第24話 誰が為に戦うか

「どこだここ? 隠しエリアか? それともただのトラップか?」


 俺は穴から落とされて地面に叩きつけられるかと思いきや、目を開けるとすでに別の大地に立っていた。


 先ほどいた神殿型のダンジョンは、砂埃が舞うような場所だったが、この場所は更に視界が悪い。


 砂は吹き荒れているし、風も強い。


「ない……クソ、最悪だ」


 そして悪いことというのは続いて起きるもので、お助けギルド特性マップが見当たらない。


 どうやらアカグモに襲われたとき、ダンジョンに落としてきてしまったようだ。


 周りに人の気配はない。まあ隠しエリアだから当然と言えば当然か。


 ここにテロリストがいる可能性が高い。確かに視界が悪くて、到達するのも難しいこの場所は、アジトを構えるのにはうってつけか。


 隠しエリアには来れたものの、マップは落としてしまった上にスミの動向も気になる。


 実力的に言えば負けることは無いと思うが、彼女をあのアカグモだらけの場所に放置するのは、少々酷な話だろう。


 戻れるのなら、いったん戻った方が良いか。


 だが上を見ても落ちてきたと思わしき穴が無い。


 戻るのも難しいかもしれない。だがこうしてじっとしている訳にもいかない。


 ダンジョンのリスポーン機能がない以上、自分でどうにかしなくてはいけない。


 おそらくテロリスト側は、脱出のお札を持っているだろう。だから土地勘も有効なアイテムの数でも劣っているこちらが不利だ。


 初めから情報収集だけのつもりではあったが、マップを落としたのは大きすぎるミスだ。


 ダンジョンから脱出する方法は二つ。ボスを倒してクリアするか、「脱出のお札」を使うかのどちらかだ。


 ボスはもうすでに倒されているため、ダンジョンを最後まで進めば自動的に抜け出せることができる。


 脱出のお札はレアアイテムで高価だ。一枚だけ持っているが、緊急用として持っているのでできるだけ使いたくない。


 慎重に進もう。


 砂漠のような場所をゆっくりと進む。歩きにくくて疲れる。


 だが歩いても見える景色は全くと言って良いほど変わらない。


「方向はこっちで合ってるのか? 地図にもこんな広い場所だって書いてなかったような気がする」


 だとしたらこれはトラップなのか?


 いつモンスターが現れてもおかしくない。ずっと気を張っていると頭がおかしくなりそうだ。


「ねえキラ君」


「うわあっ!」


 前から唐突にスミが現れた。スミはいつも唐突に表れている気がする。


 だがふとして異変に気付く。


 どうしてスミは現れたんだ?


 俺の後を追って、あの神殿の穴から落ちてきたのだとするとおかしい点がある。


 俺はまっすぐ歩いているつもりだ。同じ場所で足踏みをしている訳でも、後ろ向きに歩いている訳でもない。


 それにも関わらず、スミは前から現れた。つまり、俺は穴から落ちてからまっすぐ歩いていたのに、その正面からスミが歩いてくるのはおかしいのだ。


「偽物か!」


 俺はすぐさまナイフを引き抜き構える。

 次、目の前の偽物が一歩でも動けば、その瞬間に首をはねとばす。


 警告マークは付くが、命には代えられない。


 それにしても他人に化けるなんて恐ろしい能力だな。


 すると目の前の偽物はこういった。


「穴に落ちる時より、アカグモに追いかけまわされてる時の方が怖かった」


 俺はナイフをしまった。


ーーー


 少し歩いたところに、ボロボロの木でできた小屋があったのでそこに入った。


 テロリストたちのアジトにされている危険性もあったが、調べてみるとプレイヤーがいた気配はない。


 おそらく初めからボロボロのオブジェクトとして存在してある建物だろう。


 俺とスミは転がってあった椅子を立て、腰かけた。


 テーブルをはさむ感じで座っているのだが、このテーブルもボロい。力を入れて叩けば砕けてしまいそうだ。


「休憩できる場所があって良かった。質は悪いことこの上ないが」


「そうだね……。作戦も練り直さないと」


 どうやらスミは、俺を追いかけようと穴に飛び込もうとしたらしい。だが、ご存じの通りスミにとってアカグモという強大な敵に立ち向かわなくてはならず、時間がかかってしまったらしい。


