第25話 優柔不断

 俺たちは新たに計画を立てる。


 マップの情報があてにならない以上、自分たちで情報を集めて行かなくてはならない。


 テロリストが潜伏している可能性もある以上、モンスターだけ警戒するわけにもいかない。


「確かに現状ピンチだけど、これはチャンスでもある。これは好都合だ。色々調べているうちに、テロリスト以外の情報も手に入るかもしれない。未知の場所にはそれだけ価値がある」


 だがスミは渋い顔をした。


「確かにそうだけど、私は一度戻った方が良いと思う。装備やアイテムも、砂漠地帯用のは少ないし。それに初め、君も言ってたじゃない。危ないと思ったらすぐに引き返すって。最終的には私は君の指示に従うけど、私は戻った方が良いと思うな」


 スミの言う事も一理ある。


 道の場所だからこそ、しっかりと準備をして備える。それは正しいことだし、客観的に見ても正解だろう。


 だが、次に同じようにこの場所に来られるとは限らないのだ。


 お助けギルドが調べてくれた情報にも、この場所はのっていなかった。つまり、まだ広く知られていない場所なのだ。


 この場所から離れて、次にまた来た時に方法が分からなくなってしまう可能性が高い。


 せめてこの場所に戻ってこられる方法を調べておかなくてはならない。


「そうだな。分かった、今は装備が不十分だし一回戻ろう。ただ元に戻ってこられる保証はない。だから戻ってくる方法は探っておこう。それでいいか?」


「うん。それでいいと思う」


 スミは冷静だ。いつも広い視点で自分を見ている気がする。


 だから色々な選択肢から、良い選択肢を選び出すことができる。


 その視点はどうすれば手に入るのだろうか。それはただのゲームのスキルなんてものなんかじゃなくて、生い立ちから身に付いたもののような……。


 戦う理由。きっとそれが関係しているのだろう。


「自由、か」


「ん? 何か言った?」


「いや、何でもない。そうと決まればさっそく動き始めよう。落ちた地点に戻ろう……」


 その時、俺は大きな見落としをしていた。


 そう、落ちた場所が二人とも違うのだ。落ちた穴は同じであるはずなのに、その着地地点が違うというのは、なんとも不気味な話だ。


 それにお互いがお互いに歩いて行くという現象が起こったため、まともに元の場所に戻るのも難しいだろう。


 ただここに居ても何も解決しないことは確かだ。


「よし、気を付けて慎重に行こう」


 俺は歪んだ木製のドアを開く。


 すると砂嵐が吹き荒れ、視界が悪くなる。こんな状況で戻って来る方法など見つかるのだろうか。


 俺たちは小屋から出ると、右方面にまっすぐ歩いて行った。

 何度かモンスターと遭遇したが、スミが軽々と蹴散らした。


 しかし、歩いても歩いても一向に景色が変わらず、そもそも出ることができるのかという焦りが出てくる。


 するとスミが肩を叩いた。


「ねえ。多分このまま歩いてても同じような気がする」


「……それはそうだけど」


「……! ほら、最悪だ。あれ見て」


 スミが指さした方向を見ると、うっすらボロい木製の小屋が見えてきた。それも似ているなんてレベルで済ませられないほどに、先ほどいた小屋と酷似していた。


 時間にして二時間くらいだろうか。小屋から歩き始めてからそのくらいが経っていた。


 だが決してはしていない。


 まっすぐに歩いてきたはずなのに、元居た木製の小屋に戻ってきている。


 ということは、それはつまり


「ループしている……!?」


 ぐるぐると同じ場所を歩き続けていたと言う事か。それなら、広いフィールド上でスミと合流できたのも、同じ小屋が見つかるのも納得できる。


 だが攻略方法はあるはずなのだ。一生出られないトラップなど、まともな運営が作るはずがない。


 そう、考えていた。


 だがスミが、その甘い考えから俺を引き戻した。


「攻略法、もしかしたらないかもしれないよ」


「それどういうことだ?」


「一番わかりやすいのはウィンドウかな。元々ログアウトが書かれてあったボタン。今はセンスも道徳心のかけらもない、「自死」って表示になってるよね」


 テロ勃発後、ログアウトボタンは消滅し、その代わりにこの「自死」と書かれてあるボタンが表示された。


 これがログアウトの名前だけを変えたものなのか、それとも全く別のボタンであるのかは不明だ。


「テロリストたちは、世界中の人がプレイしているこのゲーム。世界的に流行した初のVRMMOゲームである「オンラインファンタジア」を乗っ取った。目的は世界的な人口を閉じ込めるため。でも閉じ込める以上のことはできなかった。ゲームを強制的に落として、全員殺すなんてことができたら、きっとそっちの結末になっていただろうね」


