉は地下室の中でもかなり奥の方に位置していた。
俺は扉のドアノブに手をかける。これが裏ギルドの本部。
正当なギルドとは異なる、影の役割を持ったギルド。
一体どんな人物がいるのだろうか。緊張するな。
俺はドアノブを一気に回し、中の部屋に入る。
「……あれ」
だが部屋の中は、俺の想像していたものとは大きく異なった。
部屋の中はもう少し暗くて、おどろおどろしいものを想像していた。しかし実際の部屋の中は、こぎれいに家具などが整えられていて、至る所に花が活けてあった。
なんというか普通に洒落たキレイな部屋、というイメージを持った。
それに人がほとんどいない。長めのソファに、一人の男が眠っているだけだ。
「んー、今日は集まりが悪いネ。いつも通りと言えばいつも通り、仕方ないカ」
リュウはやれやれと首をすぼめる。
リュウはつかつかと部屋の奥まで歩き、一人掛け用の大きめの椅子に座った。
部屋の一番奥の中央にあるそれは、まるで玉座のようであった。とはいえ玉座と言うには、装飾品も無ければただの木製の椅子なので物足りないが。
「改めて、僕はリュウ。一応裏ギルドのリーダーってことになル。よろしくネ」
彼は笑顔を崩さずにそう言った。
「キラです。よろしくお願いします」
「そこで寝ているのが、リッツォーネ。彼は基本的にそこで寝ているか、料理をしているかのどちらかだヨ」
リッツォーネと呼ばれた男は、こちらを一切気にすることなく寝続けている。短い茶髪が特徴的だ。
「他にもメンバーはいるんだけどネ‥‥‥。なかなか集まらないんだヨ。まったく、苦労するヨ。その点君は真面目そうで良かっタ」
褒められているのかは分からないが、とりあえず裏ギルドに入ることはできた。
今まで警告マークがつかないように苦労してきたのは、このギルドの情報を集めるために、ある程度の自由が欲しかったからだ。
だが現に参加することができた。
おそらく、これからは一人でやっていけるほど甘くないだろう。四人のWARの幹部たちとも戦うことになるだろうし、プレイヤー側も人数が減ってきている。
情報集めを一区切りつけて、そろそろ実行に移す。
「そういえば、君面白いノート持ってるんだっテ? ちょっと見せてヨ」
ランドルフに話していたことをすっかり忘れていた。
俺が一年を通して、一人で二集めた情報を書き記した手帳。彼らにどこまでその情報が、目新しく映るのかは分からない。
「どうぞ」
俺はアイテムウィンドウから取り出した手帳を、リュウに手渡した。
リュウはそれを受け取ると、パラパラとそれを読み始めた。
リュウがそれを読んでいる間、特に何をするでもなく突っ立っていたが、しばらくするとリュウが椅子から立ち上がった。
「これ、一人で書いたノ?」
「まあ大体は一人です。手伝ってもらったこともありますけど」
「中々面白かったヨ。特に各フィールドのアジトの場所分析なんかは、興味深いものだったネ。ただちょっと甘いかナ」
「甘い?」
「うん。この手帳には、君が調べた色々な情報が書かれてある。だけどとある一つのことが、一切書かれてなかったんだヨ」
とある一つのこと?
何が書かれてなかったのだろうか。思いつくことや、関連性のあるものはメモしておいたはずだが。
「これね、WARの死体の場所が一つも載って無いんだヨ。君も何回か殺したこと、あるだロ? 見かけたこともあるんじゃないカ?」
死体? そんなものの場所を書いて何になるんだ?
アイテムを拾うならまだしも、死体そのものに価値はないはずだが。
「死体は重要だヨ。基本的に、誰も見ず知らずの人の死体なんて拾わないでショ? でも、もしその死体の位置が変わっていたラ? 無くなっていたラ?」
そういう事か。
死体がもし回収されていたりすれば、その場所をWARの連中が通ったってことだ。
回収されていなくても、誰かが死体を確認しに来るかもしれない。
確かに死体の場所と言うのは盲点だった。
「僕たちも色々情報を集めてるからネ。そこにある本に色々まとめてあるから、好きに見てもいいヨ」
リュウが指さした方には、乱雑に積み上げられた本の山があった。
管理は適当だが、本の数は相当ある。
伊達に裏ギルドを名乗っていないと言う事か。
「ああ、そうそう。僕、今日ちょっと用事あるんだヨ。後の事は、そこで寝ているリッツォーネに聞いテ」
「用事って、町にですか?」
「違うヨ。僕も警告マーク持ちだヨ。速攻で攻略ギルドに排除されることは無いけど、ま、モラルだネ」
そう言ってリュウは部屋から出て行った。
裏ギルドと言う物騒な名前がついている集団のリーダーが、モラルをしっかり守っている。
一般的に言えば違和感がある。
裏ギルドと言う名前ながら、まあ別に罪のない人を攻撃するようなギルドじゃないしな。
ただ正規のギルドが活躍しやすいように、邪魔なものを排除するだけなのだから。
それはともかく。
あとの事を聞いてくれと言われていた、リッツォーネと呼ばれていた男は、ずっと寝続けている。
警戒心と言う物がないのだろうか。
ここは町の中と言う扱いだから、攻撃してダメージを与えることはできない。
が、知らない人に近寄られているという事実がある。
裏ギルドの所属していると言う事は、それなりに実力はあるとは思うが、本当に大丈夫なのだろうか。
まあいいか。それよりも、あの本の山を読ませて頂こう。あの山の中には、貴重な情報がたくさん載っているかもしれない。
本の山の一番上の本に手を伸ばす。
しばらくの間読んでたが、かなり面白かった。
全ての本が、同じ作者で描かれてある訳ではなさそうだ。一冊一冊、書いている人の癖が出ていたからだ。
言語は自動翻訳されているので、違和感なく読むことができる。だがその癖まで統一されているわけでは無い。
書いてある情報もそれぞれだ。
テロリストがどんなスキルを持っていたかであったり、どんな罠を使ってきたか。現実世界は今どうなっているかの考察であったり、アジト関連の情報をまとめているものもあった。
俺が特に面白いと思ったのはこの本だ。
この本は他のホントは違い題名が書かれてあった。「究極のイタリアン」と記されている。
え? イタリアン? WAR関連の話じゃないの? って思うだろう。
俺も初めはそう思っていた。だが読み進めていくと、非常に興味深いことが記されていたのだ。
他の本に比べるとWAR関連の記述は少なかったが、面白いのはそこじゃない。
この本を書いたのはシェフなのだろう。このゲーム世界で、どのような素材や食料を使えば、美味しい料理が作れるのかが書かれてあった。
この世界でどれだけ何を食べようが、結局のところ意味はない。だが食事と言うのは、腹を満たすためだけにあるものでは無い。
美味い飯を食えば、人は幸せな気持ちになれる。
「……そういえば、まともな食事なんて最後に取ったのはいつだったかな」
「誰だお前」
「!?」
後ろを振り返ると、さっきまでソファでぐっすり眠っていた男が、俺を見下ろしていた。
「ん? 自動翻訳に不具合か? 面倒だな」
「いや、ちゃんと分かってるよ」
「あ、そう。ならいいや」
男はあくびをしながら、けだるげに立っていた。
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