 それに、俺の落としてしまったマップを拾ってくれてもいた。


 とてもありがたかったが、マップはもうあてにならない。なぜなら、特性マップに書かれてあることと、実情がかなり離れてあるからである。


 特性マップによれば、隠しエリアはそこまで広くなく、神殿内部よりも歩きやすい場所なのだそうだ。


「ってことはこの場所はトラップ? にしてはモンスターも強い奴はいなかったな。さっきサソリ―ヌは出て来たけど」


 サソリ―ヌとは、見た目はサソリだが、しっぽの針ではなく噛みついて攻撃してくるモンスターだ。


 口元が赤く、リップをしているような見た目をしている。

 攻撃力は低いが、強力な毒を使ってくるものの、解毒剤があれば脅威ではない。


 あと名前が可愛い。


「いや、トラップにしてはおかしい。このゲームは元から人の命を扱うような設定にはされてない。普通、トラップならすぐにダメージを受けるように設定されているはずだ」


 もしトラップで別の場所に飛ばされて、その場所から脱出できずに動けなくなるようなトラップがあったとしよう。


 このゲームがまともに稼働していれば、そんなトラップは速攻で修正対象だ。一個の隠しトラップに引っかかるだけでゲームオーバーなんてクソゲーすぎる。


 だからこんなに長時間閉じ込められるトラップはあり得ないのだ。


「私は穴から落ちて、そのまま。そしたら薄っすら影が見えて、キラ君だって気づいたんだよね。たぶん、キラ君もおんなじでしょ」


「ああ。でもあり得るのか? 二人が偶然お互いの方向に向かって歩くなんてこと」


「わー、これって運命かも」


 スミはあざといポーズを作っておちゃらける。


 ただここで考えても答えはでなさそうだ。


「確かに、運命かもな」


 俺もスミに乗っかかる。


「あ、そうだ。ちょっと休憩ついでに聞きたいこと聞いていい?」


「……? ものによるけど」


 するとスミはすぐに雰囲気を変えて、いつもの含みのある雰囲気を醸し出し始めた。

 すぐに俺はその雰囲気を感じとる。


「君ってなんのために戦ってるの?」


 なんだそんな事か。緊張して損した。


「そんなの決まってるだろ。このゲームを終わらせて、現実世界に帰るためだ」


「違う」


「え?」


 どういうことだ? 俺は元の世界に戻るために戦っている。そこに嘘はない。


「それは最終的な目標でしょ。君は、今日のご飯何が食べたい? って聞かれたら、お腹いっぱいになるものが食べたいって答えるの?」


「……俺が、何のために戦うか?」


 俺はたくさんの人の命を背負っている。だからそれに報わなければならない。


 ああ、そういうことか。この世界から出たいとか、そういう事じゃない。何を背負って戦うか、と言う事か。


「俺は、俺を助けてくれた人たちの為に戦う。彼らの命を無駄にしたくない」


 だがその答えを聞いてもスミの表情は晴れなかった。


「そう、君は戦うんだ。でも辛いよ? 戦い続けるのは。いつだって自分を認められるのは自分だけ」


「……」


 俺は、ずっと他人のために戦っていく。それは悪いことじゃないはずだ。


 だってレグは、ほとんど初対面の俺の為に命を張ってくれた。それは他人である俺を救うために戦った結果だ。


 俺は彼の命を引き継いだ。だからそんな生き方をして、たくさんの命を救うのが使命。


 そもそもこのゲームをクリアすれば、多くの人が助かる。なら、俺は間違っていないはずだ。


 なのになんだろう。この胸の内のざわめきは。


「ごめん! ちょっと暗い話しちゃった」


「スミは、何のために戦ってるんだ?」


 聞いてみたかった。彼女はいったいなんのために戦っているのか。


 他人のために戦うのが辛いと言うなら、彼女は自分のために戦っているのだろうか。


「私は自由のために戦ってる。現実世界では、まあ、あんまり自由に外で遊べない人だったからさ。このゲームで自由に走り回って、自由に遊んで、自由に戦えた一カ月間が夢みたいだった。だからだろうね、異変に気が付いても見ないようにしてたのは」


 そういえばスミは最初に会った時も同じようなことを言っていたような気がする。


「だから私はこのゲームが好き。ずっとみんなと遊んでいたい。だから、テロリストたちが憎い。プレイヤー同士協力して倒す、いわば絆の象徴のようなボスを殺人の象徴に変えたこと。多くの国の人が一緒に楽しめるこのゲームを、世界規模のテロに変えたこと。どこよりも自由なこの世界を、不自由な鳥かごに変えたこと。また、あの自由な世界を取り戻したい。それが私の戦う理由」


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