 なんとなく分かってきた。


 そうか、あいつらはゲームの根幹設定、つまりボスを倒して勝つという設定は変えることはできない。


 ただし、


「キラ君も気付いた? 多分現実世界では、もう正規の運営会社は存在してない。テロリストたちが占拠しているはず。その一番の証拠はこの「自死」のボタン。押すと本当に死んじゃうのかどうかは分からないけど、間違いなくこの世界に戻ってくることはできない。ただ、このボタンを押すから死ぬんじゃなくて、現実に意識を戻すログアウトを封じてるんだと思う」


 テロリストは運営会社を乗っ取った。その上、根幹設定なら帰ることができる。


 この世界でプレイヤーが死んでも、消滅してリスポーンされない。それは奴らが設定を改ざんしているからだ。


 それはボスと戦闘して勝つ。その部分以外なら改ざんできると言う事なのか。


「話は戻るけど。そんなことができるなら隠しフィールド、いやトラップの設定も変えられると思わない?」


「まさか、わざわざそんなことをするか? それならフィールドをうろついているモンスターのレベルを、俺たちが勝てないように上げて置くとかの方が効率的だろ」


「出来ないよ。だってモンスターを倒せないとレベルは上がらない。そうなるとボスも倒せない。そうなるとゲームが破綻するからね。WARは後付けされた設定は改ざんできても、元のゲーム内容はきっと変えられないんだよ」


 もし俺がテロリスト側ならどうする?


 モンスターなどの基本設定は変えられない。ラスボスを倒されると、強制ログアウト機能が働いてプレイヤーを閉じ込めておけなくなる。


 ならラスボスが倒されないように、プレイヤー人口をゲーム内で地道に削るしかない。


 だが攻撃を行えるWARの構成員も無限にいるわけでは無い。


 ならば、初めからダメージを与える設計であるトラップを強化すればいい。


 フィールドの端を作らずに、同じ場所をぐるぐるとループさせる。視界を悪くして妨害をするなど。


 これが一つのWARの工作なのだとしたら全て辻褄が合う。


 ここから脱出する正規の方法なんてない。


「……仕方ない。脱出のお札を使うしかないか」


「……うん。その方が良いね。できれば早めに救助を要請してもらえると助かるなーなんて」


「まさか、持ってないのか!?」


 マズい。俺はお札を一枚しか持っていない。


 スミをここに一人で置いて行くのは危険すぎる。


 トラップダンジョンの中身が、視界の悪さとサソリ―ヌだけであるはずがない。


 まだなにかこのトラップダンジョンには何かがあるのだ。


「やっぱり俺もここに……」


「それは駄目、何も進まなくなる。元は私が無理言ってついてきたんだし。それにモンスター退治なら、虫以外ならキラ君よりも私の方が得意だし。残るなら私の方が得策ってこと」


「でも」


 スミは正しい。


 俺がスミが苦手な理由が分かったかもしれない。

 彼女はいつも正しいんだ。


 気持ちや感情から切り離して、いつも客観的に自分を見つめている。


 俺はそうなりたかった。


 でも俺はそうなれない。だから情けない自分が嫌になっていたんだ。


「それでも、俺にはできないよ」


 俺はこんな時でも優柔不断で意気地なしだ。


 ちょっと待っといてくれ。絶対にすぐ助けに戻る! なんて格好の良いこと、言えたら良かったのに。


 そんな時、地面が震え始めた。


 初めは微々たる揺れだったのに、段々と揺れが大きくなってきた。


「……助けて!」


 誰かの悲鳴にも聞こえる声と、大きな影が近づいてくる。


 俺が、決断の出来ない自分に憤りを感じていた時だった。

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